Darkness is coming!
そこには……ファンタジー映画に出て来そうなシックなゴシック衣装を纏ったユメが、支えもなしに空中に静止していた。
しかも、長い白銀の髪をうねうねとなびかせ、全身に白金のオーラを纏わり付かせて。
サクラは無視して俺に優しく微笑んだ後、ユメはすっと男共の方を見やる。
上唇を可愛い舌がなぞり、心底楽しそうに言った。
「今の状態で、もはやおまえ達などユメの敵じゃないわ――ほら?」
空中に浮かんだまま、片手で天を指し示すような素振りを見せる。
途端に、晴天だった空が陰り、真っ黒な霧のようなものが生まれた。
俺達の直上、ユメが指し示した天の一角に黒い染みが広がり、それがたちまち全天へ――そう、本当に視界が及ぶ限りの空を暗黒に染め上げていく。
一応、まだ周囲は見えるが、それこそ真っ黒な霧の中で、向こうを見通すような暗さだ。
新たに登場した五人のハンターも、見るからに動揺してびびりまくってる感じだ。まあ、俺も思いっきりびびってるけどな!
しかも、なんか暗黒の中心――ちょうど、ユメの遥か上の黒い霧が巨大な渦を巻き、その中心に異様に真っ赤な空が見えた。
周囲には不気味な風の音まで響き始め、新宿の街に突然、暴風が吹き始めた。
ていうか、渦の中心、遥か先の赤い世界から来る、あの無数の黒点、アレはなんだ?
ひどく不気味で嫌な予感がするが。
で、肝心のユメは、未だに宙に浮いたまま、まるで会場を埋めた聴衆に挨拶する指揮者みたいなノリで、優雅に両手を広げた。
心持ち顎を上げ、ハンター共を見下ろすようにして叫ぶ。
「うふふふ……ダークネス・イズ・カミング!」
せ、生後一ヶ月のくせに、なんでそこで英語かな、英語かなっ。
こんな時になんだが、俺はがくっと膝を折りそうになった。
あ、こいつさては、俺が散々「深夜テレビは禁止!!」と申し渡しのに、また人が寝てる間にこそっとホラー映画見たな。
前にどっかのホラーで、そんなセリフ聞いた覚えあるし!
「こ、こけおどしなど、通じると思うな、邪神めっ」
ハンターの一人が、勇を奮って突進してきた。
既に剣を抜いていて、釣られたのか他の四名も全員が走り出す。
しかし、ユメは待ってましたとばかりに、左手を突き出し、冷たく言った。
「パパを追い回すような奴らは、しんじゃえっ」
その小さな手が光った瞬間、俺は知らず知らずのうちに叫んでいた。
「ユメ、いけないっ」
俺の声を聞いたせいか、ユメの手がびくっと寸前で動く。
次の瞬間、周囲のビル群を染め上げるほどの青白い光が迸って一直線に走り、男達の頭上ギリギリを掠めた。
直撃はしなかったが、ノーダメージとはいかなかったらしい。五名のハンターは五名揃って路上に倒れ、身動きもしなくなっている。
そして、彼らを掠めた青白い閃光は、遥か先に見える都道の反対側に立つビルにまで到達し、大爆発を起こしていた。
おいおい……。
「し、しんでないわよ、パパ。ギリギリで生きてるもんっ」
ユメが慌てて言い訳を垂れ流す。
「いや、それより、とりあえず下りて――て、わあっ」
ユメの真下まで来て、俺は思わず声を出した。
この子……ドレスのフリルスカートが短めなのはまあいいとして……ちゃんとパンストまで穿いてるくせに、肝心の下着を穿いてない。
「そういや、下着はもうないんだっけ」
うわ、大人っぽく見えるドレスのせいで、鼻血出そう。
「うん、はいてないのっ」
なぜか嬉しそうに言うと、ユメは白銀の髪をふんわりと舞わせつつ降下し、俺の首っ玉にかじりついた。
「でも、お買い物につれてきてくれて、ありがとう……お陰で、こんなにきれいなお洋服を手に入れちゃった」
猫が喉を鳴らすみたいに、もう遠慮なしにすりすりと頬と頬をこすりつける。相変わらず半ばは浮いているので、全然負担じゃないけど……いや、むしろ嬉しいけど。
「それよりユメ、早く逃げないとっ」
「――ねえ、空を見てっ」
それまで黙っていたサクラが、急に叫んだ。
はっとして俺が天を仰ぐと――なんと、暗黒の渦の中心から、次々と黒点が下りてくるじゃないか!
しかも、まだまだ高度があるので詳細は見えないが……どう見てもありゃ、とんでもない姿の怪物っぽいぞ。怨念じみた吠え声も聞こえるしっ。
こりゃまずいっ、マジで暗黒の勢力が来る。ダークネス・イズ・カミングってのは、冗談でもなんでもなかった。
「ユメ、閉じろっ。あの渦を閉じて、元の青空に戻すんだ」
「えぇー、せっかく道を開いたのにぃ?」
いやおまえ、この期に及んで可愛く唇を尖らすのよせっ。
「苦労は認めるが、今は駄目だっ。今のところは何とかなったんだし、軍勢を呼ぶのはよせって。いや、あれが軍勢かどうかはわからんけど」
「なんでっ」
サクラが割って入り、俺を睨んだ。
「今は必要かもしれないわよ!?」