二十一話 戦記姫
外をでると、雪は小雨になっていた。宏次と小夜は、ひたすらに走り城を後にする
その時、宏次の視界に見知った人物が、木々の間に映ったのが見えた。
「あれは……虎白!?」
虎白の姿を見た宏次は、進路を変えて森の中へと走る。
「待て、宏次! 一人で先に行くな」
宏次の後を追う小夜。しかし、紅い刀身が道筋を遮った。
刀の主は、良く見知った桃色の髪をした女……桜花。だが、様子がおかしい。
「……桜花?」
返事を待たずして、一閃を仕掛けてきた。鞘に収めたまま村雨で受け止める。
「……なんの真似だ桜花?」
「小夜、今の殿方は墓川の将ですね? そして、貴方は墓川に仕えている……」
「それがどうした?」
「ごめんなさい。私は墓川と戦います。それが例え小夜。貴方と戦う事になっても」
鍔迫り合いに持ち込まれる――否、村雨の鍔を上から、赤い反りで押さえ込まれていた。
「掻鍔花」
桜花の押さえ込む刀身は、小夜の身体に向けられていた。気付いた小夜は、すぐに間合いを取る。間一髪、鍔からの一閃を避けることができた。
振り返り、桜花の空いている左腕に向けて、鞘に収めた村雨で叩きつける。――だが、何かが当たり手応えを感じなかった。
「放閃花」
桜花の放つ、大振りな一閃を避けるのも、後ろにあった大木が、大きな音を立て倒れる。
「よせ桜花! 私は戦いたくはない」
「三斬花」
桜花が右手に握る紅い刀は、小夜を捉える。肩目掛けて振り下ろされる一閃を鞘に収めたままで受け止めて強く弾き、間合いを取る。――しかし、肩と腰に二撃浴びていた。
「何故……確かに受け止めたはずなのに。これは一体?」
「貴方は、この桜桃が どの様な妖刀か、わかっていませんね?」
小夜の疑問に応える様に桜花は語る。
「この桜桃は、身体を糧に時を裂くのです。いえ、少し違いますね。時を裂く力に、身体が耐えられないと言った方が良いのでしょうか?」
右手に持つ刀を構えて、桜花は冷淡と語る。
「小夜。貴方には話してはいませんでしたね。私は貴方と出会う前、この桜桃と共に戦を駆けぬけました。立ち阻む者は殺して。殺し尽くして、いつしかこう呼ばれたのです……二腰の刀を携える戦の鬼と」
「まさか戦鬼姫とは桜花。お主の事なのか?」
「戦鬼姫……そう呼ばれていた事もありましたね。しかしながら、桜桃は体を蝕み、やがて利き手であった左手は刀を振るう事は愚か、握る事すら叶わなくなりました」
「……では、その左手に持っている刀はなんだ?」
先程の左腕に何かが当たった。それは桜花が動かなくなったと言っている左手に何かを隠している。小夜はその正体を問いただす。
「これですか?」
桜花の袖の中に隠していた刀が現れた。それは、見覚えのある一本の黒く染まった歪の刀。白狼が持っていた長月家の妖刀だった。
「狂月と呼ばれる妖刀ですよ」
「何故、それをお主が持っている?」
「……不思議なものですね。この刀を持っていると高揚するのです。身体が熱くなって、力が漲ってくるのです。動かなくなった左手も動くようになりました。これを愛の力と呼ばずして、なんと呼べばよいのでしょうか? 紛れもなく私は恋をしているのです」
恍惚に浸った妖艶の顔を浮かべて、桜花は尚も言葉を続ける。
「女の一生とは、恋をして 恋に焦がれて 恋に生きるのです。私の願いは一つ。この戦に勝ち、とらじろう様と結ばれたい。小夜、邪魔をするならば貴方でも容赦はできませんよ?」
「桜花。その刀を放せ。狂い人になってしまう前に」
「……貴方はひどいですね小夜。この刀は、とらじろう様との愛の結晶。とらじろう様は私と共に生きろとおっしゃっているのですよ」
「虎白は、すでに死んでいる。その最後を私と宏次が見届けた」
「そうですか。ならば弔いをせねばなりませんね。……いい事を思いつきました。墓川の首をご用意すれば、とらじろう様は喜んで下さるかしら?」
その一言に小夜は激怒した。説得は無駄と判断し、宏次を守る事のみを選んだ。村雨をいつでも抜ける様に構える。
「よもや、何を言っても無駄か。……桜花許せ」
「ようやく構えましたね。それでいいのです。私は とらじろう様を選びました。貴方も自分の男を選ぶべきです。そして勝ち取ってみなさい」
右手に桜桃。左手に狂月を逆手持ちで構える桜花。
「花見二刀流 八重の構え――百合籠」
桜花は踊る様に、足を捌き、両手の刀を縦横無尽に振るう。剣戟の残像が網目状に覆い尽くした。それは夕立の原型であり、あらゆる角度から放つ連続切り。それは逃げ道の無い刃の牢獄他ならなかった。
小夜は、柄、刀身、柄頭、鍔、先端と刀のあらゆる所を使って防御に徹する。――しかし、受け切れず、身体のあらゆる所に裂傷を受ける。時の裂かれた速さを捉える事が出来なかった。村雨を抜く隙は無く、一度小夜は間合いを空けるように下がる。
桜花は剣戟を止めると、赤い刀身の切っ先を向けた。
「小夜、これを凌ぐ術が無いのであれば、ここで果てなさい」
小夜は村雨を強く握り締め、桜花を見据える。
「桜花と刀を交える事は無いと思っていた。……やはり強い。思えば、その衰えた左手を持ってしても、勝てた試しは無かった」
対して桜花も、二つの妖刀の刀身を小夜に向けて構える。
「小夜。貴方も強くなりました。全盛期に近い私の相手を務める事ができるのは、貴方を除いて他は居ないでしょう。互いに咲くか、散るかの大勝負……」
静かな間。互いに緊張を張り詰めて、大きな鼓動が鳴り響く。二人の鼓動が重なったその時――
「「いざ!!」」
鞘から村雨を引き抜いて、離れた間合いから水の刃を桜花に放つ。水の刃に一閃が重なり、相殺される水が霧となって、桜花の目の前に散布された。
間合いを詰めるのは小夜。狙う一撃目は、桜花の腰。逆袈裟斬りを放つが、桜花の逆手で持つ狂月で受け止められる。更に、狂月は村雨を絡めるように鍔迫り合いに持ち込こんで来た。
時を裂く桜桃の一撃は、鍔迫り合いの小夜に向かって、頭上に振り下ろされる。小夜は村雨を引き込み、桜桃を受け止める。三つの妖刀が同時に重なった。
小雨は豪雨となり、雷鳴が光と共に轟いた。
桜花は桜桃を引いて、狂月で更に押さえ込む。小夜は力任せに鍔迫り合いを離し背を向ける――時雨。大振りの一閃を間髪入れず桜花に放つ。桜花は右足を一歩後ろに、紙一重で避ける。
桜花の足が、すかさず小夜の足を掛ける。後ろへと倒れる小夜は、背中に土をつけた。
すかさず、狂月が小夜の額に目掛けての突き刺し。これを村雨の刀身を使って受け止めた。
有利な態勢である好機を逃さない。桜桃を強く握ると、腰を落とし小夜の首を斬り落としにかかる。狂月を跳ね除けて、それを転がるように避けるが、桜桃は地面ごと斬り裂き、留まる事を知らず小夜の背中をも裂く。
転がって振り返り、片膝で立つ小夜。村雨を納刀して、困憊の息を洩らす。……ここに安息の間は無い、狂月の突きが迫る。
村雨を引き抜き、刀身を天に返して、反りの部分で狂月を抑え込む……掻鍔花。桜花の技を使い、刃を桜花の顔に向けて一閃を放つ。桜花の頬に赤い一筋が走った。小夜のその一撃に、桜花は静かに高ぶった笑みを洩らす。
突如、雷が側にあった木に轟音を打ち鳴らして落ちる。――だが、二人は気にもしていなかった。
小夜は桜花の間合いに飛び込み、連続切りを放つ――夕立。対して桜花もまた百合籠で容易くあしらう。
刀と刀が縦横無尽に重なり、そしてまた重なる。狂月と村雨が、またもや鍔迫り合いになる。――そして赤の刀身、桜桃が光る。
「猛凛花
――桜花の突き。狙うは小夜の心臓だった。小夜は鞘を持つ手で、桜桃を鞘に納めて突きを防いだ。
小夜は狂月との鍔迫り合いを押し退け、強く弾き飛ばし間合いを作る。身体を大きく回転させて、怯んだ桜花の狂月を握る左手首を斬り飛ばした。狂月と手首が鮮血と共に宙を舞う。
「納刀。そして抜刀をする間を捨てましたか」
「お前を相手に贅沢な戦いはできん」
桜花は鞘に収まった桜桃を大きく振り、村雨の鞘を投げ捨てる。小夜は村雨を両手で強く、柄を握りしめた。村雨の切っ先から、水の雫が零れ落ちる。
「……今年の冬はとても寒かったわね」
「?」
「貴方は知ってるかしら? 冬が寒ければ寒いほど、その年の桜は寒さに負けじと美しくに咲き誇るのよ」
切り飛ばされた左手と狂月が、重力によってゆっくりと、桜花の目の前に落ちる。その時、桜桃を握っている右手で、狂月を逆手持ちに掴む。桜花の右手には、二つの妖刀の柄が強く握り締められる。
「花見二刀流……染 井 吉 野 の 構 え」
桃桜と狂月を同時に振り回し、小夜に一閃を放った。この変則的な剣術、片手の手首一振りで、攻撃と防御を同時にこなす。
小夜は夕立で迎え撃つ。しかし、小夜の夕立を物ともせず、容易く往なす。攻撃を受けつつも、一瞬の垣間に攻撃を仕掛けている。気付けば、小夜の身体には、浅くとも切傷が無数に出来ていた。
その型は、連続攻撃に適していた。手首の振り、肘の振り、肩の振り、腰の振り、足の振り。それを片手二刀で行う。
小夜も負けじと、夕立をもって桜花に剣戟を放つ。桜花は一歩、また一歩と下がる。桜花の背中には大木が見えた。あと少しで追い詰める事ができる――しかし、それは罠だ。桜花は強引に、小夜の村雨を叩きつけた。狙い通り、小夜は村雨を地に落としてしまう。
指を器用に動かし、桜花の右手は二刀並ぶ様に持ち変えられた。鍔と柄が互いに接触し、不揃いながらも二つの刀身は小夜に向いている。
「花見二刀流――枝垂れの構え」
大きく振り上げ、小夜の肩目掛けて振り下ろした。その一撃は、一振りで二撃。どちらかを避けたとしても、どちらかは受けてしまう。小夜は、瞬時に地に落ちた村雨を拾うが、受ける間は無い。咄嗟に懐から、金色の櫛を取り出して二つの刀身を受ける。櫛は二つの刀を食い込み、互いに離そうとはしなかった。
桜花は焦りの顔を見せる――気付いた時には遅かった。すでに村雨は桜花の腰を捉えていた。
一閃。
桜花の腹部が血に染まった。やがて桜花は、掴んでいた手の力が抜けて、二つの妖刀は地に落ちる。そして後ろにあった大木に背中を預ける様に座り込む。
「……負けてしまいました。小夜、強くなりましたね」
桜花は穏やかな顔を見せた。その顔は狂月に囚われず、共に過ごした時の見慣れた優しい顔だった。
「桜花?」
「……最後にお願いを聞いてもらってもいいかしら?」
「なんだ?」
「最後は、とらじろう様を思いながら果てたいのです。……やってくれますね?」
小夜は一瞬、戸惑った。優しそうな桜花の顔を見て、戦いは終わったのではないかと。――しかし、桜花の傷はもう助からない。それを一番理解しているのは、他ならない自分だった。ならばせめて苦しまぬよう、止めを刺すのもまた自分であると。桜花の声に耳を傾けるべきだと。村雨の柄を強く握りしめた。
「……わかった。眼を閉じよ。瞼に愛する者の顔を浮かべてくれ」
疲労ながらに桜花に掛ける声は、僅かに震えていた。
「……泣いているのですか?」
「言うな、腕が鈍る。楽には死ねぬぞ」
静かに瞼を閉じて桜花は想う。
「ではお願いします」
流れ出そうな涙を堪えて、小夜は桜花の心臓に村雨を突き刺した。
「幸せになるのですよ。小夜――……」
声を枯らしながらの最後の言葉に、思い出してしまった。桜花と過ごした日々を。
「……桜花。やはりお前は馬鹿だ。大……馬鹿者だっ!」
小夜は堪えていた涙を抑えきれず、止めど無く零した。ふと顔を上げた桜花の顔は、とても幸せそうな顔だった。
「私も、その様な死顔ができるだろうか?」
その問いかけに応える声は無かった。桜花の腰に刺さった二腰の鞘を手に取り、二つの妖刀を収めて桜花の膝に並べて置いた。
小夜は零れた涙を拭って、宏次の後を追う。




