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第14話「王都からの視察」

「いらっしゃいませ」


工房の扉を開けて入ってきた客を見て、俺は一瞬、息を呑んだ。


三十代半ばくらいの男性。整った髪、上質な服、そして何より──普通の冒険者や街の人々とは明らかに違う、洗練された雰囲気を纏っている。


「ここが噂のアレン工房ですね」


男は穏やかに微笑んだ。


「はい、そうです。ポーションをお探しでしょうか?」


「ええ。下級回復ポーション、中級回復ポーション、それから...」男は工房内を見回した。「解毒ポーションと魔力回復ポーション。それぞれ10本ずつお願いできますか?」


10本ずつ。それも4種類。


かなりの大口だ。


「かしこまりました。少々お待ちください」


俺はカウンター奥の棚から、丁寧にポーションを取り出していく。エミリアと一緒に作った最新ロットだ。品質には自信がある。


男は待っている間、工房の様子をじっくりと観察していた。壁に掲げた品質管理表、温度計、計量器具、そして製造記録のファイル。


「興味深い設備ですね」男が口を開いた。「一般的な錬金術師の工房とは...だいぶ雰囲気が違う」


「ええ、少し変わっているかもしれません」


俺はポーションを丁寧に包みながら答えた。


「品質を安定させるために、できるだけ数値で管理するようにしているんです。温度、時間、分量...全てを記録して、最適な条件を探っています」


「なるほど」


男は深く頷いた。その表情には、単なる好奇心以上の何かがある。


まるで、査定でもしているような──


「お会計は銀貨32枚になります」


「ありがとうございます」


男は財布から銀貨を数えて渡した。その手つきも、どこか慣れている。大量の取引に慣れた商人のような、それでいて商人とも違う...


「あの、失礼ですが」


俺は思い切って尋ねた。


「これだけまとめて買われるということは、パーティーでの使用でしょうか?それとも...」


「ああ、申し遅れました」


男は懐から一枚の紙を取り出した。


王国の紋章が入った、公式の身分証明書。


「私はロベルト・フィッシャー。王国騎士団の調達担当を務めています」


───王国騎士団。


その言葉に、俺の心臓が跳ね上がった。


「き、騎士団の...」


「はい。実は、あなたの工房の評判が王都まで届いているんですよ」


ロベルトは穏やかに微笑んだ。


「高品質で低価格。しかも効果が安定している。我々のような大量消費者にとって、これほど魅力的な条件はありません」


「それで、調査に?」


「その通りです」


ロベルトは購入したポーションの一つを手に取った。


「まず実物を確認したかった。そして可能であれば、品質テストをさせていただきたいのです」


品質テスト。


前世で何度も経験した言葉だ。製薬会社では当たり前のように行われていた、第三者による品質評価。


「もちろん、喜んで」


俺は即答した。


「どのような形でのテストをご希望ですか?」


「王都の錬金術師協会に依頼します。成分分析、効果測定、安定性試験...一通りの項目です」


ロベルトは手帳を取り出してメモを取り始めた。


「ただし、これは正式な契約の前段階です。結果が良好であれば、継続的な取引を検討させていただきたい」


「分かりました。それで...」


俺は少し考えてから続けた。


「テストサンプルとして、最新ロットだけでなく、過去三ヶ月分の製造記録もお渡しできます。品質がどれだけ安定しているか、データで示せると思います」


「ほう」


ロベルトの目が輝いた。


「製造記録を...それは珍しい。普通の錬金術師はそこまで記録をつけませんからね」


「品質管理の基本です」


俺は棚から製造記録のファイルを取り出した。


「各ロットの温度、時間、魔力量、使用した薬草の等級...全て記録しています。そして月に一度、自分でも品質テストを行って、効果のばらつきを確認しています」


ファイルを開いて見せると、ロベルトは目を見張った。


グラフ、数値、詳細なメモ。前世の品質管理部で作っていた報告書と、ほぼ同じ形式だ。


「これは...まるで王都の研究機関のような記録ですね」


「ありがとうございます。でも、これくらいは当然のことだと思っています」


俺は率直に答えた。


「お客様に安心して使っていただくために。それが作り手の責任ですから」


ロベルトはしばらく黙って記録を眺めていた。


そして、ゆっくりと顔を上げた。


「アレンさん、一つ質問してもいいですか?」


「はい」


「もし...仮にの話ですが」


ロベルトは真剣な表情になった。


「騎士団からの大口発注に対応できますか?月に数百本、いずれは千本以上の規模になるかもしれません」


数百本。千本以上。


今の俺とエミリアだけでは、とても無理な量だ。


でも──


「正直に言えば、現状では難しいです」


俺は嘘をつかずに答えた。


「今は私と見習いの二人だけですから。ただし...」


「ただし?」


「設備と人員を増やせば、対応可能です」


俺は前世の経験を思い出しながら続けた。


「製造プロセスを標準化して、複数人で作業できる体制を整える。品質管理の仕組みさえしっかりしていれば、量産しても品質は落ちません」


「興味深い。では、そのための投資は?」


「すでに地元の商会と協力体制にあります」


俺はギルバートのことを思い浮かべた。


「必要な設備投資については、そちらから支援を受けられる見込みです。問題は人材の確保ですが...それも時間をいただければ」


ロベルトは満足そうに頷いた。


「分かりました。では、まずは品質テストの結果を待ちましょう。一週間ほどお時間をいただきます」


「はい、お待ちしています」


ロベルトは購入したポーションと製造記録のコピーを持って、工房を出ようとした。


扉の前で振り返る。


「最後に一つ。個人的な質問をしてもいいですか?」


「どうぞ」


「あなたは...以前、王都のギルドにいたと聞きました」


その言葉に、俺は少し驚いた。


「ええ、追放されましたが」


「なぜです?これほどの技術があるのに」


「彼らには理解されませんでした」


俺は苦笑した。


「私のやり方は伝統的ではありませんから。でも、ここでは違った。私の技術を必要としてくれる人たちがいた」


「そうですか」


ロベルトは深く頷いた。


「時に、組織は優秀な人材を見逃すものです。でも...それは次の舞台へのチャンスでもある」


「その通りですね」


「では、良い結果をお待ちしています」


ロベルトが去った後、俺は大きく息を吐いた。


王国騎士団。


あの王都の、最も権威ある組織からの視察。


「師匠!」


奥の作業場からエミリアが顔を出した。薬草の選別作業をしていたらしい。


「今の方、すごい立派な人でしたね!何かあったんですか?」


「ああ、実は...」


俺はエミリアに事情を説明した。


騎士団からの調査、品質テスト、そして大口契約の可能性。


「え、え、えええ!?」


エミリアの目が真ん丸になった。


「お、王国騎士団!?あの騎士団が、師匠のポーションを!?」


「まだ決まったわけじゃない。品質テストに合格しなければ」


「でも、師匠のポーションなら絶対大丈夫です!だって、私が保証します!」


エミリアの無邪気な自信に、俺は思わず笑った。


「ありがとう、エミリア。でも...」


俺は窓の外、王都の方角を見つめた。


「もし契約が成立したら、もっと忙しくなるぞ。覚悟はいいか?」


「もちろんです!」


エミリアは力強く頷いた。


「私、もっと頑張ります!師匠の役に立ちたいです!」


その夜。


一人、工房の作業台に向かい、俺は製造計画を練り直していた。


もし騎士団との契約が成立したら──


必要な設備、人員、薬草の確保量。


前世での量産経験を思い出しながら、一つ一つ書き出していく。


「品質を落とさずに量を増やす...」


俺は呟いた。


「それが一番難しい。でも、できないことじゃない」


製造プロセスの標準化。


教育システムの確立。


品質管理体制の強化。


やるべきことは山ほどある。


でも同時に、ワクワクする気持ちも抑えられなかった。


追放されて、この街に来て、小さな工房を開いて──


そしてついに、こんな大きなチャンスが巡ってきた。


「前世の俺、見てるか?」


俺は窓の外の星空に向かって、小さく呟いた。


「お前が夢見ていた品質管理...この世界で、もっと大きなスケールで実現できるかもしれない」


一週間後の結果発表まで、やれることは全てやろう。


そう心に決めて、俺は再び計画書に向き直った。


工房の小さな明かりが、夜更けまで灯り続けた。



【第14話 完】

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