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11.沈黙の檻

 完全に逃げ場を失った処刑台の上。


 黄金の光で形成されたドーム状の結界の中で、俺は背筋に冷たい汗が伝うのを感じていた。


 外からは数百人の異端審問官たちが、俺という「ネズミ」を焼き殺すべく、一斉に凶悪な魔術の装填を始めている。


 そして結界の内側では、『知の枢機リバルド』が、俺の発動条件(言葉のやり取り)を封じるために一言も発さず、無言のまま致死の魔力刃を生成していた。


(完全にやられたな……。レオンは動けず、シトリーの力はまだ戻っていない。全ては俺の策略ということにされ、群衆は完全に敵に回った)


 上空の教皇の幻影が、残酷な笑みを浮かべて俺を見下ろしている。


 普通に考えれば、これ以上ない完全な「詰み」の盤面だ。


「……」


 リバルドが、冷徹な瞳で俺を射抜き、無言のまま一歩を踏み出した。


 だが、俺はその王国最高峰の頭脳を持つ枢機卿からスッと視線を外し、足元に転がっていた『砕けた幻術のガラス片』を拾い上げた。


 そして、結界の外で魔術を構えている異端審問官に向けて、軽く投げつける。


 ヒュンッ。


 ガラス片は、黄金の光の壁にぶつかることなく、まるで水面を通り抜けるように外へと抜け出し、審問官の足元でパチンと音を立てて弾けた。


(……なるほどな)


 俺の口角が、自然と吊り上がる。


(内側から外へ出ることはできないが、攻撃や物体は通すことができる。処刑人を外部の妨害から守りつつ、暴徒化した観衆を制圧するための『一方通行の盾』というわけだ)


 ならば、この檻は俺の墓場ではない。


 外にいる「数万人の観衆」という最高の武器を利用するための、安全な砲台だ。


 リバルドが魔力刃を振り上げ、俺の首を刎ねようと肉薄してくる。


 だが、俺はその恐るべき枢機卿を『完全に無視』し、背後に立っていた偽クロード(替え玉)の襟首を掴んで引き寄せた。


「おい、偽物。今すぐ教皇への狂信を、最高に過激に演じろ」


 俺は偽物の耳元で、冷酷な絶対命令を下した。


「さっきお前の懐に忍ばせておいた『爆炎の魔導具』を全開にして、外の群衆にぶっ放せ。……一滴の魔力も残すなよ」


 ギギギ、と。


 リバルドの刃が俺の鼻先を掠める寸前、偽クロードの体が弾かれたように前に躍り出た。彼は懐から、俺が事前にくすねていた高出力の魔導具を引き抜き、処刑人に対して使えば数人程度は倒せるだろうそれを両手で高く掲げる。


「教皇様のために、この広場にいる不信心な市民も全員焼き殺せェェェェッ!!」


 偽クロードの口から、狂気に満ちた絶叫が響き渡る。


「なっ……!?」


 常に冷徹だったリバルドの顔に、初めて明確な「動揺」が走った。


 彼が魔力刃の軌道を変え、偽物を斬り捨てようとしたが、僅かに遅い。


 ドゴォォォォォンッ!!!


 偽クロードの手から放たれた火炎球が、一方通行の結界をすり抜け、処刑台を囲んでいた異端審問官たちごと、外周を埋め尽くす数万の群衆のど真ん中、祭事につかう火薬を多量に含む台座へと着弾した。


「ぎゃああああああっ!!」「熱いっ!助けてくれぇっ!!」


 凄まじい爆発と熱風が広場を吹き荒れ、数え切れない市民が吹き飛ばされる。


 その光景に、一瞬の静寂の後――群衆の恐怖は、爆発的な「怒り」へと変わった。


「き、教会が俺たちを殺そうとしているぞ!!」「あの偽物の枢機卿が魔術を撃ってきた!!」「ふざけるな!俺たちを皆殺しにする気か!!殺される前に殺せェェッ!!」


 教皇が作り上げた『異端者を憎む正義の群衆』という盤面は、俺のたった一つの命令によって、完全に反転した。


 数万人という圧倒的な質量の『暴徒』が、血走った目で周囲の異端審問官たちに襲い掛かったのだ。


「ぐわぁっ!?や、やめろ貴様ら!我々は教会の――ぎゃあっ!」「数が多すぎる!陣形が崩されるぞ!!」


 数百人のエリート審問官も、数万人の怒れる暴徒の波に飲まれれば、ひとたまりもない。彼らは魔術を放つ暇すらなく、群衆の足の下へと踏み潰されていく。


 王都の中心で、教会の権威と治安が物理的に崩壊していく地獄絵図。


「……くそッ!」


 ついに。


 結界の中で沈黙を貫いていたリバルドが、顔を著しく歪め、忌々しげに舌打ちをした。


 知の枢機である彼には、痛いほど理解できていたはずだ。このまま暴徒を放置すれば、教会本殿まで火の手が回り、教皇の権威そのものが修復不可能なまでに失墜するという事実を。


「……馬鹿な真似を!結界解除!」


 リバルドが杖を振るうと、俺たちを閉じ込めていた黄金の光の壁がパリンと音を立てて消滅した。彼はそのまま、混乱の渦中にある審問官たちに向けて、声を張り上げて絶叫した。


「全隊、ネズミより暴動の鎮圧を優先しろ!決して市民を殺すな、非致死の魔術で――」


「――随分と、大きな声が出るじゃないか。リバルド」


 俺は背後から、底意地の悪い笑みを浮かべて声をかけた。


 ビクリ、と。


 リバルドの肩が跳ね、彼がゆっくりと振り返る。


「沈黙という最強の盾を捨ててまで、俺の盤面(暴動)に乗ってくれて感謝するよ。……さあ、ここからは俺のターンだ」


 俺は気絶したレオンの前に立ち塞がるように歩み寄り、知の枢機を真っ直ぐに見据えた。


 最弱の復讐者と、知の枢機リバルドによる、血で血を洗う言葉の殺し合いが、狂乱の広場で幕を開けようとしていた。

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