31話 求め合う者達
ついに夜中がやって来た。昨晩勝手に借りた仮眠室を再び使わせてもらって夜を待っていた。
緊張でじっとりと汗ばむ手をズボンで拭いて深呼吸する。
愛用の剣を腰からぶら下げ、後ろにゼルをつかせて森の中へ足を踏み入れた。
微かに月明かりが降り注ぐ森の中で、俺達は流星がこちらへ飛んでくるのが見えた。
それは月よりも明るく輝きなから一直線に俺達の方へ向かってくる。
「に、逃げろ!」
俺が言うよりも早く、ゼルは後ろの木々に身を潜めていた。俺も直撃を避けるべくゼルの隣にある木に隠れた。
数秒後、凄まじい爆発が木々を吹き飛ばす。地盤が捲れて辺りいったいが砂塵に包まれた。
しばらくした後、視界が晴れた。爆心地にいたのは金色の髪をした青年。年は三十前後だろう。
「よいしょっと……この辺か」
声を聞いた瞬間全身に稲妻が落ちたような衝撃を受けた。この声、聞き覚えがあるなんて話じゃない。
こいつは──ディアラだ。
まさか奴がゼルの残りを持っているとは。口の端が喜びに上がるのを感じる。アイツを殺してゼルの魂を回収する。まさに一石二鳥だ。
とにかくディアラを行動不能にする事が先決だ。
「ゼル、全部力をくれ」
「体の方が持たないぞ」
「ヤバそうだったら上手いこと調整してくれ」
「……わかった」
剣を抜いて木陰から飛び出す。切っ先はディアラの右足に向けて突き出した。
ちらりとディアラの顔を見ると驚いたような表情を見せたが、思いきり横に飛んだ。
ぐっと地面を踏んで再度ディアラへ突進する。
「まさか、ユーリィだったとはね」
一瞬にして抜刀して防御姿勢をとった。お互いの剣が噛み合い、力比べが始まる。
「僕の他に魂を集めている奴がいるって聞いて驚いてたんだ。君が生きててくれて嬉しいよ」
「そうか? その割りにゃあ、目が笑っちゃいねぇけど?」
言いながら前蹴りを叩き込んだが、バックジャンプで躱される。
「君がゼルグリアをくれるのなら見逃してあげよう」
「あ? 何言ってんだ。てめーがゼルと首を置いてけ」
ディアラの後ろに見えるゼルは、この前の二つ目の姿と瓜二つだった。それもそうか、同じ魂なんだしな、と適当に納得して集中し直す。
「親切で教えてあげたんだけどな。ユーリィは僕には勝てないよ」
「何寝ぼけた事言ってんだ。地力じゃ俺の方が上だし、何よりそっちのゼルより俺のゼルの方が強い」
「そうだね、それは事実だ。でも僕には君の知らない切り札があるのさ」
ごそごそと懐から二つの球を取り出した。片方は真紅に輝く光を内包し、もう片方は淡い青色の光を湛えている。
「アクア・スフィア……バルデンの話は嘘じゃなかったか」
「まだ二つしか無いけどユーリィを倒すのには十分さ。ゼルグリア、僕に力を回せ」
「はい、マスター」
はい、マスターだと? 俺は耳を疑った。ゼルがあんなに塩らしい言葉遣いをするなんてあり得ない。
ゼルグリアという女の言動はだいたいが大雑把だ。それなのに毒を抜かれたような彼女を見ると、ディアラに何かされたのではと勘ぐってしまう。
スフィアから赤と青のオーラが奴を包み込む。周囲の空気が震えるのが直に伝わってくる。
おまけにゼルの力まで加わって更に強化された。
「ゼル、冗談抜きで本気で送ってくれ」
「どうなっても知らないからな!」
どくん、と心臓が跳ねた。過剰な力が全身に流れ、筋肉や骨が軋む音が聞こえる。
──魂が一つの時とは比べ物にならないな……。
苦し紛れに笑いを浮かべて大きく息を吸う。さっさと決着を着けなければ俺の体が持たない。
吐き出し、一気に距離を詰めた。再びつばぜり合いが始まる。しかし今回はお互いに一切の会話はない。
ただ力を押し付け合うだけだ。
ギリギリと一進一退の攻防が続き、埒が明かないと判断してディアラの顔に自分の頭をぶつける。
怯んだ隙を逃さず強烈なタックルを繰り出す。
地面に叩きつけられたディアラへ追撃を仕掛ける。気合いを迸らせて奴の腹部のど真ん中に剣を突き立てた。
地面へ深々と突き刺さった剣はそう易々と抜けはしない。
「俺の勝ちだ……」
「やっぱり……君には敵わないよ」
「やけに聞き分けがいいじゃねぇか」
「いやぁ、ちょっとやそっとじゃ僕は死なないから」
突如ディアラが仰向けの状態から体を起こした。。体が切断されていくのも気にせずに立ち上がる。
腹から胸にかけてざっくりと切り裂かれた肉体は、ぐじゅぐじゅと気味の悪い音をたてながら細胞どうしがくっつき始めた。
「ぐ……ふぅ……」
血で汚れた頬を拭いながらディアラが微笑む。肉体の再生というあり得ないものを見せられた俺は固まってしまった。
そのせいでディアラが放ったパンチに対応できず思いきり殴られた。
「スフィアの力でさ、痛いけど復活できるんだ。驚いた?」
「あぁ……こいつぁビックリだ。お前を何回でも殺せるんだからよぉ!」
ひとまず剣を取るべく殴りかかる。奴の持っている剣を避けて脇腹に一撃。
続けて即頭部を叩いて転倒させる。すぐに剣を拾って構え直す。お互いに距離が開き緊張が走る。
動き出したのはほぼ同時だった。激しく打ち合うたびに火花が散り、大地が揺れる。
そろそろ限界が近づいてきたのを感じる。反応が鈍くなってきた。反撃にキレが失くなってくる。
首をはねればさしもの回復力をもつディアラと言えども殺せるはずだ。次の一発で大きく距離を取って深呼吸する。
──ここで決める。
そう決心して地を蹴った。砂埃を舞い上げてディアラの目の前でフェイントをかける。
引っ掛かったディアラを尻目にターンで背後に回って剣を突き出す。殺ったと思った束の間、後ろ手に交差してガードされた。
ぐっさりと手の甲に刺さったままとんでもない力で振り回されて近くの木に背中から激突した。
声にならない掠れた悲鳴が喉から漏れる。全身が痛い。呼吸も浅くなってきた。呼吸に意識を集中させると肺が締め付けられるような感覚に陥る。
ゼル、と呼ぼうと思った直後、俺の目の前で真っ赤な竜巻が発生した。突然現れた竜巻だったが移動する気配はなく、すぐに消滅した。
俺にとどめを刺そうとしていたディアラも動きを止め、竜巻が起こった場所に目を向けている。
「ふぅ……完全復活だ」
少し背が伸び、豊かな黒髪をなびかせながらゼルグリアが歩いてきた。ディアラ側の魂を取り込み完全体となったようだ。
「肩慣らし程度にはなるだろう」
ディアラに向けた指の先から稲妻が迸った。見事に腹を撃ち抜き、煙を上げる指先に息を吹き掛ける。
「私の力はもうお前の中にはない。スフィアと首を置いて逝け」
「いやはや……魂を集めた結果がそれか。力を渡さなくても十分強いじゃないか」
不気味にディアラが笑う。腹部へのダメージはたいした事がないようで瞬時に塞がった。
「威力も感も衰えてはいないか。次は頭を貰おう」
「それは困るな。僕にはまだやる事が残ってるんだから」
バチンと甲高い音がして雷を防いだ剣が壊れた。
「それじゃユーリィ。今度会う時には君に勝ち目はないよ」
懐から取り出したスフィアを握ると、奴の体が薄く透け始めた。
ゼルの雷撃も虚空へ消えた。高笑いを残してディアラの気配は完全に消失した。
逃げられたか。舌打ちして立ち上がろうと腕に力を込めた。しかし想像を絶する激痛に襲われて倒れ込む。
「よく耐えたな。ユーリィが壊れてしまわないか心配だったんだぞ」
「うぁ……ゼルか……良かったな、魂戻ってきて」
「ああ、お前のおかげだ、ユーリィ」
ゼルの華奢な手が俺の背中を撫でた。すると先程の痛みが嘘だったかのように、体が軽くなった。
「え……何したんだ?」
「ちょっとした回復魔法だ」
「全身がスッキリしてる。やるな」
肩を回しながら肉体の不調が無くなっている事に驚く。
「さあ、次は私がユーリィを手伝う番だ。北の帝国に行くんだろ?」
「ああ、リーザスを殺してディアラも始末する。リンファがどこにいるかも訊かなきゃな」
服の汚れを落として立ち上がり、門番の仮眠室に戻った。汚れた服を脱いで新しいものに着替える。
──次会った時、勝ち目はない。
どういう意味だ? スフィアを集めれば神獣を従えられるというが、三体を束ねる気だろうか。
何はともあれさっさと奴を殺さなければ酷い事になる予感がする。




