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第37話「品質の可視化」

「ふん。紙切れ一枚で証明だと? 往生際が悪いぞ、若造」


バルバロス侯爵が、俺の手にした細長い短冊――『リトマス試験紙(試作版)』を見て、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


広場を埋め尽くす群衆も、依然として疑いの眼差しを向けている。


無理もない。


剣や魔法が支配するこの世界で、こんなペラペラの紙に力があるとは誰も思わないだろう。


「往生際が悪いのは、どちらでしょうか」


俺は静かに言い返し、実験テーブルの上に三つのビーカーを並べた。


「皆さん、よく見ていてください。これは魔法でも手品でもありません。誰にでも結果が分かる、ただの『検査』です」


俺はリリアに目配せをした。彼女は緊張した面持ちで頷き、用意していた「水」を最初のビーカーに注いだ。


「まず、これはただの井戸水です」


次に、俺は自分の腰袋から取り出した、正規の『アレン工房製・濃縮ポーション』を二つ目のビーカーに注ぐ。


透き通るような青色が、陽の光を受けてキラキラと輝く。


そして最後。三つ目のビーカーに、証拠品として押収された『黒いポーション(偽物)』を注いだ。


ドロリとした黒い液体が、ビーカーの底に沈殿する。

その禍々しさに、最前列の観衆が顔をしかめるのが見えた。


「準備は整いました」


俺は群衆に向かって、一枚の試験紙を高く掲げた。


「この紙には、ある特殊な苔の成分が染み込ませてあります。……その性質は、『酸っぱいもの(酸性)』に触れると赤くなり、『苦いもの(アルカリ性)』や『中性のもの』では青いままでいる、という単純なものです」


「酸っぱい? 何の関係があるんだ!」


野次馬の一人が叫ぶ。俺は冷静に答えた。


「大ありです。……植物は、高温で焦げたり、腐敗したりすると『酸』を出します。つまり、この紙が赤くなれば、そのポーションは『材料が焦げ付いた失敗作』か『腐っている』という証拠になります」


ざわり、と広場の空気が変わる。


俺は侯爵の隣に立つフードの男――「証人」の方を見た。


フードの奥で、彼の口元が微かに引きつったのが見えた。


「では、実験を始めます」


俺はピンセットで試験紙を摘み、まずは「井戸水」に浸した。 紙は濡れただけで、色は変わらない。


「水は中性。色は変わりません」


次に、俺は試験紙を『アレン工房製・正規品』に浸した。 結果は同じ。鮮やかな青色のままだ。


「僕のポーションは、温度管理を徹底し、成分を壊さずに抽出しています。だから、酸化も腐敗もしていません。色は青のままです」


そして、運命の三つ目。 俺は新しい試験紙を摘むと、一瞬だけためらい、群衆を見渡した。


「もし、彼らの言う通り、この黒い液体が『アレンの技術で作られたもの』なら、結果は同じはずです。……ですが、もしこれがただの粗悪な煮込み汁なら?」


俺は試験紙を、ドス黒い液体へと沈めた。


瞬間。


「あ……っ!」


最前列にいた女性が息を呑んだ。


引き上げられた試験紙は、まるで返り血を浴びたように、鮮烈な赤色に染まっていた。


「赤……!? 真っ赤だぞ!」「毒か!? あれは毒の色なのか!?」


群衆がパニックに近い反応を示す。


視覚的なインパクトは絶大だ。


難しい理屈は分からなくても、「青は安全、赤は危険」という信号機のような図式は、誰の目にも明らかだった。


「馬鹿な……!」


バルバロス侯爵が狼狽して椅子から立ち上がる。


俺は赤い試験紙を彼らに突きつけた。


「これが答えです。この黒いポーションは、ヒールハーブを高温で煮込みすぎて炭化し、成分が酸化しています。……濃縮された薬ではありません。ただの『焦げた煮汁』です」


「き、貴様! 紙に何か細工をしたな!?」


侯爵が唾を飛ばして喚く。

待っていました、その言葉。


「細工なんてできませんよ。……だって、これは誰がやっても同じ結果になりますから」


俺は試験紙の束を掴み、群衆の最前列にいた数人に配った。


さらに、あろうことかバルバロス侯爵の目の前にも一枚置いた。


「疑うなら、ご自分でやってみてください。侯爵閣下」


「なっ……私にやれと言うのか!」


「簡単ですよ。浸すだけです。……それとも、真実を知るのが怖いですか?」


侯爵は顔を真っ赤にし、震える手で試験紙を掴んだ。

そして、怒りに任せて黒いポーションに叩きつけた。


結果は、残酷なほど同じだった。


彼の指先で、紙は見る見るうちに赤く変色していく。


「あ……あ……」


侯爵の手から、赤い紙がひらりと落ちる。


広場は静まり返り、やがてパラパラと、そして大きな波のようにざわめきが広がっていった。


『おい、侯爵様がやっても赤くなったぞ』『やっぱり、あの黒いのは偽物だったんだ』『俺たちは騙されてたのか?』


恐怖が、疑惑へ、そして怒りへと変わっていく。その矛先は、もはや俺ではない。


壇上で青ざめる権力者たちへと向いていた。


「す、すごい……! アレンさん、大逆転だよ!」


リリアが興奮して俺の背中を叩く。 俺は小さく息を吐き、勝利を確信した。


これで「品質」は証明された。俺たちの作ったポーションは安全であり、危険なのは彼らが持ち込んだ偽物の方だということが、誰の目にも明らかになったのだ。


「ぐ、ぐぬぬ……!」


バルバロス侯爵は言葉を失い、へたり込んでいる。


だが、まだ終わらない。俺は視線を、侯爵の横で立ち尽くす「証人」へと向けた。


「さて、専門家の先生。……あなたの『古代の文献』とやらには、この赤い反応についての記述はなかったんですか?」


俺の挑発に、フードの男が肩を震わせる。

彼は俺の質問には答えず、ゆっくりと後ずさりを始めた。


その挙動は、明らかに逃走を伺う獣のそれだった。


(逃がさない。この場で化けの皮を剥いでやる)


俺はリリアに目配せを送った。彼女は察して、剣の柄に手をかける。


科学の証明は終わった。


次は、この茶番劇を仕組んだ「真犯人」を追い詰める番だ。


(第37話 完)

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