40
二日後。
連休を終えた南部は『神鎮隊富士山支部』に帰ってきていた。事務棟の一角。『猿飛部屋』の横に設けられた待機所で、「はぁ」とため息を吐く。
40インチのテレビでは、今日もまた芸能人の不祥事を世界の終わりとでも言うように大げさに取り上げていた。
「ちょっと。なんで連休明けなのに疲れたため息出してるのよ」
画面に映像こそ流れてはいるが、イネは見てはいないのだろうか。両手にグルメ雑誌を握り、次の休みはどこに行こうかと計画を立てているようだった。
楽しみに心を踊らせる横で深いため息を吐かれては、イネの気持ちも重くなる。
「それが……」
南部はこの二日間。祖母の家に帰省して起きた出来事をイネに話した。
浦賀に『申回士』としての戦いを見られていたこと。そして告白されたこと。
話を聞いたイネは、「へぇ。会って初日に告白ね。いくら、彼女が出来ないからって嘘は良くないわよ」、どうやら南部の作り話だと思ったようだ。
南部は信じさせようと、南部はキッズ携帯の電話帳を開く。十人しか登録できぬ電話帳の一つに、平仮名で「うらが あいる」と名前が登録されていた。
「本当にあったんだよ」
「ま、それも自作自演はできるけどね。まあ、信じた方が面白そうだから信じてあげるわ。さあ、恋愛経験豊富な相棒を頼りなさい」
バンと胸を張るイネではあるが、誰がどう考えてもイネが恋愛経験が豊富だとは思えない南部だった。「嘘をつくな」と視線を送るが、鉄鍋に注がれる油が如くイネは弾いた。
「で、あなたはどうするつもりなのかしら?」
「どうするもこうするも断るに決まってるだろ」
断ると言い切った南部に対して、不倫を起こして記者会見を開いた芸人よりも、イネは顔を青褪めさせる。
「なんでなのよ。あなたみたいな詰まらない男に、こんなチャンスは二度と来ないわよ。そうしたら、一生、恋人が出来ないかもしれないのよ?」
「いや、ちょっと待て。確かにこんなチャンスは人生で一度あるかないかだろうが、恋人はいつかは出来るかもしれないだろ」
「無理」
南部の反論はたったの二文字で遮られてしまった。沈黙を生み出したイネは、悪役令嬢のように笑った。
「ま、折角のチャンスなんだから、話を受けることね。私とあなたは相棒ではあるけど、一生を添い遂げる仲ではないんだからさ」
「そう……かな?」
イネの言葉に南部は首を傾げた。
「俺達は一心同体で、負けたら死ぬときは同じ。恋人よりも深い関係でもあるだろ」
「なっ!」
イネは南部の言葉に、開いていた雑誌で顔を隠した。
「あなたねぇ。なんで、恥ずかしげもなくそう言うこと言えるのよ! 恋人と相棒は別! そんなの当たり前じゃない」
「俺にとっては同じようなものだけどな」
南部の言葉にイネがなんと返そうかと悩んでいると、事務棟にサイレンが鳴り響いた。『神成』の出現を告げる合図。二人は会話を中断し、足早に『猿飛部屋』へ移動した。イネが力を送り込み、光を放出させると次の瞬間には二人は別の場所へ移動していた。
そこは廃倉庫のような場所だった。ただっぴろい空間にモノは一つも置かれていない。地面にはかつて使用していた素材の名残だろうか。砕けた木片が倉庫の四隅に散っていた。
密閉された空間に灯りはない。倉庫の中を照らすのは、剥がれた壁から這入る僅かな日光だけ。広い倉庫を照らすには不十分で昼間だというのに中は夜に近い暗さだった。
倉庫の入口に浮かぶ二人の影。一人は闇に溶けるような黒さを持った異形の存在。昆虫のような触覚が伸びる『神成』。
もう一人は昨日、南部に告白した少女――浦賀 愛瑠だった。
「あら、あの子……。どこかで……?」
「浦賀さん!?」
『神成』の腕は浦賀の首に伸び、片手で身体を持ち上げていた。襲われている彼女を助けるべく、南部は即座に『申』に変化する。
何か考えるように顎に手を当てていたイネが、一瞬遅れて『回士』の力を南部に送る。
昆虫の姿を持った『神成』は、まだ願いを叶えていないのか、色の着いてる箇所はない。イネは『申の目』でそのことを確認すると、「一気に決めるわ!」と、南部に送る力を大きくする。
身体に纏う光を強めた南部は、大きく拳を振り上げると、躊躇いなく『神成』の頬へ降り抜いた。右手に伝わる骨の感触。それが南部の脳へ伝達される前に、『神成』の姿は塵となって消えた。
「このレベルじゃ、もう私たちの相手じゃないわね」
自分たちの成長を実感しながら、南部の『申』状態を解除していく。光が暗い闇に飲まれるように失われていく。
すると、人間へ戻った南部に、「怖かった……。来てくれると信じてました!」、浦賀が勢いよく抱き着いた。
「あ、え、ちょっと!!? いきなり、なにするんだよ!」
抱き着く彼女をどうするべきかと南部は浦賀と同性であるイネに救いの視線を送る。
だが、イネは南部の視線に気付くことなく、ただ一点――浦賀の顔を見つめていた。
「ちょっと、イネさん!」
「なによ」
南部の叫びにようやくイネは反応を示した。南部は抱き着く浦賀の上で「どうすればいい?」と口だけを動かして伝達を試みる。『申の目』を持つイネならば、口の動きで言葉はある程度伝わるはずなのだが、
「知らないわよ」
イネは一蹴して自分の脳内へ思考を戻していった。一体、何をそんなに考えているのか。
南部がただ、両手を上げたまま時の流れが過ぎるのを待つ。
すると、抱き着いていた浦賀の手が南部から外れた。
「あの……」
浦賀は振り向きながら、自分の身体を抱くようにして腕を組んだ。
「今から南部さんにお礼したいので、ちょっと後ろ向いててもらいませんか?」
「お礼……?」
「はい。とてもじゃないけど人には見せられないので」
細く長い指を唇に当てて「ツー」と自分の胸元へと動かしていく。そして、ゆっくりとイネへ近付き肩と肩が触れ合う距離で止まった。
「あら、そうなの。でも、残念ね。私はそういうの見るの大好きだから、私のお礼として是非、見させて欲しいわね」
「でも……」
「それとも、私がもっと気持ちの良いことしてあげましょうか?」
イネは浦賀の腰に手を回すとそっと指を動かす。まるで、浦賀の腰が鍵盤とでもいうように滑らかに遊ぶ。その演奏は浦賀の感情をくすぐるのか、「んっ、あっ」と甘い声を漏らした。
「ちょっと、辞めてください!」
浦賀はイネから離れると、今一度、南部に抱き着いた。半身の全てを南部と一つにするように身体を密着させ、「仕方がないよね。見られてもいい?」と規則通りのスカートの丈に手を伸ばす。動かす浦賀の手が南部の下半身に触れる。
「出来れば俺も辞めて欲しいんだけど!」
動揺して浦賀を引き離した南部。その時、彼女の腕が大きく動いた。手には一振りのナイフが握られていることに、南部は気付いていなかった。
南部の首元目掛けて振るわれたナイフ。だが、それは南部を包む白い光に妨害されて皮膚を切り裂くことはなかった。
「なっ!!?」
「やっぱり、見といて正解だったわね。それとも、自分の立場がバレてないとでも思った? 浦賀 愛瑠ちゃん?」
『申』になった南部の皮膚によって弾かれたナイフは、浦賀の手から落ちた。転がるナイフをイネが拾い上げる。相手はただの女子高生。
武器がなければ脅威でもない。
イネはそう判断し、南部の状態を解いた。
「全く。色仕掛けで殺されそうになるなんてね……。というか、あなた、自分の父親が手を出した相手の顔を知らないの?」
「へ?」
拾い上げたナイフの先端を南部に向ける。刃は南部の思考よりも鋭かった。
父親の愛人。
イネの言葉を南部は間抜けな表情で聞き返した。
「「へ?」じゃないわよ。だから、あの子があんたの父親が遊んでた女の子じゃない」
イネの言葉に南部は改めて浦賀に視線を戻す。そこにはもう、祖母の家で出会った時の顔はなかった。砂上の城が如く浦賀の「優等生の仮面」が崩れ本性が露になる。
「黙れ! 私は遊ばれてなんかいない! 優さまは私を愛してくれているんだ!」
唾を飛ばし目を見開く浦賀に対してイネの表情は変わらない。
「へぇ。南部 優が逮捕されても庇うってことは、あなたが嫉妬で通報したんじゃないんだ」
「当たり前じゃないの! 私の親が勝手に通報したんだ。自分達よりも年上の教師が手を出すのが気持ち悪いって! 自分たちは暴力を振るってたくせに……私の気持ちを理解しようともせずに!」
仮面に塞き止められていた浦賀の感情が、崩壊と共に一気に流れ出す。
「糞みたいな親と一緒に暮らすしかなかった。いつも親の暴力に怯えていた私は、周りに助けを求めることもできなかった。けど、でも、優さまだけは私を見ていた。一緒にいてくれたんだ!」
親の暴力、支配に怯えていた浦賀は助けを求める意思もなかったことだろう。自分では動かずに、誰かが何かを変えてくれることをひたすら待ち続けた。
そこに助けを差し出したのが南部 優。彼女の願いに付け入り、自分を神のように信じさせた。
「そして、それは『神成』になった今も変わらない!」
愛する教師が捕まり、色彩が欠いた日常を取り戻した浦賀にとって、『神成』となって脱獄して現れた南部 優は本物の神に見えたことだろう。
「違う……。アイツは神なんかじゃない。ただ、自分の所有物が人になるのが嫌なんだ」
ただ、自分の支配から逃げるのが気に入らない……。父の作った規則から抜け出した南部にはソレが良く分かった。
束縛から抜け出した南部と囚われた浦賀。
もしかしたら、自分も浦賀のようになっていたのかも知れないと思うと、南部は責めることは出来なかった。
「取り敢えず、一度、一緒に帰ろう。どんな理由があれ、君はまだ人間なんだろ?」
「うるさい、黙れ!!」
南部の説得を掻き消す甲高い叫び。彼女の声が合図となり、地面から無数の『神成』が姿を見せた。十数体の『神成』。幼い時から現場に出向いていたイネですら、それだけの数を目にした事はなかった。




