23.喫茶店
大学生活にもようやく慣れ、最近のマイブームは大学近くの飲食店巡り。
趣味と言えるものも特にない僕は、アルバイト代のほとんどをその「巡り」に注ぎ込んでいた。
ある日、少し大学から離れた路地裏で、小さな看板を見つけた。どうやら喫茶店らしい。
気まぐれにドアを開けると、カランカランと。ベルの音が鳴る。中はカウンター席だけのこぢんまりとした空間。僕以外に客はいなかった。
「誰だい?」
奥から聞こえた声に振り返って、思わず息をのむ。
一瞬、男性かと思ったほど端正な顔立ち。すっと通った鼻筋に、凛とした瞳。でも肩まで伸びた髪を一つに結び、エプロンを着けているその人は、明らかに女性だった。
「ああ、すまない。まだ開店時間ではないんだ」
優雅な微笑みと、どこか芝居がかった口調に僕はさらに驚いた。
「あ、失礼しました……!」
立ち上がろうとした僕を、その女性が手で制す。
「待ちたまえ。せっかく来てくれたのだ。少し付き合ってくれないか?今、新しいブレンドを試しているところでね。一人では味の判断が難しくて」
断る間もなく、その堂々とした物腰に飲まれ、僕は頷いていた。
「はい……」
「ありがとう。私は□□。君の名前は?」
「○○です」
「○○君か。良い名前だ」
□□さんは奥に下がり、すぐに香ばしいコーヒーの香りが店内を満たした。
「どうだろう、○○君。率直な感想を聞かせてくれ」
差し出されたカップ。彼女の整った顔が、至近距離でさらに際立つ。
「……美味しいです!」
心からの言葉が自然とこぼれた。
「それは良かった。○○君のような正直な意見を、私は求めていたのだ」
彼女は満足そうに微笑む。
「□□さん、もしかして……このお店の店主さんですか?」
「そうだよ。この小さな王国の主だ」
くすっと笑う彼女。その言葉が冗談に聞こえないのは、きっと彼女自身が物語の登場人物のようだからだろう。
「実は最近、この店を受け継いだばかりでね。まだまだ勉強中なのだよ」
「へえ……素敵ですね」
「○○君。もしよければ、また明日もこの時間に来てくれないか?君の感想が私にはとても参考になる」
「え、でも……開店前ですよね?」
「構わない。君は私の特別なお客様だから。開店すると、私目当ての女性客で賑わってしまうからね。ゆっくり話せるのはこの時間だけなのだ」
ウインク。心臓がドキリと跳ねた。
それから、僕は毎日その時間に喫茶店を訪れるようになった。□□さんは日替わりで新作を試し、僕はそれを一番に味わう役目を果たした。
会話を重ねるうち、彼女が別の大学で経営学を学んでいることや、この店を「心の居場所」にしたいという想いを抱いていることを知った。
「○○君、君はいつも褒めてくれるけど……お世辞じゃないだろうね?」
「本当に美味しいんです。僕、嘘つくの下手ですから」
「ふふ、君は面白いな。そんなに素直で、大丈夫なのか?」
彼女は楽しげに笑った。
「あの……□□さんの話し方って、王子様みたいですよね」
「そうかい? まあ、小さい頃から演劇をやっていてね。王子役ばかりやっていたら、つい口調まで身についてしまったんだ」
頬を染める□□さんが、妙に可愛かった。
「素敵ですよ。□□さんらしくて、かっこいいです」
「そうか……変じゃないか?」
「全然」
ある日、□□さんは特別なケーキを用意していた。
「今日は○○君への感謝の気持ちを込めて、特製ケーキを用意したんだ」
「ありがとうございます!」
「君がいなければ、新作は完成しなかった。君は私の大切なパートナーだよ」
彼女がそっと僕の手を取る。
「○○君。私は君に……特別な感情を抱いているのだ。これが恋、というものなのだろうか?」
真剣なその目に、心が高鳴る。
「僕も……□□さんのことが、好きです」
「そうか! それは……嬉しいな」
□□さんは立ち上がり、僕の両手を取った。
「では、○○君。私の王子妃になってくれないか?」
「王子妃……?」
「ああ、すまない。つまり……恋人になってくれないか、ということだよ」
恥ずかしそうに笑う□□さん。
「喜んで」
僕の言葉が、ゆっくりと彼女に、店に染み込んでいった。
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