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22話 三つ目の魂

「井戸だ!」

 さっきまでうなだれていたゼルが、井戸を見つけた瞬間勢いよく走り出した。疲れていたのが嘘だったかのようにバケツを引き上げるロープを手繰り寄せる。


 遅れて俺も到着して引っ張るのを手伝う。ひんやりと冷たい水の入ったバケツが上がってくると、彼女はガボッと頭を突っ込んだ。

 しばらく動かなくなって声をかけようかとした寸前、濡れた髪を振り乱しながら顔を上げた。


「う~んまいっ!」

 満足そうな顔を浮かべてその場に座り込んだ。そんなにも美味いのかと俺も汲み上げて飲んでみる。


「おー、こりゃ確かに美味いな」

 疲れと渇きのせいでもあるだろうけど、この水はどことなく甘い。そんな気がしてバケツ一杯分を飲み干してしまった。


 カバンからタオルを取り出して水に浸し、一枚ゼルに渡す。もう一枚で自分の体を拭いて汗を落とした。


「ふぅ……ようやく一段落つけるな」

 井戸の縁に腰かけて深く息を吐き出す。周囲には魔物避けの魔法が施されているため、よっぽど位の高いモンスターでなければ入ってくることはできない。


「そう言えば蛇はどうしたんだ?」

「ああ、ざっくりと倒してきたぞ。たぶん復活する事はないと思う」

「そうか。私がいなくてもそこそこ戦えるんだな」


「何か企んでるのか?」

「まさか。今回みたいな不測の事態が起きたとしても安心できるって事だ」

「ならいいんだけどさ」


「よーし、休憩は十分とれたか?」

 ゼルがタオルを首に巻き、パッと立ち上がった。俺はもう少し休みたい気分だったが、遺跡の中の方が涼しいだろうと考えて入り口に回った。


 長い長い石の階段を汗だくになりながら上る。先ほど引いた汗が再び、そして今度は大量に噴き出した。

 木の葉による盾が無いせいで余計暑い。

 以前来たときは風が吹いていて、もう少し涼しかったはずだが。


 半分を越えた辺りからゼルは獣のように両手両足を使ってゆっくりと上がっていた。助けてやりたいが、こんな急な階段で背負い、体勢を崩したら両方とも死んでしまう。


「ほら、ゼル……頑張れ……」

 井戸水で冷やしたはずのタオルも生温く、絞れば汗混じりの水が滴る。懸命に一段一段上り詰め、遂に遺跡の入り口まで辿り着いた。

 ゼルも休憩を挟みながらだが、着実に頂上へ近づいていた。


 灼熱の太陽に焼かれながら仰向けで転がっていると、影がさした。目を開けると、汗を顔から垂らしたゼルグリアが立っていた。


「行くわよ……」

「おう……」

 気の無い返事を返して薄暗い遺跡に入る。石でできた扉は崩壊していて、彫られていた文字は読めなかった。いくつかの欠片がどこかへ消えてしまったそうだ。


 太陽の下から抜けただけでだいぶ涼しく感じる。土や鉄とカビの臭いがするこの遺跡。

 ここの名前は分からず、何を理由に建設されたのかも全く分からなかった。


「誰もいないな……」

「ユーリィのいなかった十年間にここの流行も去ったんだろうよ」

「それもそうか」

 内装は過去に来た時と変化はなかった。瓦礫は端に寄せられている以外に気になることはない。


「どうだ? どこにあるか分かるか?」

「ああ、こっちだ」

 先導するゼルは中央の階段を一息に上った。そして、かつて豪華な壁画があったであろう場所で立ち止まった。

 朽ちた壁を眺める彼女はどこか悲しそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべた。


「ユーリィ、分かるか? ここには私とアイツの最後が描かれてたみたいだ」

「……そう、みたいだな」

 少し前にきいた彼女の話と照らし合わせると、確かにその場面が見てとれる。


 この壁画の中で一番残大きくっているのは右上の顔の無い白い人のようなものが涙を流しているところだ。

 そこの下には木の幹が確認できた。左下には少女が何かに向けて手を伸ばしていた。


「ふふ、良くできているじゃないか」

 そっと壁に触れると中心に微かなヒビが入った。徐々に亀裂が走り、ガラガラと音を立てて壁は崩れ去った。


「……私のせいか?」

「確実にな。どんなに威力の高い魔法を撃とうが、ハンマーで叩こうがびくともしなかった壁が、お前が触れただけで壊れるなんてあり得ないからな」

 砂煙が収まると何かが見えた。


「これ……祭壇か?」

 石でできた祭壇らしきものが壁の向こうから現れた。素材は石なのだが、至るところに壁画と似たような模様が彫られている。

 加えて強力な封印系の呪文が施されていた。


「うん、お前の魂があることは確かだな」

 二人で色々と弄っているとゼルが何かスイッチに触れた。かちりと軽い音ともに祭壇の中心から黒い霧のようなものが溢れだした。


「下がってろ」

 ゼルを退避させて剣を構える。黒い霧は止め処なく流れ続け、形を作っていく。

 雄牛のような鋭い角に筋骨隆々の上半身、そして河の腰布だけを纏った屈強な下半身。


「待ちくたびれたぞ……生け贄の用意はできているんだろうな」

 遺跡いっぱいに拡がる重い声。全身が黒く、目の位置だけが赤く輝いていた。


「生け贄……ってなんだよ」

「魔神の魂を求めて来たんだろう? 欲しければ相応の魂をよこせ」

「あいにく魂の持ち合わせが無くてな。お前を殺して奪う事になるけど構わないか?」


「ふはははは! オレは不死身だ! 何度頭を落とそうが心臓を突き刺そうが我は甦る! それでも貴様は戦うか?」

 不死身野郎と戦ったところでこちらの利点は何もない。ただ疲れるだけ、それか死ぬ。


「魂なら、何でもいいんだよな?」

「強ければ強いほど良い」

「任せろ、連れてきてやるから」


 なんたる幸運か。これから向かう先にいるアイツなら簡単に持ってこれる。一度近くの町に寄って道具を買う必要があるが、明らかな強敵と戦うよりはましだ。


「オレは腹が減っている、あまり待たせるな」

 それだけ言うと奴の体が揺らめき、祭壇に吸い込まれて消えた。辺りは静寂に包まれ、自分の呼吸が聞こえるだけだった。


 階段の踊り場で立ち止まってこちらを見ていた。力を送るために最低限の距離をとったのだろう。


「……魂を渡せば私のが返ってくるのか?」

「そうらしいな」

「あてはあるのか?」


「もちろん。ちょっと寄り道することになるけど、すぐに魂は手に入る」

 ──奴を使うのだ。これから向かう場所にいる奴をな。

 心の中で笑い、遺跡から出る前に祭壇の方を振り返った。


「あれ……?」

 足を止めてよく見ると壁画が復元されていた。俺らが来た時と全く同じ形で、ただ静かに歴史を後世へと伝えていた。

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