第34話「王子の憂鬱」
「うわあ……。やっぱり王城って、緊張するねえ……」
王城の長い回廊を歩きながら、リリアが小声で呟いた。彼女は今日、いつもの冒険者装備ではなく、騎士団から支給された式典用の軽鎧を身につけている。胸元には『銀翼の勲章』が輝いているが、その表情はガチガチに強張っていた。
「リリア、歩き方がロボットみたいになってるぞ」
「だ、だって! すれ違う人たちがみんな、すごい偉そうな服着てるんだもん!」
俺は苦笑しながら、彼女の背中を軽く叩いた。確かに、この重厚な石造りの廊下と、すれ違う貴族や官僚たちの品定めするような視線は、精神衛生上よろしくない。
「堂々としていればいい。俺たちは悪いことをしに来たわけじゃないんだから」
「うう、アレンさんは肝が据わってるなあ……」
俺だって内心は心臓がバクバクだ。だが、今の俺は『王立錬金術師協会・特別顧問』という肩書きを背負っている。ここで田舎者丸出しの態度を見せるわけにはいかない。
案内されたのは、豪奢な謁見の間ではなく、執務機能が集約された奥まった部屋だった。重い扉が開かれると、書類の山に埋もれるようにして執務机に向かう青年の姿があった。
「――よく来てくれた、アレン・クロフォード殿。それにリリア殿も」
顔を上げたのは、この国の第二王子、ベルンハルト殿下だ。以前、スタンピードの論功行賞でお会いした時は、精悍で覇気のある若き指導者という印象だった。だが今の彼は、目の下にクマを作り、どこか疲弊した空気を纏っていた。
「お久しぶりです、殿下。……お疲れのようですね」
「ああ、隠しても無駄か。……座ってくれ。堅苦しい挨拶は抜きにしよう」
殿下は侍従を下がらせると、自らソファに腰を下ろし、深い溜め息をついた。
「単刀直入に言おう。……王都の改革が、暗礁に乗り上げている」
俺とリリアは顔を見合わせた。 昨日の今日だ。協会内部の横領犯を摘発し、少しは風向きが変わると思っていたのだが。
「協会内部の掃除をしてくれたことは聞いている。感謝するよ。だが、問題はもっと『上』だ」
「……貴族たち、ですか?」
「そうだ」
殿下は苦々しげに頷いた。
「我が国の貴族院には、古くからの伝統を重んじる『保守派』と呼ばれる勢力がいる。彼らが今、君の持ち込んだ『新しい錬金術』に対して、猛烈な抗議を行っているのだ」
「抗議? 品質を上げ、コストを下げているのにですか?」
俺の問いに、殿下は首を横に振った。
「彼らにとって、効率やコストは二の次だ。彼らが問題にしているのは『伝統への冒涜』だ」
殿下は手元の資料を読み上げた。
『ポーション作りは神聖な儀式である。温度計などという無粋な道具で数字を測るなど、職人の魂を軽んじる行為だ』
『アレン・クロフォードのやり方は、長年培われてきた王国の錬金術文化を破壊するものである』
「……馬鹿馬鹿しい」思わず本音が漏れてしまった。
「職人の魂? そんなもので患者の命が救えるんですか?俺たちが戦ったスタンピードの現場で、彼らの言う『伝統的なポーション』がどれだけ役に立ったというんです」
俺の言葉に熱がこもる。現場を知らない人間ほど、精神論を振りかざして改革を邪魔したがる。それは前世の会社でも、この異世界でも変わらないらしい。
「アレンさん、落ち着いて……」
リリアが心配そうに俺の袖を引く。俺はハッとして、深呼吸をした。殿下は俺を咎めることなく、むしろ悲しげに目を細めた。
「君の怒りはもっともだ。私もそう思う。……だが、彼らは狡猾だ。単なる精神論だけでなく、大衆の『恐怖』を利用し始めた」
「恐怖……ですか?」
「ああ。最近、街で流れている噂を知っているか?」
俺は昨日のダニエルさんの言葉を思い出した。
『アレンのポーションは、即効性を高めるために違法な魔力増強剤を使っている』
『使い続けると魔力が枯渇して廃人になる』
「……副作用のデマ、ですね」
「そうだ。保守派の貴族たちは、その噂を議会で取り上げ、『アレンの技術は検証不足であり、国民の健康を害する恐れがある』と主張している。……彼らは、君の技術を『危険な禁術』だと認定し、排除しようとしているのだ」
そこまで話すと、殿下は身を乗り出し、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「アレン。私は君の技術が必要だ。この国を強くし、民を守るためには、君の『改革』が不可欠だと確信している。……だが、政治の世界では『正しいこと』が必ずしも通るわけではない」
「……では、どうすれば?」
「彼らを黙らせるための『武器』が欲しい」
殿下は拳を握りしめた。
「言葉による反論ではない。彼らの言い掛かりを根底から覆し、誰もが君の正しさを認めざるを得ないような……『圧倒的な証拠』だ」
「圧倒的な、証拠……」
俺は顎に手を当て、思考を巡らせた。彼らの攻撃材料は「見えない恐怖」だ。「魔力枯渇」だの「伝統の破壊」だの、実態のない不安を煽っている。それに対抗するには、論理や数字だけでは弱い。彼らはそもそも、マニュアルすら読もうとしない連中なのだから。
必要なのは、誰の目にも明らかな「事実」。子供でも、老人でも、錬金術を知らない貴族でも、ひと目で「安全だ」「高品質だ」と分かるもの。
(……品質の可視化。それしかない)
俺の脳裏に、あるアイデアが浮かんだ。前世の理科の実験で使った、あのシンプルな紙切れ。そして、試薬による呈色反応。
「殿下。……少し、時間をいただけますか?」
俺は顔を上げた。
「彼らは『目に見えない不安』を武器にしています。なら、俺は『目に見える安心』で対抗します」
「目に見える安心?」
「はい。誰がどう見ても、一発で品質の良し悪しが分かる『物差し』を作ります。……それがあれば、貴族たちの口を塞ぐことができるはずです」
殿下の表情に、僅かに光が戻った。
「……期待していいのだな?」「はい。アレン工房の名にかけて」
「ふぅ……。終わったぁ……」
退室した瞬間、リリアがその場にへたり込みそうになった。俺も正直、背中が冷や汗でぐっしょりだ。
「お疲れ、リリア。緊張したか?」
「したよぉ! 殿下のオーラすごかったし! ……でも、アレンさんかっこよかったよ。『目に見える安心』って、何するつもりなの?」
「ん? ああ、あれはね……」
俺が説明しようとした、その時だ。廊下の向こうから、数人の男たちが歩いてくるのが見えた。先頭を歩くのは、恰幅の良い初老の男。質の良いシルクのローブを纏い、指にはいくつもの宝石付きの指輪をはめている。いかにも「高位貴族」といった風体だ。
男は俺たちの前で足を止めると、値踏みするようにジロジロと俺を見た。
「ふん。お前が噂の『平民の英雄』か。……思ったより貧相な男だな」
挨拶もなしに放たれた無礼な言葉。リリアが「なんですって!?」と食ってかかろうとするのを、俺は手で制した。
「……何か御用でしょうか?」
「私はバルバロス侯爵だ。……忠告しておいてやろう、若造」
バルバロス侯爵。以前、ダニエルさんから聞いたことがある。旧ギルドと癒着し、ポーション利権で莫大な富を得ていた保守派の筆頭だ。
彼は俺の耳元に顔を寄せ、蛇のような声で囁いた。
「調子に乗るなよ。王都は、お前のような田舎者が好き勝手できる場所ではない。……ヴィクターが消えても、我々の『伝統』は揺るがんよ」
それだけ言うと、彼は不快な哄笑を残して去っていった。
「な、なんなのあいつ! 失礼すぎるでしょ!」
「……ああ。でも、よく分かったよ」
俺は去っていく侯爵の背中を睨み据えた。
「彼らが敵だ。……そして、彼らは焦っている」
殿下に直訴しに来たのも、わざわざ俺に忠告しに来たのも、俺たちの改革が彼らの既得権益を確実に脅かしている証拠だ。
「帰ろう、リリア。協会に戻って準備だ」
「準備?」
「ああ。彼らが一番嫌がることをしてやるんだ」
俺は拳を握った。「見えない敵」の正体は分かった。あとは、彼らを公衆の面前で、逃げ場のない「科学の光」で照らし出すだけだ。
俺の戦うべき相手は、魔獣ではない。この国の腐った「常識」そのものだ。
(第34話 完)
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