第40話「闇の錬金術師」
「グオオオオオオッ!!」
ヴィクターの咆哮とともに、丸太のような腕が横薙ぎに振るわれる。坑道の岩壁が豆腐のように砕け散り、パラパラと瓦礫が降り注ぐ。
「っ……! 速い!」
リリアが紙一重でバックステップし、その剛腕を避ける。
彼女の愛剣がヴィクターの腕を切り裂くが、浅い。いや、傷口が瞬く間に泡を吹いて塞がっていく。
「再生能力……いえ、細胞が異常増殖しています!」
俺は岩陰に身を隠し、戦況を冷静に観察した。
ヴィクターの肉体は、赤黒く変色し、蒸気を上げている。あれは回復魔法じゃない。
過剰な魔力によって細胞分裂が暴走し、壊れたそばから無理やり新しい肉を作っている状態だ。いわば「癌化」に近い。
「アレン殿! キリがないぞ!」
ロベルトさんが盾を構えて叫ぶ。騎士たちの連携攻撃も、あの怪力の前では防戦一方だ。
この狭い坑道で、あの巨体が暴れ回れば、いずれ崩落に巻き込まれて全員生き埋めになる。
「くそっ……何か、何か手はないか……」
俺は必死に思考を巡らせた。
ヴィクターが飲んだ『身体強化薬』。あれは魔獣の血液をベースにしたものだろう。
だが、精製が不十分なため、不純物が触媒となって「熱暴走」を起こしている。
(熱暴走……。体温が上がり続けている。なら、冷却すればいいのか?いや、あの質量を瞬時に冷やすほどの氷魔法はない)
その時、ヴィクターが足元の作業台を粉砕した。
飛び散った薬品の中に、青白い光を放つ粉末があった。
「あれは……『中和剤』の原料、重曹石(重炭酸ナトリウム)!」
俺の脳内で、パズルのピースがカチリとハマった。
ヴィクターの体から出ている蒸気。そして、彼が飲んだポーションの「酸っぱい」反応。 彼の体は今、極度の「酸化状態」にある。
酸性の暴走を止めるには――アルカリで中和すればいい。
「リリア!ロベルトさん!あいつの動きを止めてください!一瞬でいい!」
俺は叫びながら、散乱した薬品の中から必要なものかき集めた。重曹石の粉末。
そして、俺が持っていた最高純度の「聖水(精製水)」。これらをフラスコに入れ、激しく振る。
「了解! ……騎士団、円陣隊形! 盾で押し留めろ!」
ロベルトさんが号令をかける。
騎士たちが一斉に盾を構え、突進してくるヴィクターに体当たりを敢行する。
ガギィン! という金属音。数人が吹き飛ばされるが、彼らは壁となって怪物を押し留めた。
「今だよ、アレンさん!!」
リリアが壁を蹴り、ヴィクターの頭上へと舞い上がる。
彼女の剣が眩い光を帯びる。
「『閃光剣』!!」
リリアの一撃が、ヴィクターの右肩を深々と貫き、岩盤へと縫い止める。
「グガアアアアッ!?」
「食らえっ!!」
俺はその隙を見逃さず、完成した特製溶液――『超高濃度アルカリ中和液』のフラスコを、ヴィクターの口の中へと思い切り投げ込んだ。
ガシャンッ! フラスコが砕け、白い液体が怪物の喉へと流れ込む。
直後。
「ガ……、ゴフッ……!?」
ヴィクターの動きがピタリと止まった。 体内で激しい化学反応が起きる。強酸性の暴走魔力が、アルカリ液によって中和され、無害な水と塩へと分解されていく。
シュゥゥゥ……! 猛烈な白煙がヴィクターの口と鼻から噴き出した。
「ア、あ……が……」
膨れ上がっていた筋肉が、風船がしぼむように急速に萎縮していく。 赤黒かった皮膚が剥がれ落ち、元の土気色の肌へと戻っていく。 熱暴走が止まったのだ。
「……終わったか」
俺は荒い息を吐きながら、その場にへたり込んだ。煙が晴れた後には、元の痩せこけた老人――ヴィクターが、ボロ雑巾のように倒れていた。
「あ、う……私の……力が……」
彼はまだ意識があるようだが、もう立ち上がる力は残っていない。 過剰な再生の代償で、生命力の大半を使い果たしてしまったのだろう。急速に老化が進み、髪は真っ白になっていた。
「終わりだ、ヴィクター」
俺は彼の前に立ち、冷ややかに見下ろした。
「貴方が求めた『力』の正体は、ただの化学反応の暴走だ。……制御できない力は、身を滅ぼすだけだと言ったはずだ」
「……な、ぜだ……。なぜ、貴様ごときに……」
ヴィクターは震える手を俺に伸ばそうとし、力なく地に落とした。
「私は……選ばれた……錬金術師、なのに……」
その言葉を最後に、彼はガクリと意識を失った。死んではいない。だが、錬金術師としての彼は、今ここで完全に死んだ。
「確保せよ!」
ロベルトさんの合図で、騎士たちが縄を持って駆け寄る。
今度こそ、逃走の恐れはない。
「ふぅ……。やったね、アレンさん」
リリアが剣を収め、煤だらけの顔でニカッと笑う。俺は苦笑して、彼女の頬についた汚れを指で拭った。
「ああ。リリアが止めてくれなかったら、俺が潰されていたよ。ありがとう」
「えへへ。……でも、すっごい音だったね! 最後に飲ませたの、何だったの?」
「ただの『胃薬』の強力なやつだよ」
俺は肩をすくめた。 酸を中和し、胃を落ち着かせる。原理は同じだ。ただ、量が桁違いだったけれど。
こうして、王都を震撼させた偽ポーション騒動と、一人の錬金術師の妄執は、北の廃坑の闇の中で幕を閉じた。
坑道の外に出ると、東の空が白み始めていた。清々しい朝の空気が、鼻につく薬品臭を洗い流してくれる。
「夜明けか……」
連行されていくヴィクターと、押収された大量の証拠品を見送りながら、俺は大きく伸びをした。
これで、王都での戦いも一区切りだ。 俺たちの「品質」は守られた。そして、それを脅かそうとした古い権威は自滅した。
だが、これで終わりじゃない。
今回の事件で、ポーションの品質管理がいかに重要か、王都の人々も、あの頑固な貴族たちも思い知ったはずだ。
これからは、俺が作ったルール――いや、『基準』が、この国の新しい常識になる。
「帰ろう、リリア。ダニエルさんが首を長くして待ってるはずだ」
「うん! ……あ、帰ったら美味しい朝ごはん、おねだりしてもいい?」
「ああ、もちろん。最高のパンケーキを焼いてやるよ」
俺たちは朝日を背に浴びながら、王都への帰路についた。
その足取りは、来た時よりもずっと軽かった。
(第40話 完)
次回予告(第41話「二度目の断罪」)
王城に召集されたアレンたち。そこには、捕らえられたヴィクターとバルバロス侯爵、そして多くの貴族たちが待ち構えていた。アレンが提案する「新しい法律」とは? 次回、王国の歴史が変わる日。
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