第41話「二度目の断罪」
王城、「謁見の間」。 大理石の床が冷たく光り、並び立つ貴族たちの視線が突き刺さる。 俺とリリア、そしてダニエルさんは、玉座の前に跪いていた。
「面を上げよ」
ベルンハルト殿下の凜とした声が響く。 俺たちが顔を上げると、そこには後ろ手に縛られ、騎士に押さえつけられた二人の罪人の姿があった。
一人は、かつての栄光など見る影もなくやつれ果てたバルバロス侯爵。 もう一人は、真っ白な髪の老人となり、虚ろな目をしているヴィクターだ。
「これより、『偽ポーション流通事件』および『王都民への健康被害』に関する裁きを行う」
殿下の隣で、法務官が罪状を読み上げる。 内容は凄惨だ。数千本に及ぶ不良品の販売、成分偽装、そして被害者への賠償責任逃れ。さらには、証拠隠滅のための放火未遂(煙幕騒ぎ)まで含まれている。
「バルバロス。其方は自らの利益のために安全基準を無視し、民を危険に晒した。申し開きはあるか?」
「お、お待ちください殿下! 私は騙されていたのです! すべてはこの男、ヴィクターが『絶対に安全だ』と言うから……私は出資しただけで……!」
侯爵は床に額を擦り付け、見苦しく喚いた。 その姿に、周囲の貴族たちから冷ややかな視線が注がれる。彼らは知っているのだ。侯爵が「安くて粗悪な品」を大量に作らせ、暴利を貪ろうとしていたことを。
「往生際が悪いぞ。……ヴィクター、其方はどうだ」
殿下に問われ、老人はゆっくりと顔を上げた。 その瞳に、かつての覇気はない。副作用で魔力を失い、ただの枯れ木のような存在になっていた。
「……何も、ありません。私は負けた。……それだけです」
「負けた、か。……アレン・クロフォード」
「はい」
殿下に名を呼ばれ、俺は一歩前へ出た。
「其方は、この男の元弟子であったな。最後に言葉はあるか?」
俺はヴィクターを見下ろした。 怒りはもうなかった。あるのは、少しの哀れみだけだ。
「ヴィクターさん。……貴方は俺を追放する時、『数値など役に立たない』と言いましたね」
ヴィクターの肩がピクリと震える。
「ですが、貴方を追い詰めたのは、貴方が軽視した『数値』でした。水質の不純物濃度、反応温度、そして酸とアルカリのバランス。……自然の法則を無視した錬金術師に、成功などあり得ないんです」
「……ぐ、ぅ……」
「貴方が求めたのは『真理』じゃなく、『権威』だった。それが全ての敗因です」
ヴィクターは何も言い返せず、がっくりと項垂れた。 それが、かつて王都最強と呼ばれた男の、本当の最期だった。
「判決を言い渡す!」
殿下の声が広間に轟く。
「バルバロス侯爵は爵位剥奪の上、全財産を没収し、被害者への賠償に充てるものとする。その後、北の鉱山にて強制労働を命じる!」 「い、嫌だぁ! 私は貴族だぞ! 鉱山送りなんて……!」
「連れて行け!」
衛兵に引きずられていく元侯爵の絶叫が遠ざかっていく。
「ヴィクター・アルケミス。其方は国家錬金術師の資格を永久に剥奪し、王都からの追放、および生涯にわたる錬金術行為の禁止を命じる」
魔力を失った彼にとって、それは死刑宣告にも等しい。 二人は退場させられ、広間には静寂が戻った。
だが、これで終わりではない。
「さて、アレン・クロフォード。今回の功績、見事であった」
「勿体なきお言葉です」
「だが、悪を裁いただけでは、また同じことが起きるかもしれん。……そう思っている顔だな?」
殿下は悪戯っぽく笑い、俺に発言を促した。 俺は懐から、一晩かけてまとめた分厚い書類を取り出した。
「はい。……殿下、そしてここにいる諸侯の皆様に、提案がございます」
俺は書類を掲げた。
「今回のような悲劇を二度と繰り返さないために、新たな法律……『王国産業規格(KIS)』の制定を提案します」
「……産業規格、だと?」
貴族たちがざわめく。 俺は説明を続けた。
「ポーションの瓶のサイズ、ラベルの表記義務、成分の純度規定。これらを国が定め、厳格な審査をパスした製品にのみ『認定マーク』を与える制度です」
俺は、前世の「JISマーク」や「ISO」を参考にした図案を見せた。 王家の紋章とフラスコを組み合わせた、信頼の証。
「これにより、消費者は一目で『安全な商品』を見分けることができます。粗悪品は自然と市場から淘汰され、真面目な職人が正当に評価される世界になります」
「し、しかし……そんな細かい規定を作っては、コストがかかるのではないか?」
一人の貴族が懸念を示す。
「初期投資はかかります。ですが、見てください」
俺はダニエルさんに目配せした。彼が広げたのは、この一ヶ月のアレン工房の売上推移と、周辺諸国からの問い合わせ件数のデータだ。
「『品質が保証されている』というだけで、我が国のポーションはブランドになります。他国への輸出において、この認定マークは絶大な武器になるはずです。……『安かろう悪かろう』ではなく、『高品質で安全』こそが、これからの富の源泉です!」
俺の熱弁に、貴族たちの目の色が変わった。 彼らは商機には聡い。この規格が、国益に繋がると理解したのだ。
「面白い」
殿下が玉座から立ち上がった。
「アレンの言う通りだ。我が国は変わらねばならん。……古い慣習にしがみつき、腐敗を招いた結果が今回の事件だ」
殿下は俺の前に歩み寄り、その肩に手を置いた。
「アレン・クロフォード。其方を新設する『王立規格保安院』の初代院長に任命する。……その知識で、この国の産業を導いてくれ」
「……はっ! 謹んでお受けいたします!」
俺が深く頭を下げると、広間は割れんばかりの拍手に包まれた。 隣でリリアが、涙ぐみながら小さな声で「やったね、アレンさん」と囁く。
かつて「最弱」と嘲笑われ、ギルドを追放された日。 あの日失った誇りは、今日、全く新しい形で取り戻された。 俺はもう、ただの「ポーション屋」ではない。この国の科学と安全を守る、最初の番人になったのだ。
謁見の後、城のテラスにて。
「ふぅ……疲れたぁ」
俺は堅苦しい正装の襟を緩めて、大きく息を吐いた。
「お疲れ様、院長先生?」
リリアが茶化すように笑いかけてくる。
「よしてくれ。肩書きが変わっても、やることは変わらないよ。……地道に、コツコツと、良いものを作るだけだ」
「うん。……でも、これからはもっと忙しくなるね」
「そうだな。でも、悪くない気分だ」
王都を見下ろす。 そこには、俺たちが守った人々の営みがある。 これからは、俺が作った「基準」が、あの街の安全を支えていくのだ。
「さあ、帰ろうリリア。……新しい仕事が待ってる」
俺たちは風を受けながら、未来へと歩き出した。 最弱職と呼ばれた錬金術師の、本当の「プロジェクト」は、まだ始まったばかりなのだから。
(第3章 完)
いつも『最弱職「錬金術師」ですが…』を読んでいただき、ありがとうございます!
これにて、第3章「王都ポーション編」は完結です!
さて、次回からは新章「第4章」がスタートします! 書類仕事に忙殺されるアレンが逃げ出した先は、作物が育たない辺境の地。 そこで待ち受けていたのは「塩害」と……腹ペコのドラゴン少女!?
舞台は王都から大自然へ。 次は「農業」を科学(化学)します!
引き続き、アレンたちの活躍をよろしくお願いいたします!
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