幕間3「見習い錬金術師たちの実験記録 〜その炭、混ぜるな危険〜」
「――では、実験を開始します」
アレン工房の奥にある開発室。
原材料部長のエミリアが、保護メガネを装着して厳かに宣言した。
実験台の上には、ビーカーに入ったどす黒い液体――失敗作のポーション廃棄液――と、師匠が送ってきた『世界樹の炭』の欠片がある。
「ルーカス部長、消火器の準備は?」
「OKだ。……でもエミリア、本当にやるのかい? 師匠は『濾過に使え』って言ってたけど……」
僕は手元の消火器(アレン師匠直伝の二酸化炭素噴射式)を構えながら、冷や汗を拭った。
鑑定結果『国宝級』の炭だ。何が起きるか分からない。
「やらなきゃなりません。師匠は『効率が3倍になる』と書かれていましたが、その真偽を確かめて、標準化(マニュアル化)するのが私たちの仕事ですから!」
エミリアは真面目だ。
彼女はピンセットで、小指の爪ほどの小さな炭の欠片を摘み上げた。
「投入します。……3、2、1、はいっ!」
ポチャン。
黒い欠片が、ヘドロのような廃液の中に落ちた。
その瞬間だった。
ジュワアアアアアッ!!
凄まじい吸着音と共に、ビーカーの中に渦が発生した。
炭が回転し、周囲の汚れを猛烈な勢いで飲み込んでいく。
「うわっ!? 暴走か!?」
「いえ、違います! 見てください!」
10秒後。
渦が収まると、そこには信じられない光景があった。
どす黒かった廃液が、完全無色透明な「水」に変わっていたのだ。
「……嘘だろ」
僕は恐る恐るビーカーを手に取った。
不純物が消えただけじゃない。嫌な臭いも、失敗作特有の魔力の濁りも、完全に消滅している。
試しにpH試験紙を浸してみる。
――中性。純水レベルの数値だ。
「す、すごいです……! 従来の木炭フィルターだと3回通しても色が残るのに、たったひとかけらで……!」
エミリアが目を輝かせてメモを取る。
「これなら、排水処理コストがゼロになります! それどころか、この水、精製水として再利用できますよ!」
「待て待て、エミリア。性能が良すぎるのも考えものだ」
僕は震える声で指摘した。
「これ、もし間違って完成した『商品』に入れたらどうなる?」
「えっ? それは……」
エミリアが顔を青ざめさせた。
そう。
この炭は『不純物』を吸着する。
もし、成分が安定していないポーションに入れたら、薬効成分ごと『汚れ』として吸着され、ただの水に戻ってしまう可能性がある。
「……試してみましょう」
エミリアが震える手で、B級ポーション(市場価格・銀貨5枚)の瓶を開けた。
炭を投入する。
シュワッ……。
一瞬で、美しい黄金色の薬液が、ただの透明な水になった。
「「…………」」
僕たちは顔を見合わせた。
これは「フィルター」なんて生易しいものじゃない。
あらゆる魔力と成分を無に帰す、『虚無の石』だ。
「……ルーカス部長」
「なんだい」
「この炭の取り扱いマニュアル、項目を追加しましょう」
エミリアがノートに赤ペンで大きく書き殴った。
『取扱厳重注意:完成品には絶対に近づけるな。全てが水になるぞ』
「……採用。あと、排水溝に流すのも禁止だ。下水道が綺麗になりすぎて、王都の生態系が壊れるかもしれない」
僕たちは厳重に炭を封印した。
遠い空の下、これを「便利グッズ」感覚で送りつけてきた師匠の、底知れない天然ぶりに戦慄しながら。
後日、アレン工房の排水が「聖水並みに綺麗だ」として、下流で『奇跡の湧き水』騒動が起きたのは、また別の話である。
(スピンオフ 完)
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