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第27話「ギルドの崩壊」

王都エルデンシアに、不穏な鐘の音が鳴り響いていた。 非常事態宣言――魔物の大量発生スタンピードの予兆を告げる警鐘だ。


街全体がピリピリとした緊張感に包まれる中、王都錬金術師ギルドのマスター室だけは、異様な熱気に満ちていた。


「ふん、ようやく私の出番というわけか」


ギルドマスターのヴィクター・アルケミスは、窓の外を眺めながら口角を吊り上げた。 彼の元には、先ほど王国騎士団からの緊急招集がかかっていた。


「リバーサイドの小僧……アレンだったか? 辺境で小賢しい真似をしているようだが、所詮は個人経営の工房だ。国家規模の有事となれば、頼れるのは歴史と伝統ある我々王都ギルドしかいないのだよ」


ヴィクターは確信していた。 最近、騎士団からの発注が激減し、リバーサイドの工房にシェアを奪われていたことは苦々しい事実だった。だが、この緊急事態こそが、その力関係を逆転させる絶好の機会だ。


「数だ。圧倒的な『数』こそが力なのだ」


扉がノックされ、騎士団の調達担当官であるロベルト・フィッシャーが入室してきた。いつも冷静な彼も、今日ばかりは焦燥の色を隠せていない。


「ヴィクター殿、単刀直入に申し上げます。前線基地への補給物資が決定的に不足しています」 「分かっているとも、ロベルト殿。ポーションだろう?」 「はい。中級回復ポーション、至急5,000本が必要です。期限は……三日後。無茶を承知でお願いしたい」


5,000本。 平時のギルドの生産能力であれば、一ヶ月はかかる量だ。 だが、ヴィクターは即座に頷いた。


「お引き受けしましょう」 「本当ですか!? しかし、その量は……」 「我々には王都中の錬金術師を動員する権限がある。それに、非常時用の『特別製法』を使えば、生産速度を倍にすることも可能ですからな」


ヴィクターの自信満々な態度に、ロベルトは安堵の表情を浮かべた。 「助かります。では、三日後の正午、受領に参ります。頼みましたよ」


ロベルトが退出すると、ヴィクターは即座にギルド全職員と、傘下の工房に号令を出した。


「総員、作業にかかれ! 期限は三日だ! 寝る間を惜しんで釜を回せ!」


ここから、王都ギルドの崩壊が始まった。



「マスター! 第三工房から『温度管理が間に合わない』との報告が!」 「ええい、構わん! 火力を最大にしろ! 煮沸して成分を絞り出すんだ!」


ギルドの地下にある巨大な製造フロアは、焦げ臭い匂いと怒号で満たされていた。 アレンのリバーサイド工房のように、徹底した温度管理(71度での抽出)や、攪拌速度の規定など、ここには存在しない。


あるのは「伝統」という名の勘と、「根性」という名の精神論だけだった。


「おい、そこの新人! いちいち計量している暇があったら薬草を鍋に放り込め!」 「で、ですがマスター……分量を間違えると毒性に……」 「黙れ! これは戦争なんだぞ! 多少の副作用など、死ぬよりはマシだ!」


ヴィクターは製造ラインを歩き回り、叱咤激励という名の罵声を浴びせ続けた。


彼らが採用した『特別製法』とは、単に高温で短時間に成分を抽出するという乱暴なものだった。アレンが最も忌避する「タンニンの過剰抽出」や「有効成分の熱分解」が起きる方法だが、ヴィクターはそれを気にも留めない。


液体の色は、美しい澄んだ緑色ではなく、濁った茶褐色に変色していた。 だが、瓶詰めさえしてしまえば分からない。


「見ろ、やればできるではないか」


三日目の朝、倉庫には山のような木箱が積み上げられた。 5,000本の中級回復ポーション(ラベルにはそう書かれている)。 疲労困憊で床に倒れ込む錬金術師たちを見下ろし、ヴィクターは満足げに頷いた。


「これで騎士団は我々に頭が上がらなくなる。あの田舎者の工房など、二度と思い出すこともないだろう」


彼は知らなかった。 品質というものが、単なる「見栄え」ではなく、「信頼」そのものであるということを。



約束の正午。 ロベルト・フィッシャーは、輸送部隊と共にギルドの倉庫を訪れた。


「……これが、納品物ですか?」


最初の木箱を開けたロベルトの声は、氷のように冷たかった。 彼は一本のポーションを取り出し、光にかざした。


「ヴィクター殿。この濁りは何です?」 「急造品ですからな、多少の沈殿物は出ますよ。ですが効能に問題はありません」


ヴィクターは平然と答えた。


ロベルトは静かに、しかし強烈な怒りを込めてヴィクターを睨みつけた。


「これはポーションではない。ただの汚れた煮汁だ」 「なっ、無礼な! 緊急時に何を細かいことを言っている!」


ヴィクターは顔を真っ赤にして反論した。


「兵士たちは命がけで戦うのだぞ! 傷が治りさえすれば、味や色などどうでもいいだろうが!」 「治らないから言っているのです!!」


ロベルトの怒号が、広い倉庫に響き渡った。 普段温厚な彼の激昂に、ヴィクターはたじろいだ。


「不純物の多いポーションは、傷口を化膿させ、最悪の場合は中毒症状を引き起こす。弱った兵士にこんな毒物を飲ませろと言うのですか!?」 「そ、それは……だが、数が足りないのだから仕方なかろう! ないよりはマシだ!」 「いいえ。『ない方がマシ』です。毒を配るくらいなら、水の方がまだ安全だ」


ロベルトは手に持っていた瓶を床に叩きつけた。 ガシャン、という乾いた音が、ギルドの権威が砕け散る音のように響く。


「……リバーサイドのアレン殿の工房を視察した時、私は衝撃を受けました」


ロベルトは冷ややかな目でヴィクターを見据えた。


「彼は、どんなに注文が殺到しても、絶対に品質を落とさなかった。一本一本に製造番号を振り、誰が、いつ、どの温度で作ったかまで管理していた。彼なら……こんなゴミを『ポーション』として納品することは、死んでもしないでしょう」 「あの小僧と私を一緒にするな!」 「ええ、一緒にしません。彼はプロフェッショナルですが、あなたは……ただの素人以下だ」


ロベルトは背を向け、部下たちに指示を出した。


「全品返品だ。こんなものは受け取れない」 「ま、待て! 契約はどうなる! これだけの量を作らせておいて!」 「契約不履行で破棄します。違約金は後ほど請求させてもらう」


去り際に、ロベルトは決定的な一言を放った。


「騎士団は、今後一切、王都ギルドとの取引を停止します。あなた方には、兵士の命を預けられない」



ロベルトたちが去った後の倉庫には、重苦しい静寂が漂っていた。 5,000本の在庫の山。それは今や、ただの産業廃棄物の山だった。


「ふ、ふざけるな……。何なんだ……これは……」


ヴィクターは膝から崩れ落ちた。 周囲を見ると、無理な命令で疲弊しきったギルド員たちが、冷たい目で彼を見ていた。誰も彼を助け起こそうとはしなかった。


一方、ギルドを出たロベルトは、馬車の中で部下に叫ぶように指示を出していた。


「リバーサイドへ早馬を! ……いや、間に合わない。グリフォン便を飛ばせ!」 「しかし隊長、リバーサイドまでは距離があります。それに、あちらも小規模な工房です。今から5,000本なんて……」 「分かっている。無理は承知だ。だが……」


ロベルトは、アレンの真剣な眼差しを思い出していた。


「もし、この状況を打開できる錬金術師がいるとすれば、世界で彼一人だけだ」


こうして、王国の命運を託された一通の書状が、リバーサイドへと放たれた。


(第27話 完)

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これは逆恨み待ったなしなヤツですね
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