番外編「エミリアと幻の『甘いヒールハーブ』 〜失敗作から生まれた新商品〜」
「……んぐっ。……に、苦いです」
リバーサイドの工房裏にある試験農場。 私は眉間に深い皺を寄せながら、摘み取ったばかりの葉をペッと吐き出した。
口の中に広がるのは、舌が痺れるような強烈なえぐみ。 これぞ、回復ポーションの主原料『ヒールハーブ』の味だ。
「良薬口に苦し、とは言いますけど……これじゃあ、子供たちが嫌がるのも無理はありませんね」
私は水筒の水で口をゆすぎ、手元の観察ノートに『変種A-12:魔力含有量は高いが、食味は最悪』と書き込んだ。
私はエミリア・フォレスト。アレン工房の原材料部長として、薬草の栽培管理を任されている。 師匠――アレンさんと、リリアさんが王都へ旅立ってから、私はある「実験」に没頭していた。
それは、師匠がふと口にした「品種改良」への挑戦だった。
◇
きっかけは、数ヶ月前のことだ。 私が管理する畑で、二つの「変わり者」が見つかった。
一つは、葉の色が濃く、薬効成分は従来の倍近くあるけれど、猛烈に苦い株(変種A)。 もう一つは、ひょろひょろとして薬効は低いけれど、なぜかほんのりと甘みがある株(変種B)。
通常なら、どちらも『規格外』として廃棄されるものだ。 でも、師匠はそれを見て、不思議なことを言ったのだ。
『メンデルの法則……いや、優性遺伝かな。エミリア、この二つを掛け合わせれば、「薬効が高くて飲みやすい」最強のハーブができるかもしれないよ』
『掛け合わせる、ですか? 植物を?』
『そう。花粉を人工的に受粉させて、子供を作るんだ』
師匠の知識は、いつも魔法のようだ。 綿棒を使って、雄しべの花粉を、別の株の雌しべにつける。そうやって「親」を選べば、生まれてくる「子」の性質を操作できるなんて。
「……よし。今日こそ、成功させます」
私は麦わら帽子を被り直し、ピンセットと綿棒を手に取った。 相手は植物だ。温度管理や水やりと同じで、焦りは禁物。 私は何百回と繰り返してきた作業――変種Aの強い生命力と、変種Bの飲みやすさが結びつくことを祈りながら、丁寧に受粉作業を進めていった。
◇
それから、季節が一つ巡った頃。
「エミリア。根を詰めるのもいいが、そろそろ休憩にしないか?」
農場の入り口から、落ち着いた声が聞こえてきた。 バインダーを小脇に抱えた、製造部長のルーカスさんだ。
「ルーカス部長。……ふふ、ちょうどいいところに来てくれました」
私は泥だらけの手を拭き、満面の笑みで彼を迎えた。 私の背後には、青々と茂る新しいヒールハーブの畝が広がっている。
「ちょうど今、収穫が終わったところなんです。……試食、お願いできますか?」
「……試食?」
ルーカス部長の眉がピクリと動いた。 彼は、私が手に持っている摘みたての葉を見て、わずかに顔を引きつらせた。
「生のヒールハーブをか? ……以前、君の研究につきあって食べた時は、あまりの苦さに半日舌が痺れていたんだが」
「あはは、あの時はすみませんでした。でも、今回は自信作なんです! お願いします、部長!」
私は手を合わせて頼み込んだ。 師匠とリリアさんがいない今、味の感想を正直に言ってくれるのは、信頼できるパートナーである彼しかいない。
「……はぁ。分かったよ。原材料部長の頼みだ、断れないな」
ルーカス部長は苦笑しながら観念すると、煎じたばかりのハーブティーが入ったカップを受け取った。 色は普通のポーションよりも薄い、綺麗な黄金色だ。
彼は覚悟を決めたように息を吸い込むと、グイッと煽った。
「んぐっ…………ん?」
ルーカス部長の目が丸くなる。 彼はもう一口、今度は舌の上で転がすように味わってから、驚いたように私を見た。
「……苦くない。いや、ほんのり甘いぞ!?」
「本当ですか!?」
「ああ。ヒールハーブ特有の青臭さが完全に消えている。これなら、あの苦味が苦手な子供や老人でも、水のように飲めるぞ」
「やった……! やりました、師匠!」
私は思わずガッツポーズをした。 成功だ。師匠の言っていた「遺伝」の力が、新しい命を生み出したんだ。
「すごいな、エミリア。これほどの品種改良を成功させるとは」
「はい! 成分分析の結果も、従来品と比べて遜色ありませんでした。……これを使えば、ずっと作りたかった『アレ』が作れると思うんです」
「アレ?」
「『子供用シロップ』です」
私は以前から温めていたアイデアを口にした。
「王都の孤児院や診療所では、薬が苦くて飲めずに泣いてしまう子がたくさんいると聞きました。だから、この甘いハーブのエキスを果汁と混ぜて煮詰めれば、お菓子みたいに美味しく治せる『特製ポーション』になるんじゃないかって」
その言葉に、ルーカス部長はハッとした表情になり、すぐに真剣な「製造部長」の目になった。
「なるほど……シロップか。それは素晴らしい着眼点だ。子供向けとなれば高値はつけられないが、市場の需要は確実にある。何より、『アレン工房は子供にも優しい』というブランドイメージは、数字以上の価値を生む」
彼は手元のバインダーを開き、早くもメモを取り始めていた。
「よし、エミリア。この『甘いハーブ』、量産体制に入れるか?」
「はい! 種の選別は済んでいますから、来期からは契約農家さんにも広げられます」
◇
その夜。 工房の食堂には、山盛りの「ハーブの天ぷら」が並んだ。 間引きした規格外のハーブだが、揚げると香ばしくて美味しいのだ。
「んー! サクサクで美味しいです! さすがエミリアさん!」 「苦味がなくて食べやすいな」
新人スタッフたちの笑顔を見ながら、私は窓の外を見上げた。 いつもなら、ここでリリアさんが「おかわりー!」と騒いでいるはずだけれど、今は少しだけ静かだ。
夜空には、王都の方角に一番星が輝いている。
(師匠、リリアさん。……見ていてください)
師匠が教えてくれたのは、ただの「作り方」じゃない。 常識を疑い、工夫し、より良いものを目指す「心」だ。
王都で戦う二人に、いつかこの『甘いポーション』を届けよう。 そうしたらきっと、「よくやったね」って、頭を撫でてくれるはずだから。
「……さあ、どんどん揚げますよ! おかわり、ありますからね!」
私は大皿を抱え、賑やかな食卓へと戻っていった。 工房の温かな灯りは、夜遅くまで消えることはなかった。
(スピンオフ 完)
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