4階~5階
~5階への階段を上り中~
序盤こそナーシンに肩を貸しながら階段を上っていたが次第に腹の具合も治まり、ナーシンは自力で上れるようになっていた。こんな短時間であんな大量の料理が消化されるだなんてやっぱりナーシンは超人なのかもしれない。
しかしそんなことより僕の頭の中はある事でいっぱいだった。次の階層は5階。そう、5階なのだ。
それ即ち、最上階だということなのである。
そう、この試練の塔は相当凄いみたいな様な物言いをしといて5階しか無いのである。そしてなんだかんだで僕は本当にナーシンと最上階に来てしまったのだ。これは何を意味するかと言うとナーシンとのお別れが近いことを意味する。最上階に行けば毎日顔を合わせている天女達が待っているし僕は必ずバレる。そしたらこの関係も終わりだ。ナーシンの正義感溢れる性格からして自分を騙していたラスボスを許したりはしないだろう。そうなる前に僕はどうしても言っておきたいことがあった。
ナーシンにいつ告白するか、である。このナーシンが最上階に到達するまでに告白してくる可能性はかなり低い。もしかしたらそのままバイバイの可能性だってある。だったら自分から言うしかないと思ったのだ。それに告白をすれば好意があることも示せるしもしかしたら衝突も防げるかもしれない。
どうしよう……僕、告白されることは山のようにあれど自分から告白したことないし、そもそもナーシンって僕の事恋愛的な目で見てないみたいだし振られたら向こう100年くらい病みそう………でもここで諦めるのもなんか後悔しそうだし………
「………あの、ナーシン……ちょっといいかな……」
僕は階段を上るのを止める。
「どうしたんだ?」
ナーシンも足を止め、後ろを振り返り、僕を見つめる。
「いや、えっとー、なんて言うかさ……んーっと……」
うーん、と少し考えたがとりあえず僕は思いついたことを言ってみることにする。
「もしもの話なんだけどさ……もしもだよ?ここの最上階のラスボスがさ、君の格好良さに惚れてさ、ここに一生住んでいいよって言ったらどうする……?もしもこの先なんの苦労もせずとも毎日好きな時に起きて好きな物も食べられて好きに遊んで暮らせたらさ……ナーシンはどうする?ここに残る?」
ナーシンはその問いに不思議そうに首を傾げる。
「何故急にそんな質問を?」
「い、いいから!答えて欲しいんだ!お願いだから……!」
全然告白にもなってないし、突拍子もない質問だとは分かっている。けどどうしても答えを知りたくなった。
ナーシンは黙ってしまう。顎に手を当てて数秒考え、口を開く。
「……俺は……残らない。家族が心配だ。だから絶対に町に帰る」
「じゃ、じゃあその家族に多額の金銀財宝を与えられるとしたら!?一生食いっぱぐれないくらいの!それならみんな幸せに……!」
「それでもだ。俺は町に帰る」
ナーシンはキッパリと答える。
「なんで?なんでそこまでして帰るの!?楽してみんな幸せならそれでいいじゃないか!」
「そうだな……前にも言ったが俺は早くして母を亡くしている。毎日悲しみと寂しさからずっと泣いていた。弱くて泣き虫な俺を支えてくれたのは父や姉……それだけじゃない、町の人達や騎士団のみんなの支えあってこそ俺はここまで強くなれたんだ。みんなの努力あってこそ俺はここにいる。だからその恩を俺は簡単に他人の力で返すんじゃなくて自分の努力で返したい。次は俺の番なんだ。俺は俺の実力で家族だけじゃなくみんなの幸せを守る番だと思っている。だから今ここにいる」
ナーシンは真っ直ぐな眼差しで僕に答えた。
そんな……そんなんズルいじゃん……それ聞いたらもう……僕の身勝手な思いなんてこれ以上打ち明けられないじゃん……
僕は黙りこくってしまった。ナーシンの思いも尊重したいし、でも自分の思いも成就させたい。そんな板挟みの中で僕は視界が滲んでいくのを感じた。僕は咄嗟に俯き、ナーシンに顔を見せないようにする。
「イミリア、どうしたんだ?どこか痛むのか?それとも具合が悪いのか?」
すぐさま僕の異変に気づき屈んで僕の顔を心配そうに覗き込む。その様子を見て僕はなんだかやっぱり嬉しくなってしまい、「ああ、やっぱり好きなんだな」と自分の気持ちを再確認してしまう。
「やっぱり君は優しいね……大丈夫だよ、えへへ」
僕は微かに目に溜まった涙を拭うと笑ってみせた。
「本当か?なにか無理をしているようだが……」
「本当に大丈夫だよ。あとさ……もうひとつ聞いていい?」
「なんだ?」
「ナーシンはさ、もし好きな人の思いと自分の思いが食い違ったらどっちを優先する?好きな人を応援する?それとも自分の気持ちを押し通す?」
「それは………どういう……」
「これが最後の質問だからお願い、答えを聞かせて欲しい」
「俺は………その人が幸せになる方を選びたい。もしその人が道を踏み間違えるようなことなら止めるが……できることなら相手の気持ちを尊重したい」
「それが自分が悲しくなる結果だとしても……?」
「悲しくてもだ。その人が幸せになれるなら悲しくてもいつかその選択をして俺も「ああ、幸せだ」と思える日が必ず来ると思うんだ。それを信じることが、大切な人を思うということが『愛』なんじゃないかと俺は思う」
「……そっか………僕は今までそんなふうに思ったことないや……ナーシンはやっぱりすごいね…」
「そんなことない。今はなくてもイミリアもいつかそんなふうに思える日が来るかもしれない。貴方こそ俺から見てすごい人なんだ。そう思えるその日まで焦る必要なんてない」
僕はその言葉に再度俯き、しばし無言が続く。
程なくして僕は顔を上げる。
「………は、ははっ……そうだね!そうだよね!」
「笑ってくれた。貴方が笑ってくれると俺は安心出来る」
ナーシンはそう言うと僕のサラサラの金髪をサラリとかき分けて柔らかく笑い返してくれた。この笑みを見られるのが最後になるかと思うとなんだか名残惜しいものである。
「急に変な質問ばっかしてごめんね!なんだか元気でたよ!さあ、先に進もうか!」
「貴方がそう言うのならばそうしよう」
僕らはいつものように談笑しながら前へ進む。
『大切な人を信じて思うことが愛』
そう思える日がいつか来るだって?そんなの待つ必要なんてないよ。だって今もう既に君のことをそう思っているんだもの。