表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/34

二人の逃避行

 海の底をずっと漂っているような気分だった。心地がいいけれど、でも寂しくて、ふとした瞬間に苦しくなって。ここが死んだあとの世界なのだろうかと思っていたとき、私を呼ぶ声が聞こえた。


『リディア』


 とてもよく知っている声。何度も返事をしようとするのに、声が出ない。どこを見ても、私を呼ぶその人の姿は見えなくて、焦りばかりが募っていく。私はずっとこのままなのだろうか。誰かも思い出せないまま、永遠にこの場所を漂っているだけなの?


 ──殺したい。


 頭の中に響いてくるその声は、私を呼ぶ声とはまた違っていた。幼い子どものような声。殺したい、殺したいと訴えてくる切なさは悲痛で心が痛くなる。


「どうして、そんなに殺したいの?」


 ──わからない。でも殺したい。


「それじゃあ誰も幸せになれない」


 ──誰が幸せになるの。


 誰が。そう聞かれて答えられなかった。私は生きてるのか死んでるのかもわからない。けれどもただひとつ言えるのは、この子はきっと幸せになるべき人なのだ。


「もう殺さなくていいの」


 私は転生してきたことを、思い出話のように聞かせた。長い夢を見ているようで、けれども本当にあったのだと、そう実感できるような時間。


 ──それじゃあ、まずはあなたが幸せになって。


「私が? あなたは?」


 ──いつか、いつか、許された日がきたら。


 その声はだんだん遠ざかっていくように感じた。次第に、あれは呪いの剣だったのではないかと気付く。殺すことに執着し、ただ人の命を奪うことだけを生き甲斐にしていた。


「許される、その日まで、また」


 最後にそう告げたとき、もう一度「リディア」と呼ぶ優しい声が聞こえた。ああ、もう大丈夫。なんだかそんな気がして、返事をしようとすれば、勢い良く体が浮上するような感覚を覚えた。


 ──幸せに。


「……ええ、幸せに」


 大丈夫、あなたも、私も。そしてきっと、これから会う人も。


 私たちはきっと幸せになれる。そう信じて生きていこう。それが許されるのであれば。


「……アーサー」


 目を覚ましたとき、思わず口をついて出ていた言葉を、張本人に聞かれていたことに気付く。


 私の目の前にはアーサーがいて、その顔は驚きに満ちていて、やがて悲しんでいるのか、笑っているのか、複雑な顔へと変わっていく。


「リディア……俺がわかる?」

「もちろん、アーサーでしょう」


 そう微笑んだら、思いっきりアーサーに抱きしめられた。


「もう起きないかと思ったんだ……ここにいても、ずっと」

「……アーサーが私のことを呼び続けてくれたから」


 あの声はアーサーだった。今ならハッキリとわかるのに、どうしてあのときはわからなかったのだろう。


 アーサーから、私は一年眠り続けていたことを聞かされ、そして私が転生してきたことをゆっくりと話していった。


「そんな話が本当にあるのか信じられないけど、でも、そうなんだろう?」

「私の話を信じてくれるのなら」

「……眠っている君にずっと聞きたかったんだ。本当は、リディアと呼ばないほうがいいんじゃないかって」


 そう聞かれ、思わずくすりと笑ってしまった。


「この世界の私はリディアで、アーサーにそう呼んでもらえることが嬉しいの。だからそのままで」


 ずっとリディアに憧れていた。そんな彼女になれたことが今では夢のようで、そして今、アーサーと殺し合わなくてもいい世界にいられていることが幸せだった。


「俺の計画は、全部知っていたんだよね?」

「本に書かれていた内容なら。一応聞くけど、その計画は今も……?」

「続いていない、本当だよ。あとでわかることだと思うけど、リディアの国と俺の国は同盟を組むことになったんだ。戦争も今は落ち着いた」

「……そっか」


 私が望んでいた結末だ。みんなが幸せになり、ハッピーエンドを迎える世界。


「ねえ、リディア」


 アーサーの手が、私の両頬をそっと包んだ。


「キスをしてもいい?」

「……それは、剣と関係があるもの?」


 からかうように訊ねると、アーサーは口角を上げて首を左右に振った。


「ただ俺がリディアとキスをしたいだけ。ダメ?」

「ダメな理由なんてない」


 意思表示をするように、アーサーの首に手を回す。彼との距離が縮まると、サラサラとした前髪が額に触れて、それから唇が重なる。


「……ずっと、こうしたかった」


 その声に頷きかけたとき、遠くから「リディアお嬢様はまだ目覚められていないんです!」というばあやの声が聞こえてくる。


「大丈夫だ! 僕の声を聞けばきっとリディアは目覚めてくれる!」


 あれはオスカーだ。きっととても厄介なことになる。


「リディア、逃げよう」

「えっ、ちょっとアーサー!?」


 突然抱きかかえられ、窓へと向かう。その間にもノック音が響き渡るけど。


「いくよ」


 アーサーは躊躇うことなく私を抱えて外へと飛び降りる。とはいえ一階なのだけど。


「お、おいッ!? なんだお前は! どうして僕よりもお前が入室を許可されているんだ! しかもリディアを攫って……ッ!」

「面倒なことになったみたいだ」


 肩を竦めるアーサーに、今度は私からキスをする。驚く彼に、伝えていなかった言葉を口にする。


「好き、アーサー」

「……ああ、俺もだよ」


 優しくて、眩しい笑みとともに、今度は二人の逃避行が始まるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ