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第19話「エミリアの農園改革」

「師匠……もう、限界です」


朝のミーティング直後、エミリアが悲痛な声を上げて俺のデスクに突っ伏した。 彼女の背中には、目に見えない「完敗」の文字が浮かんでいるように見える。


「どうした、エミリア。薬草の生育が悪いのか?」


「いえ、裏の畑は順調です。でも……」


エミリアは顔を上げ、涙目で一枚の羊皮紙を差し出した。 それは、来月の生産計画に基づく『原材料必要数リスト』だ。


「来月必要なヒールハーブは、乾燥重量で50キログラム。でも、うちの畑で採れるのは、どんなに頑張っても20キログラムが限界です……!」


「……足りないな。半分以下か」


俺はリストを見て唸った。 騎士団との契約に加え、リリアの宣伝効果で一般客も増えている。 製造ラインはルーカスの改革で回るようになったし、瓶はガストンさんとの契約で確保できた。 だが、肝心の中身――薬草がなければ、ポーションはただの水だ。


「野生の薬草を採りに行きますか? 私、徹夜で森に入ればなんとか……」


「駄目だ。そんなことをしたら君が倒れるし、野生のものは品質が安定しない」


俺は即座に却下した。 品質管理の第一歩は、原材料の均質化だ。いつ採れるか分からない、状態もバラバラな野生品に頼るのはリスクが高すぎる。


「解決策は一つしかない。『外部委託アウトソーシング』だ」


「外部委託……ですか?」


「ああ。近隣の農家にお願いして、薬草を育ててもらうんだ」


これは前世の食品メーカーや製薬会社では当たり前の手法だ。『契約栽培』というやつだ。


「エミリア、君にはその交渉役を頼みたい」


「えっ、私が!? 農家のおじさんたちと!?」


エミリアが怯えたように身を引いた。 彼女は元々、貧しい農家の出身だ。地元の大人たちがどれだけ保守的で、新しいことに懐疑的かを知っているのだろう。


「君はもう『原材料部長』だ。栽培技術も知識も、この街で一番詳しい。君ならできる」


「うぅ……やってみます……」


エミリアは不安げに頷き、街外れの農村エリアへと向かった。



数時間後。 エミリアは、出発した時よりもさらに小さくなって帰ってきた。


「……全滅でした」


「断られたか?」


「はい……。『薬草なんて雑草を育ててどうする』とか、『もし売れ残ったら誰が責任を取るんだ』とか言われて……門前払いでした」


エミリアは悔しそうに唇を噛んだ。 予想通りの反応だ。農家にとって、作付品目を変えるのは生活に関わる大博打だ。見慣れない若造に「雑草を植えてくれ」と言われて、はいそうですかと頷くはずがない。


「エミリア、彼らに何を伝えた?」


「えっと……『ポーションを作るのに必要なので、助けてください』って」


「それじゃダメだ」


俺は首を横に振った。


「それは『こちらのお願い』だろう? 商売の交渉は、相手にとってのメリット――つまり『利益』を提示しないといけない」


「相手の利益……」


「農家の人たちが一番恐れているのは何だ?」


「それは……一生懸命育てた野菜が売れないこと、です」


「そうだ。だから、その不安を取り除いてあげるんだ」


俺は一枚の契約書ドラフトを取り出した。 そこには、前世のビジネスで学んだ『Win-Win』の条件が記されている。


「明日、もう一度行ってくれ。そして、この条件を提示するんだ」


全量買取保証:収穫された薬草は、市場価格より1割高く全て買い取る。


最低収入補償:もし凶作でも、一定の金額は支払う。


技術指導:アレン工房の栽培ノウハウ(土壌改良・肥料)を無償で提供する。


「これは……!」


エミリアが目を見開いた。


「これなら、農家の人たちは損をしません! でも、師匠、こんなに好条件で大丈夫なんですか?」


「構わない。安定した品質の原材料が手に入るなら、安い投資だ。それに、技術指導で品質が上がれば、選別の手間も減る」


「分かりました! 私、もう一度行ってきます!」


エミリアの目に力が戻った。 彼女は契約書を握りしめ、再び農村へと走っていった。



翌日、俺はエミリアに付き添って、農村の顔役である頑固そうな老人の家を訪れた。 交渉の主役はあくまでエミリアだ。俺は後ろで見守る。


「……というわけで、この契約書にある通り、リスクは全て私たちが負います! 皆さんは、ただ私の言う通りに育ててくれればいいんです!」


エミリアは必死に説明した。昨日の弱気な姿はない。 老人は契約書をじっくりと読み込み、やがて顔を上げた。


「……全量買取に、技術指導か。虫のいい話だが、この土壌改良の方法……これは理に適っておる」


老人の目が鋭く光った。長年の経験が、提案の価値を見抜いたのだ。


「それに、お嬢ちゃん。あんたの目は本気だ。ただの薬草好きの道楽じゃねえな」


「はい。私は……アレン工房の原材料部長ですから!」


エミリアは胸を張って答えた。 その姿を見て、老人はニヤリと笑った。


「いいだろう。うちの遊休地を使って試してみるか。ただし、失敗したら承知しねえぞ」


「ありがとうございます! 絶対に成功させます!」


交渉成立だ。 それを見ていた他の農家たちも、「条件が良いなら俺も」「うちの畑も空いてるぞ」と手を挙げ始めた。


帰り道。 エミリアは夕焼けの中で、何度もガッツポーズをしていた。


「やりました……やりましたよ、師匠!」


「ああ、見事な交渉だった。これで原材料の心配はなくなったな」


「はい! 農家の人たちに、栽培方法を教えるスケジュールも組みました。忙しくなりますよー!」


エミリアは笑っていた。 以前の彼女なら、仕事が増えることに尻込みしていただろう。だが今は、自分の役割ロールに誇りを持っている。 彼女もまた、この工房と共に成長しているのだ。


「頼もしくなったな、原材料部長」


「えへへ……師匠のおかげです」


これで、「ヒト(組織)」「モノ(瓶)」「カネ(契約)」「情報マニュアル」、そして「原材料」が揃った。 生産システムは、盤石なものになりつつある。


だが、システムが整えば整うほど、今度は細かな「無駄」が気になってくるのが人間のさがだ。 工房に戻ると、新人のマリアがボソリと呟いた一言が、俺の耳に留まった。


「……なんで瓶を洗うだけで、こんなに時間がかかるんだろう」


その言葉が、次の改革の引き金となった。


(第19話 完)

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― 新着の感想 ―
いよいよ魔導具の出番ですかね 全自動瓶洗浄器の開発ですか なかなか面白い切り口なので毎日楽しみにしています
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