010 部活へ入ろう! ~剣道編-3~
「はじめー」
気の抜けた声が響く。
まあ、関係ないやつらからすれば、ただの新人歓迎のイベントだ。身も入らないのも無理はなかろ……って、おい! 待てこら!
相手は奇声とともに一気に距離を詰めると、意外なほどの速さで打ち込んでくる。
上段からの打ち込みを軽くかわしたつもりだったが、そのまま胴を横なぎに。軽く弾いたはいいけれど、そのまま連打してくる。
ちょ、うあ、何だこの防具、めっちゃ動きづらっ!
とわぁ!
「ちょっ、だあっ、ああもう! 待てって! おい!」
慌てた私は、とりあえず距離を取るために斜め後ろに飛び、追ってきた突きを小手先で巻き取るように打ち上げる。
遊んでやるつもりで受けた試合だったが、相手の予想以上のスピードに翻弄され、大人げなく本気を出しかけてしまったのだ。
「ああもう、待てって言ってるだろ、ちょっとタンマだタンマ!」
狙い通り相手の剣は宙を舞い、床を叩く乾いた音がカラカラと響いた。道場内はいつの間にか、しんと静まり返っていた。
相手は落とした剣を拾いもせず、ぼーっとこちらを見ていた。
うー、回りの視線が痛い。
蛍ですら、ぽかんと口をあけて、呆れたようにこちらを見ている。
――少しだけ冷静になった私は、ようやく自分が犯した過ちに気付く。
心臓にぐじぐじとトゲが刺さりまくっている。霜の巨人に氷漬けにされるほうが、気分的にはまだ楽だ。
私はうつむいたまま、小さくつぶやいた。
「ごめんなさい」
相手の顔は、見ることが出来なかった。
「悪かった、……です。実際にやってみてわかったよ。まさかわざと動きづらい服装をして鍛えていたなんて思わなかった。ここの剣術は思っていたよりもレベルが高い」
私は素直に頭を下げる。
そうだ、頭に血が上っていて忘れていたが、最初に無礼を働いたのはこちらなのだ。
私だって、子供が必死で魔術を練習しているときに横で笑うやつがいたら、たぶんぶん殴る。助走つけてぶん殴る。
しかし、私を待っていたのは罵倒でも慰めでもなかった。
「すごいじゃないか! 君、独学なんだろ? 剣道部に入らないか? きっとすぐにレギュラーになれるぞ!」
は? え? 何だこの展開は。意味がわからんぞ。
予想外のテンションで肩を掴んでくる相手に、私は逃げるタイミングを完全に失った。
ざわつきながら集まる部員たち。
「ちょっと青海、すごいよ。山本先輩(*)って全国大会に行ったこともあるのよ。攻めは全部さばいちゃうし、そのうえ竹刀を弾き飛ばすとか、どこでそんな練習してたの?」
蛍までやけに嬉しそうにはしゃいでいる。
ちょっと落ち着け。落ち着けったら。
「落ち着いてくれ、私は剣術部に入るつもりはない!」
防具を外し、とりあえず道場を出ようとする。
「――ぬあ、この小手、どうやって外すんだ、紐がつかめん! 蛍、手伝ってくれ!」
「剣道がんばるって言ってくれたら、外してあげるー」
蛍が意地悪く笑う。マネージャーやったげるよ、との声に、回りの部員たちの声が一段と大きくなる。
くう、仕方ない。
「≪武装解除≫!」
「あ、ちょっと、待ってよ青海!」
私は強制的に防具を外すと、道場から逃げ出した。
※山本先輩……クラスの約半分は、名字に「山」が入っている。山田、山本、山下、中山、大山、などなど。