ほめてほめてほめて~
「ユメに必要だと思えば、俺がそう判断するさっ。だが、今は駄目だっ。この世界にいるのはハンターやユメの敵だけじゃないぞっ。いま降りてくるあいつらが、他の一般人に遠慮する保証があるか!!」
サクラにはそう怒鳴り返し、俺は念のためにユメにも訊いた。
「あのとんでもない数の黒点、あれって全部が軍勢か?」
「うん、ぜんぶユメのぐんぜーだよ……でも、パパがそう言うなら、ユメは追い返すね」
小首を傾げたユメは、俺の首にかじりついたまま、気安く右手を振る。
途端に、全天を覆うほどだった暗黒の渦はたちまち縮小し、もうすぐこっちに来そうだった無数の黒点も消えた。
瞠目するスピードで青空が蘇り、俺は心底、ほっとする。
や、ヤバかった……今のはホント、ヤバかった。
「ほら、閉じたわ。ねえ、ユメはいい子? いい子でしょ?」
ほめてほめてほめて~、と言わんばかりの顔で、ユメは俺の顔にぺとぺと触ってくる。
「あ、ああ。もちろんいい子だぞ」
「えへへっ」
嬉しそうに笑うユメを見て、俺がしみじみと胸を撫で下ろしていると、今度は別のやっかいごとが現れた。
「そこにいたかっ」
「うあっ」
ぎくっとして見やると、倒れた五人に代わり、さっき捲いたはずの長身のガキがまた現れたのだ。ユメと同じ青い瞳を俺達に向け、怒り心頭に発した顔つきでこっちへダッシュしてきやがる。
「くっ、ザグレムがまた!」
サクラが身構えて前へ出ようとし、俺はまたしてもなんか適当な武器がないかときょろきょろする。
しかし、あいにくこの路地には通行人すら全然いない。
まるっきり、俺達とあいつだけだ。
「ユメにまかせてっ」
「あ、こら!」
俺の胸元から飛び立ったユメの腕を掴もうとしたが、一瞬の差で間に合わなかった。
慌てて俺も追いかけたが、ユメはたちまち駆けてくるガキの前に立ちはだかり、また腕を伸ばした。
「――おまえは」
さすがに立ち止まったあいつは、ユメの顔を穴があくほどじっくり観察している。
そんな奴に、ユメは余裕の声音で告げた。
「かつて、数十万のぐんぜいと百名のブレイブハートをもってしても、ユメを完全に封印することはできなかったわ。なのに、いまさらおまえ達がジタバタしてどうにかなると思うの、ザグレム?」
「な、なにっ。ではおまえが!?」
「さぁ? おまえの勘違いかもしれないわよ」
「今更、なにを言うっ」
どうやらユメの正体に気付いたようで、スカしたガキはあからさまに動揺を見せた。しかし、もちろんそれで退くわけではなく、ごつい剣を頭上に振り上げて、駆け出しやがった。
「おのれ、いつの間にそんな姿にっ」
「おそいわねーっ」
今度もまた、ユメがなにかぶちかましたらしい。
というのも、俺が斜め後ろから見たところ、明らかに大気が歪んだかと思うと、轟音と共に衝撃波みたいなのが走り、路上のアスファルトを思いっきり削りながら、あいつに突進していったからだ。
「ま、マジックシールド――くっ」
あいつも寸前で、なにやら半透明の防壁みたいなを展開したが、次の瞬間、ユメの発した無形の衝撃波がそのシールドにぶち当たり、あっさりガキごとふっ飛ばしてしまった。
台風の日に飛ばされたティッシュみたいに長身がきりきり舞いして、大通りの方へぶっ飛んでしまう。
また運悪くそこに車が走ってきて、ザグレムがシャレにならない勢いで、ドアの部分に背中から激突した。
ドガッというでっかい音がして、奴はさっき自分が殴った警官みたいに、バウンドして路上に俯せに倒れた。
ただ……激突した威力は、どう見ても警官の比じゃないけどな。
第一、急停止した車の助手席側、べっこりへこんでるし。
「し、死んだな、あいつ」
俺は震え声で呟いたが、サクラが首を振った。
「あれくらいじゃ、ブレイブハートは死なないわ。今のうちにトドメを刺してくる」
「やめろ、馬鹿っ」
俺はサクラを手で押し止め、ようやく並んだユメの腕も掴んだ。
「時間ができたんなら、幸いだ。今のうちに逃げるぞっ」
「だから、どうして逃げるのよっ」
サクラがまたしてもやかましく喚く。
「奴らに話し合いなんか通じないわよ。放置すれば、何度だって現れるし、プリンセスを殺そうとするわ。もちろん、あなただって!」
そうかもしれない……と俺も思う。
しかし、それでもここで戦うのはまずい、まずすぎる。
ザグレムが生きてるとは思えないけど、仮にトドメを刺そうとぐずぐずしてたら、今度は別のハンターがじゃんじゃん現れるかもしれないじゃないか。
そう考えた俺は、「パパにえらそうに言うなー」とサクラの頭をぺしぺし叩くユメを引っ張り、きっぱりと言った。
「いいから逃げるぞ! 今すぐっ」
即座に、有無を言わさずユメを引きずり、走り始めた。




