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第39話「真犯人の足跡」

「……ここだ。間違いない」


王都から北へ馬車を走らせること二時間。 鬱蒼とした森の中にぽっかりと口を開けた、旧北鉱山の入り口。 馬車を降りた瞬間、俺の鼻を突いたのは、懐かしい森の香りではなく――あの広場で嗅いだのと同じ、鼻の奥がツンとする刺激臭だった。


「うへえ、くっさい! まるで腐った卵と焦げた鍋を一緒に煮込んだみたい!」


隣でリリアが鼻をつまんで顔をしかめる。 俺は地面の土を掬い上げ、ランタンの明かりにかざした。


「見てくれ。この辺りの土は赤みがかっている。『赤粘土テラロッサ』だ」


俺は確信を持って頷いた。 広場で回収した靴の泥、そして粗悪なポーションに含まれていた不純物。すべての証拠が、この場所を指し示している。


「騎士団、展開せよ! 鼠一匹逃すな!」


ロベルトさんの号令一下、武装した騎士たちが音もなく散開し、鉱山の出入り口を封鎖していく。 俺とリリア、そしてロベルトさんは、正面の坑道へと足を踏み入れた。




坑道の中は湿気がこもり、進むほどに異臭が強くなっていった。 カビ臭さに混じって漂うのは、ヒールハーブの焦げた匂いと、安物の触媒の金属臭。 それは、かつて俺が最も嫌悪した「ずさんな仕事」の匂いだった。


「……ひどいな」


坑道の奥、開けた空間に出た俺たちは、その光景に絶句した。


そこは、まさに「悪意の工場」だった。 岩肌が剥き出しの空間に、煤けた大鍋がいくつも並べられ、グツグツと黒い液体を吹きこぼしている。 床には枯れたヒールハーブが散乱し、ネズミが走り回っている。衛生管理などという概念は、ここには存在しなかった。


「な、なによこれ……。こんな汚い場所で作った薬を、みんなに飲ませてたの?」


リリアが青ざめた顔で呟く。 俺は怒りで震えそうになるのを必死に堪えた。


「温度計もなければ、洗浄設備もない。ただ煮込んで、濁った上澄みを瓶詰めにするだけ……。これは錬金術じゃない。ただのゴミの量産だ」


その時だった。 工場の奥から、ガタガタと物音が聞こえた。


「くそっ、なぜだ! なぜこんなに早く嗅ぎつけられる!?」


大鍋の陰で、荷物をまとめている人影があった。 薄汚れたローブに、充血した目。 かつて王都ギルドの頂点に立ち、俺を追放した男。


「ヴィクター!」


俺の声に、男がビクリと肩を震わせて振り返った。 その顔には、かつての尊大な余裕はなく、あるのは焦燥と狂気だけだった。


「ア、アレン……! 貴様、また私の邪魔をするのか!」


「邪魔をしているのはそっちだ。……よくもあんな毒物を『アレン工房』の名前でばら撒いてくれたな」


俺が一歩踏み出すと、ヴィクターは後ずさりし、作業台の上の器具を薙ぎ払った。


ガシャン! とフラスコが割れ、破片が飛び散る。


「黙れ、黙れ黙れ! 全て貴様が悪いのだ! 貴様が余計な『改革』など持ち込むから、私のギルドは潰れた! 私の地位も、名誉も、すべて貴様が奪ったのだ!」


「自分の撒いた種だろう。……技術を磨くことを怠り、権益にあぐらをかいていた結果だ」


「技術だと? 笑わせるな! あんな数字遊びが錬金術なものか! 伝統ある職人の勘こそが至高なのだ!」


ヴィクターは血走った目で叫び、懐から一本のポーションを取り出した。それは広場で見た紫色の煙幕ではない。 ドス黒く、脈打つように赤く発光する、禍々しい液体だ。


「……おい、よせ。まさかそれを飲む気か?」


俺は本能的な危険を感じて制止した。


鑑定スキルがなくても分かる。

あれは人間が摂取していいものじゃない。魔獣の血液か何かを煮詰めた、高濃度の「魔力増強剤」だ。


「アレン殿、下がるんだ!」


ロベルトさんが剣を抜き、俺の前に割って入る。 リリアも臨戦態勢に入った。


「くく……くくく。そうだ、これだ。これこそが私の最高傑作……! 『身体強化薬ブースト・ポーション』の完成形だ!」


ヴィクターは狂ったように笑い、瓶の栓を歯で引き抜いた。


「この薬さえあれば、私は誰にも負けん! 貴様のような小僧も、騎士団も、すべて捻り潰してやる!」


「やめろ! それは完成形なんかじゃない! 魔力回路が焼き切れるぞ!」


俺の警告は届かなかった。 ヴィクターは一気に瓶の中身を煽り、飲み干した。


「ぐ、が……あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


ビキビキ、と骨がきしむ音が坑道に響き渡る。

ヴィクターの体が内側から膨れ上がり、ローブが弾け飛んだ。

痩せこけていた腕は丸太のように太くなり、皮膚は土気色に変色し、血管が黒く浮き上がる。


「うそ……なに、あれ……」


リリアが息を呑む。 目の前にいるのは、もう人間ではなかった。


過剰な魔力によって肉体が変異した、暴走する怪物モンスター


「ア゛レ゛ン゛……! ア゛レ゛ン゛ン゛ン゛ッ!!」


怪物は白目を剥き、よだれを垂らしながら、憎悪のこもった咆哮を上げた。

理性を失ってもなお、俺への殺意だけが彼を動かしているのだ。


「……交渉決裂だな」


俺は冷静に判断し、リリアとロベルトさんに指示を飛ばした。


「総員、戦闘態勢! ……相手はもう人間じゃありません。魔獣だと思って対処してください!」


「了解! アレンさんの敵は、私が斬る!」


リリアが地を蹴り、坑道の闇を切り裂くように突撃する。 科学捜査の時間は終わった。 ここからは、命懸けの「魔物退治」の時間だ。


(第39話 完)

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