47.夏祭り
僕には、幼馴染がいる。腰まで伸びた黒髪は、まさに烏の濡れ羽色と表現するのがふさわしい。身長も高めだ。僕も180cmと背が高い方だが、彼女はさらに上をいき、190cmもある。
そんな彼女は、あまり感情を表に見せることがない。常に扇子を持ち歩き、笑ったときや怒ったときには、その口元を扇子で隠す癖がある。
そんな彼女と、夏祭りに行くことになった。母が友人から男物の浴衣を譲り受けたらしく、「彼女とデートでもしてきなさい」と、からかうように言ってきたのだ。
どうやら、母の言葉はすでに彼女の耳にも届いていたらしい。家を出ると、すぐ目の前に彼女が立っていた。彼女も浴衣を着ていた。だが、その似合い方は、尋常ではなかった。まるで現代に舞い降りた大和撫子。そんな言葉が、自然と浮かんでいた。
手元の扇子も、いつもの無地のものではなく、色とりどりの花火が描かれていた。
彼女に見惚れていることをごまかすように、僕はスタスタと祭りの会場へと向かった。
彼女は、いつものように僕の少し後ろを歩きながら、扇子で口元を隠していた。
祭りの喧騒の中でも、彼女の存在はすぐにわかる。背の高さもそうだが、浴衣姿が妙に印象的で、どこか人混みの中で浮いているような気さえした。
「わたあめ、食べる?」
ふと声をかけると、彼女はほんのわずかに頷いた。その仕草すらも上品で、どこか昔の姫君のように感じられる。
けれど、わたあめの大きさに目を丸くした瞬間、いつものようにすぐ扇子で顔を隠してしまった。
金魚すくいでは、袖をたくし上げて真剣な顔をしていた。ヨーヨー釣りでは、思うようにいかないのか、眉間に小さくしわを寄せていた。
普段は無表情気味な彼女の、そんな柔らかな一面を、僕は少しだけ見ることができた。
出店を回りながら、石畳の道を歩いていたときのことだった。
段差に気づかなかった彼女が、ふいにつまずいた。
咄嗟に振り返ると、彼女は、片足を抱えるようにしてしゃがみ込んでいた。
「……足、くじいた?」
少し間を置いて、彼女は静かに頷いた。扇子で口元を隠したまま、顔をしかめているのがわかった。
「しょうがないな……」
僕は少し気だるげに息をついて、背中を向けた。
「おぶるよ。乗って」
一瞬の沈黙があり、やがて衣擦れの音とともに、背中に重みがのった。
僕よりも身長が高いはずなのに思ったよりも軽くて、少し驚いた。
彼女の腕が僕の肩に回り、じんわりと体温が伝わってくる。
背中越しに感じる彼女の息遣いが、くすぐったいような、妙に心地いいような。
やがて、夜空に花火が打ち上がった。
大きな音とともに、空一面に光が咲く。色とりどりの残像が闇を照らす。そのたびに、彼女の腕にわずかに力が入る。
怖いのか、驚いているのか――それとも、別の理由なのか。
僕はふと、背後を振り返った。
すると、彼女の顔が、ほんのりと赤く染まっているのが見えた。
祭りの光でも、花火の光でもない。確かに、彼女自身の熱が頬に宿っていた。
目が合った。そう思った瞬間、彼女は慌てて扇子で顔を隠した。けれど、その手がわずかに震えているのを、僕は見逃さなかった。
「……なんで赤くなってるんだよ」
僕がそう言うと、しばらくの間があってから、背中から小さな声が返ってきた。
「……知らなくて、いい」
その声は、いつもより少しだけ高くて、けれど優しく、僕の耳に届いた。
僕も、つられて顔が熱くなるのを感じた。
夜空にまた一輪、大きな花火が咲いた。
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