第2話「辺境での再スタート」
第2話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、アレンが新天地リバーサイドで再スタートを切るお話です。
「ここが...リバーサイドか」
王都から馬車に揺られること三日。俺は辺境の街に降り立った。
背中の荷物は、前世と今世の全てだ。錬金術の道具一式と、わずかな所持金。そして、二度の人生で学んだ知識だけが、俺の財産だった。
街の中心を流れる大河が、陽光を反射してきらめいている。川沿いには船着き場があり、商人たちが荷物を運んでいた。思っていたより活気がある。王都ほどではないが、人の流れも悪くない。
「冒険者ギルドもあるみたいだな」
広場の一角に、見慣れた看板が見えた。冒険者がいるということは、ポーションの需要もあるはずだ。
よし。ここなら、やり直せるかもしれない。
俺は街の中を歩き始めた。まずは工房として使える場所を探さないと。
「すみません、この辺りで空き店舗を借りられる場所をご存じないですか?」
何軒か商店を回って聞いてみたが、どこも首を横に振るばかりだった。
「空き店舗ねえ...最近は商売が盛んでさ、空いてる場所なんてないよ」
「川沿いなら倉庫が余ってるかもしれないけど、錬金術には向かないんじゃない?」
そうか...簡単にはいかないか。
日が傾き始めた頃、俺は諦めかけていた。野宿も覚悟しなければならないかもしれない。
その時だった。
「おや、お困りのようですな」
振り返ると、恰幅の良い中年男性が立っていた。立派な髭を蓄え、上質な服を着ている。商人だろうか。
「あ、はい。実は工房を開きたいんですが、空き店舗が見つからなくて...」
「ほう、工房を?」男性は興味深そうに俺を見た。「失礼ですが、お若いのに立派ですな。ちなみに、何の工房で?」
「錬金術です」
「錬金術!」男性の目が輝いた。「それは素晴らしい。この街には錬金術師がいなくて、冒険者たちも困っていたんですよ」
本当か?それは好都合だ。
「私はギルバート・ロックウェルと申します。この街で商会を営んでおります」
「アレン・クロフォードです。王都の錬金術師ギルドで修行していました」
嘘は言っていない。追放されたことは、わざわざ言う必要もないだろう。
「なるほど。アレン君、良ければ私の商会まで来ませんか?ちょうど使っていない店舗がありましてね」
「え、本当ですか!?」
「ええ。若者の挑戦を応援するのも、年寄りの務めというものです。さあさあ、こちらへ」
ギルバートさんは、俺を街の一角へと案内してくれた。
「ここです」
案内されたのは、川沿いから少し入った通りにある、小さな店舗だった。
間口は狭いが、奥行きがある。窓も大きく、採光も悪くない。前は雑貨屋だったらしく、棚や作業台も残っていた。
「うーん...悪くないな」
俺は店内を歩き回って確認した。換気用の窓もある。水場も近い。火を使うから、防火対策は必要だが...。
前世の知識で、理想的なレイアウトが頭に浮かんだ。製造エリアはここ、品質管理スペースはあそこ、接客スペースは入口付近。動線も効率的に組める。
「気に入っていただけましたか?」
「はい、とても。で、家賃は...」
「月に銀貨1枚でいかがでしょう」
「え?」
安すぎる。この立地なら、最低でも銀貨3枚は取られるはずだ。
「あの、本当にそれで良いんですか?」
「ええ」ギルバートさんは優しく笑った。「正直に言いますと、この店舗、なかなか借り手がつかなくてね。それに...」
彼は真剣な目で俺を見た。
「アレン君の目を見ていると、この街に良い変化をもたらしてくれそうな気がするんですよ。商人の勘というやつです」
俺は胸が熱くなった。王都では誰も認めてくれなかった。「使えない」「規格外だ」と追放された。
でも、この人は違う。俺の可能性を信じてくれている。
「ありがとうございます。必ず、期待に応えます」
「はは、期待していますよ。それと、もし資金が足りないようでしたら、道具の購入費も貸しますよ」
「いえ、道具は持っています。ただ...」
俺は荷物から、前世の知識で設計した器具のスケッチを取り出した。
「この形の器具を作れる鍛冶屋さんをご存じないですか?温度計と、正確な計量カップが必要なんです」
「ほう...見たことのない形ですな」ギルバートさんはスケッチを興味深そうに見た。「マルコという腕の良い鍛冶屋がいます。紹介しましょう」
「助かります」
「では、明日の朝、商会にいらしてください。マルコを呼んでおきます」
ギルバートさんは契約書を用意してくれた。内容を確認し、サインする。
これで、俺の工房が決まった。
その夜、俺は借りた店舗で野宿した。
宿代を節約するためというのもあるが、早くレイアウトを考えたかったからだ。
月明かりの下、俺はメモ帳に工房の設計図を描いた。
「まず、製造エリアは奥に。火を使うから、換気と防火が重要だ」
「品質管理スペースは窓際に。光が必要だからな」
「接客スペースは最小限で。主力は製造と研究開発だ」
前世で学んだ5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の概念も取り入れよう。効率的な工房は、効率的なプロセスから生まれる。
「薬草の保管庫も必要だな。温度と湿度を一定に保つ工夫が...」
考えることは山ほどあった。でも、不安はなかった。
むしろ、久しぶりにワクワクしていた。
王都のギルドでは、俺のやり方は「伝統に反する」と言われた。温度を測ったり、記録をつけたり、そんなことは「錬金術師らしくない」と。
でも、ここは違う。誰にも文句を言われない。好きなようにできる。
「前世での知識を、全部注ぎ込んでやる」
俺は決意を新たにした。
品質管理の概念、統計学、プロセス管理。現代の製薬会社で学んだ全てを、この異世界の錬金術に応用する。
そうすれば、絶対に今までにないポーションが作れる。
「待ってろよ、王都の連中」
俺は窓の外、遠くに見える星を見上げた。
「いつか、俺のポーションが業界標準になってやる。追放したことを後悔させてやる」
...いや、違うな。
復讐じゃない。俺がやりたいのは、もっと建設的なことだ。
「錬金術師の地位を向上させる。そして、より多くの人に、安全で効果的なポーションを届ける」
それが、俺の目標だ。
翌朝、ギルバート商会を訪れた。
「おお、アレン君。よく来てくれました」
応接室には、ギルバートさんと、いかつい体格の男が待っていた。
「こちらがマルコです。この街一番の鍛冶屋ですよ」
「よろしく、若造」マルコは無愛想に言った。「で、変わった道具を作って欲しいんだってな」
「はい」俺はスケッチを広げた。「まず、この温度計なんですが...」
「温度計?何に使うんだ、こんなもん」
「ポーション製造の温度管理です。正確な温度で加熱することで、品質が安定するんです」
「ふーん」マルコは興味なさそうだった。「で、この目盛りはなんだ?」
「温度の数値です。この液体が膨張する性質を利用して...」
俺は前世の知識を総動員して説明した。温度計の原理、計量カップの必要性、目盛りの精度。
マルコは最初は懐疑的だったが、次第に真剣な顔つきになっていった。
「なるほどな...面白い考えだ。作れるかどうか分からんが、やってみるか」
「本当ですか!」
「ただし、試作だからな。うまくいかないかもしれん」
「構いません。一緒に改良していきましょう」
「気に入ったぜ、お前」マルコはニヤリと笑った。「明日の夕方には持ってくる。期待してな」
---
その日の午後、俺は工房の掃除と整理に取り掛かった。
前の雑貨屋の残骸を片付け、床を磨き、棚を拭く。
5Sの最初は整理と清掃だ。清潔な環境でなければ、高品質なポーションは作れない。
「よし、これで製造エリアは準備完了だな」
日が沈む頃、俺は汗だくになりながらも、満足していた。
工房は見違えるように綺麗になった。明日からは、薬草の調達と、製造の準備だ。
その時、工房の扉がノックされた。
「はい?」
「アレンさん、ですか?」
扉を開けると、若い女性が立っていた。緑色の短い髪、茶色の瞳。両手には大きな籠を抱えている。
「はい、アレンです」
「あの、ギルバート様から聞きました。錬金術師の方が来られたと」
「ええ、まあ」
「私、エミリア・フォレストと言います。薬草採取をしているんですが...もし、薬草が必要でしたら、お売りできますよ?」
彼女は籠の中を見せてくれた。
ヒールハーブ、マナグラス、スタミナルート...基本的な薬草が、丁寧に束ねられていた。
「どれも新鮮ですね」
俺は手に取って確認した。葉の色、香り、質感。どれも及第点以上だ。
「ありがとうございます!」エミリアの顔がぱっと明るくなった。「毎日、ちゃんと状態の良いものだけを選んで採ってるんです」
「素晴らしい。全部買います」
「え、本当ですか!?」
「ええ。これから定期的に納品してもらえませんか?品質の良い素材は、良いポーションを作る基本ですから」
「はい!喜んで!」
エミリアは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、俺も何だか嬉しくなった。
良い素材を提供してくれる人。良い道具を作ってくれる人。応援してくれる人。
この街には、俺を支えてくれる人たちがいる。
「よし、明日から本格的に始めるぞ」
俺は決意を新たにした。
辺境での再スタート。
これが、俺の錬金術革命の始まりだ。
【第2話 完】
ここまでお読みいただきありがとうございます。 もし本作を読んで、
・アレンの活躍を応援したくなった! ・経営パートが面白かった! ・続きを早く読みたい!
と少しでも感じていただけたら、
↓広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に
評価していただけると、執筆速度が上がります! 応援よろしくお願いします!




