45話 死闘
カツンカツンと石でできた回廊を進む。あまりにも静かで異様な感じだ。立ち止まって敵の気配を探ろうとしても、中央にある巨大な力の塊しか引っ掛からない。
耳を澄ましても何の音もしない。
「……舐められてんのか?」
それでも警戒は怠らず、いつ何が起きてもいいように身構えておく。が、ディアラの待つ部屋まで誰にも会わずに辿り着いた。
拍子抜けした俺は速攻で終わらせようと剣を高く構えながら最後の部屋に入った。直後、ほとんど魔法の使えない俺ですら分かる膨大な魔力と、神聖な空気が押し寄せてきた。
その空気に圧倒されながらも一歩踏み出した。部屋に満ちた空気が一瞬にして張り詰める。
ど真ん中に佇んでいるディアラは相も変わらずムカつく、澄ました顔をしている。
「ユーリィ……」
「ディアラ……終わりにしようぜ」
剣を抜き、中段に構える。向こうも腰に提げた鞘から剣の柄を握った。
「どうやらリンファは負けちゃったみたいだね。心臓がまともに機能してないよ」
「脳ミソも破壊してこの石像の神を殺してやるよ」
「それはどうかな。僕には神の力が流れている。人程度の力じゃどうにもならないよ」
「それはどうかな?」
一瞬で距離を詰め、無防備な腹に蹴りを叩き込んだ。激しく吹き飛んだディアラは反対側の壁に激突した。
「お前が神の力を借りるなら、俺は魔神の力を借りる。さあ、決着をつけようぜ」
ディアラが立ち上がるのを待たずに斬りかかる。気合いを迸らせながら右斜め下に振り下ろす。
砂煙を断ち切り、ディアラの姿を捉えた。すでに防御姿勢をとっていたディアラの片腕を吹き飛ばす程度にしかならなかったが、ほぼ勝ちは決まったようなものだ。
「あばよディアラ!」
引き戻した剣でとどめを刺そうとしたが直前で何かに弾かれた──いや、阻まれた。
なんと落としたはずの腕が本体を守るかのように剣との間に割って入ったのだった。
勢いを殺された剣の威力は落ち、片腕のディアラが振るった一撃に易々と押し返されてしまった。
「てめぇ、マジで人間やめてやがんな」
「まあね。どうだい、ユーリィも仲間にならないかい? もう一度仲良くしようよ。ちょうど心臓の席が空いたからさ」
「はっ、誰がこんなデカブツの一部になるかよ。とっととテメーを殺してデカブツを解体して終わりにすんだよ!」
「そっか……残念だよ。無理矢理にでも心臓に嵌め込ませてもらうよ!」
腕をくっつけたディアラが突進してきた。細身の剣を器用に突き出してこちらの防御を崩そうとしてくる。
「昔から変わんねぇ戦法だな……!」
「これが一番勝率がいいのさ!」
的確に弾きながら深手を与えようと切り返す。何度目かの打ち合いで遂に肩口に一太刀加える事ができた。
代償として横っ腹を軽く切られたが向こうの方が受けたダメージは上だ。
「……やっぱり心臓がないとキツいね」
口から血を溢しながら呟く。時折咳き込み、床に血痕が散らばる。そんな隙を見逃す俺ではない。
苦しそうに胸を押さえるディアラを蹴っ飛ばして転ばせる。なんとか体勢を立て直そうと受け身を取った瞬間、右足を切り裂いた。
肉を切り骨を断つ感触。膝から下が床に転がる。大量の血が噴水のように吹き出し、お互いを染める。
「ふふ、やっぱり強いね」
「……まぁな」
彼はクスクスと昔のように笑った。そうして観念したかのような表情をした後、ゆっくりと口を開いた。
「ユーリィ、もうおしまいだ。殺してくれ」
「あんな所に置き去りにして、もう駄目だから殺してくれだと? そんな虫のいい話があると思ってんのか?」
「確かに……君にした事は謝っても許されるとは思わないよ……」
「たりめーだ!」
──一閃。
左足が宙を舞う。
「俺の柄じゃないけど、今回ばっかりは痛め付けてやる」
剣を振るう──肉が裂ける。 剣を振るう──肉が爆ぜる。
剣を振るう──腕が飛ぶ。剣を振るう──嫌気がさしてくる。
「…………」
もう剣を振り下ろせなかった。倒れているやつを痛め付けるのは、たとえそれが恨んでいる相手だったとしても気分のいいものではない。
「もう……終わりかい……? 僕を……切るのは満足した……かな?」
掠れた力のない声で言った。しかし瞳だけは俺の方をじっと見据えている。
「ああ、一撃であの送ってやるよ」
柄を両手で握り、ディアラの胸に思い切り叩きつけた。静かな広間に金属と石がぶつかり合う音が響いた。
あまりにも強く刺しすぎたせいで愛剣が真ん中からポッキリ折れてしまった。
「……じゃあな」
最後に少しだけ笑ったディアラに背を向けて帰ろうとした直後、背中に悪寒が走った。
「お前──ッ!」
よろよろと立ち上がったディアラが取れた腕を投げつけてきた。飛来した腕は意思があるかのように動き、首を絞めてきた。
とてつもない力で絞めつけられて息を吸うことさえままならない。
「ユーリィ、君も神の一部になるんだ」
意識が遠退く──視界が霞み、近づいてくるディアラの顔すらまともに見ることができない。
残された僅かな力で抵抗するが一向に離れない。
もう無理だ──と諦めかけた瞬間何か熱いものが手の甲を掠った。それと同時に締め付けが無くなった。急いで肺に酸素を取り込む。
いったい誰が助けてくれたのか、と回転の鈍い脳で考えたがゼルしかいないと気づくまでにしばらくかかった。
「何をしているユーリィ」
「ぜ……ゼル……なんで、ここに……?」
「どんなものか様子を見に来てな。そしたらこのざまだ」
「ああ……ちょっと油断しちまったな。次は完全に叩きのめしてやる」
大きく咳払いして折れた剣を拾い上げる。ゼルの一撃で焦げた腕を再びくっつけたディアラと向かい合う。
あれだけ斬ったというのに既にアイツの傷は塞がりかけていた。
次で決着がつく、と直感で分かる。
もうお互いに掛け合う言葉はなかった。ただ、勝利を得るために走り出した。
凄まじい威力の拳を柄で反らして腹部に膝蹴りをくらわせる。怯んだディアラの顔を殴って吹き飛ばす。
仰向けに倒れた彼が立ち上がるよりも前に、付近に落ちていた折れた刃を心臓めがけて放った。
俺が投げた刃は見事な放物線を描き、深々と胸に突き刺さった。
「終わりだディアラ!」
半ば諦めたかのようなディアラの表情に躊躇う事なく、渾身の一発をぶちこんだ。
「ここ……までか……嫌だね、こんな終わりは」
立ち上がる力も無くしたのか、倒れこんだまま呟いた。彼の体から神としての力が抜けていくのが分かる。
場に満ちていた神聖な空気が霧散していく。
「ごめんよ……」
「……お前」
──謝るくらいならすんなよ……そう言おうと口を開いたが、ディアラは息絶えていた。
「満足したか?」
「……どうかな。でも、心のつかえは取れたよ」
「そうか、ならいい」
脆くなった神の頭蓋から這い出し、ゆっくりと地に降りた。崩壊が始まった神の肉体がわめき散らしている。
「ちょっと行ってくる」
「ああ、行ってこい」
彼女が本当に殺したい相手に嬉々として向かっていく背中を、俺は座って眺めた。




