決着
「誰が貴様を見逃すものか!」
「戯れ言をほざいてくれますわねっ」
「わっ」
今度喚いたのは、本当に俺だ。
いや、あの二人が何をしやがったのか知らんが、ミカエルは手を上げて赤い光の雨を降らし、そしてアデリーヌは火炎の束をこっちへ飛ばしやがった。
二人の攻撃のお陰で、空が隠れるほどの有様だぞ。
「ユメ、逃げろっ」
俺は思わずユメに飛びつこうとしたが……途中で、つんのめるように足を止めた。
……ありゃりゃ?
これは……どういうことだ? 距離があるったって、せいぜいが十メートルちょいくらいだぜ。なのに……連中の攻撃、ぜんっぜんっ見当外れの方へ飛んでいく。
アデリーヌの炎の束は、あからさまに曲がって罪もないサンシャインのビルに激突したし――ミカエルが降らせた剣呑そうな赤い光なんて、まるでユメと俺達を避けるようにして周囲に落ちたぞ。
お陰で俺達の周囲はひどいことになって、ジュワジュワとやかましい音をさせて、路上が溶けたけどなっ。ひでーな、この攻撃っ。
「な、なぜ」
「これは一体――」
「馬鹿ね、おまえ達。わからないの? 大いなる意思はユメ達の死を決して望まない……だから、おまえ達が何をしようと、最初から結果は見えているし、攻撃すら当たらないのよ」
「はぁあああ?」
悪いと思ったが、俺はつい呻いたね。
なにその、敵の至近でドヤ顔でメシ食ってた、上杉謙信の故事みたいなセリフわー、
脱力しそうになったよ、俺! いや、んなわけないしっ。
どうせおまえが何とかしたんだろ、ユメ。
「そんなはずはないっ」
ミカエルは即座に言い返したが、ユメはもう相手にしなかった。
そのまま真っ黒い剣をひっさげ、俺を一瞬、振り返る。
この時のユメは何も言わなかったが、俺はこの子が何を尋ねたいのか、痛いほど理解できた。
多分ユメは……あのブレイブハート二人を倒す許可を欲しかったんだ。
敵は目前だし、判断を下すまではほんの数秒ほどだったが、正直、俺はこの数秒間ほど真剣に悩んだことはなかったと思う。
いいのか……この場でそんな決断下していいのか、俺。
しかし逆に考えれば、今までのおれのためらいのせいで、多くの犠牲が出たとも言えるんじゃないか。
あのブレイブハート共が正義の味方なんて寝言は、今の俺は完璧に信じてない。むしろ、奴らは下手な悪党より遥かに抑制の効かないワルだと思う。
……いや、自分に正直になろう。
俺が一番気にしてるのは、もっと他のことだ。
ただ単に俺は、ユメが傷つくのが嫌なんだよっ。さっき血まみれで倒れているのを見た時は、本当にぞっとしたからな。
下手に手加減なんかして、またああなったらどうする!?
そこに思い至った途端、俺はもう迷わなくなった。
無理して笑みを浮かべ、ユメに大きく頷く。
「おまえの好きにやれ、ユメっ。俺は何があったって、おまえの味方だしな」
大胆に言った後の、ユメの喜ぶこと喜ぶこと!
もう本当にその辺の中坊の女の子みたいにぱあっと顔が輝き、満面の笑みになったね。
「ありがとう、パパ! 本当にすぐだから、待っててね」
「と、とにかく急げ、ユメ。前を見ろ、前っ」
いち早くスタートを切ったミカエルとアデリーヌを見た途端、俺は慌てて叫ぶ。しかし、無用の危惧だった。
猛然とダッシュを切ったユメは、俺が想像するより遥かに速かったし、強かった。
まず襲いかかったアデリーヌの剣撃をあっさり左手の剣で弾き返したと思うと、次の瞬間、右手の魔剣が霞んだ。
「あぐっ」
妙な声を上げて棒立ちのアデリーヌをそのままに、すかさずユメは次のミカエルに猛然と立ち向かう。
「な、なぜ急にそんなスピードがっ」
なぜかうろたえた声を出したミカエルだが、ユメの返事は端的だった。
「今度こそ、おまえが倒れる番よっ」
二筋に霞む剣撃を繰り出し、猛スピードで走り抜けたユメが、ようやく足を止める。
途端に、まず最初のアデリーヌの上半身から血が迸り、そのまま倒れ――そして、ミカエルも同じく身体が分断されてその場に崩れ落ちた。
……め、めちゃくちゃ強いやん、ユメ。
い、今までの苦戦はなんだったんだ、えっ。
呆れる俺の横で、同じく呆然と見ていたサクラが呟いた。
「もしかして……ダークスフィアを必要としていたのはあの子じゃなく、最初からレージだったということ?」
「……は?」
なんだよ、どういう意味だ、それ。




