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第43話「腹ペコ皇女と土壌改良」

「いただきまぁぁぁぁす!!」


ズドオオオオオォォォン!!


少女の小さな拳が、巨大なアース・ドラゴンの脳天に炸裂した。


鋼鉄の鱗を持つはずのドラゴンが、白目を剥いて地面に沈み込む。

一撃。たった一撃で、災害級の魔物が昏倒したのだ。


「うそ……でしょ……?」


リリアがポカンと口を開けて固まっている。


俺も開いた口が塞がらない。


あのドラゴンは、熟練の騎士団が小隊を組んでようやく追い払えるレベルの魔物だぞ。


「ふぅ……。これで、やっとご飯に……」


少女はドラゴンの上で勝利のポーズ――をとろうとして、グラリとよろめいた。


「……あ、あれ? おかしいな。力が……入らな……」


ぐぅ〜〜〜〜。


盛大な腹の虫の音が響き渡ると同時に、彼女はパタリと倒れ込んだ。


「あ、危ない!」


俺は慌てて駆け寄り、彼女を抱き止めた。


近くで見ると、彼女はまだ十代半ばに見える。サラサラの銀髪に、頭からは小さな二本の角。そしてお尻からは、蜥蜴のような太い尻尾が生えていた。


人間じゃない。亜人――それも「竜人族ドラゴニュート」だ。


「……お肉。お肉たべたい……」


少女は俺の服を掴み、うわ言のように呟いている。


完全にハンガーノック(エネルギー切れ)だ。


「仕方ない。……ボルマンさん、このドラゴンを捌きましょう」


俺は倒れているアース・ドラゴンを指差した。


しかし、ボルマンさんは渋い顔をして首を振った。


「いや、無理だアレン殿。アース・ドラゴンの肉は岩のように硬い上に、泥臭くて食えたもんじゃない。非常食にもならんぞ」


「普通に焼けばそうですね。……でも、『化学』の力を使えば話は別です」


俺はニヤリと笑い、マジックバッグから調理器具(実験器具)を取り出した。




「まずは下処理です」


俺はナイフでドラゴンの肉をブロック状に切り出すと、近くの森で採取した「パイナップルに似た野草」をすり潰し、その果汁に肉を漬け込んだ。


「アレンさん、何してるの?」


「この果汁には『タンパク質分解酵素プロテアーゼ』が含まれているんだ。これが肉の硬い筋繊維を分解して、驚くほど柔らかくしてくれる」


さらに、臭み消しとして香草ローズマリーなどと、持参していた「赤ワイン(安物)」を投入。

そしてトドメは――。


「錬金術発動! 鍋の蓋を完全密閉!」


俺は分厚い鉄鍋に肉と調味料を放り込み、蓋の隙間を錬金術で溶接して塞いだ。


「えっ!? 蓋をしちゃったら開けられないよ!?」


「これでいいんだ。内部の圧力を極限まで高めることで、水の沸点を120度以上に上げる。いわゆる『圧力鍋』の原理だ!」


高圧高温下では、コラーゲンが短時間でゼラチン化し、トロトロになる。


焚き火の上で鍋がシュッシュッと音を立てること20分。


「よし、そろそろだな」


俺は錬金術を解き、慎重に蓋を開けた。


パカッ。


「うわああああ! めちゃくちゃいい匂い!!」


立ち上る湯気とともに、濃厚な肉の香りとハーブの香りが広がる。


リリアがゴクリと喉を鳴らした。


あの泥臭いアース・ドラゴンが、極上の「ビーフシチュー(ドラゴンシチュー)」へと変貌を遂げていた。


「ん……? いい匂い……」


匂いに釣られて、気絶していた少女がガバッと起き上がった。


「はい、召し上がれ」


俺が皿に盛って差し出すと、少女は猛獣のような速さで飛びついた。


ハフハフ、と熱々の肉を頬張る。


「んんっ! ……おいひぃぃぃぃ!!」


少女の瞳が輝き、尻尾がブンブンと振られる。


口の中でホロリと崩れる肉、濃厚な旨味。彼女はあっという間に大皿を平らげ、「おかわり!」と皿を突き出した。




「ぷはーっ! 生き返ったわ!」


鍋一杯のシチューを完食した少女は、満足げに腹をさすった。あれだけの量を食べて、お腹が出ないのが不思議だ。


「助けてくれて礼を言うわ、人間! 私はシェリー。……東の『ドラゴニア帝国』の第三皇女よ!」


「えっ、皇女様!?」


ボルマンさんが目を見開き、慌てて膝をつく。


ドラゴニア帝国といえば、強靭な肉体を持つ竜人族が支配する軍事国家だ。まさかそんな国の要人が、こんな辺境で行き倒れているとは。


「それで、皇女様がなぜこんな所に?」


「……家出よ」


シェリーはバツが悪そうに視線を逸らした。


「お父様が『もっと野菜を食べろ、肉ばかり食べるな』ってうるさいの! だから家出して、美味しいお肉を探す旅に出たのよ!」


「……偏食が原因かよ」


リリアが呆れたようにツッコミを入れる。

しかし、俺はその言葉に引っかかりを覚えた。


「野菜、ですか。……そういえば、ここガラハド領も野菜が育たなくて困っているんですよ」


俺は話題を本題――土壌改良へと戻した。

地面の白く乾いた土を指差す。


「先ほど言った通り、この土地は『塩害』……それも、ナトリウムイオンが過剰に含まれた状態です。これを直すには、化学的なアプローチが必要です」


「どうやるのだ? やはり、魔法で洗い流すのか?」


ボルマンさんが身を乗り出す。

俺は首を横に振り、地面に化学式(のような図)を描いた。


「いいえ。ナトリウムを追い出すには、代わりになる『カルシウム』が必要です。具体的には――『石膏せっこう』を使います」


「セッコウ?」


「はい。化学式で言えば $CaSO_4$(硫酸カルシウム)。これを土に混ぜると、土の粒子にくっついたナトリウムがカルシウムと入れ替わり、水に溶けやすい形になって排出されるんです」


いわゆる「イオン交換反応」だ。

これを行えば、カチカチに固まった土がフカフカに戻り、作物が育つようになる。


「しかし、石膏など……大量にどこで手に入れる?」


ボルマンさんが困惑する。

だが、俺には心当たりがあった。


「ねえ、シェリーさん」


「ん? なに?」


「貴女が倒したアース・ドラゴン。……やつの巣穴を知りませんか?」


アース・ドラゴンは、硫黄分とカルシウムが豊富な土地を好んで巣を作る習性がある。

つまり、そこには高純度の石膏の鉱脈がある可能性が高い。


「巣穴? 知ってるわよ。あっちの崖の下にあったわ」


「ビンゴだ」


俺はガッツポーズをした。


材料はある。理論もある。


あとは、俺が錬金術で「特製肥料」を作るだけだ。


「ボルマンさん、すぐに人を集めてください! ガラハド領の大改革、スタートです!」


「おお……! よく分からんが、希望が見えてきたぞ!」


こうして、腹ペコ皇女を巻き込んだ、俺たちの土壌改良プロジェクトが動き出した。


まさか、この皇女様が後にとんでもないトラブル(と肥料の材料)を持ってくるとは、この時の俺はまだ知らなかったのだが。


(第43話 完)

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