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 コンビニでいつものように弁当を買う。迷ったけれど千桜の分も買ってみる。

 帰ったらいなくなっていればいい……朝はそう思ったくせに、彼女は今、自分のことを待っているんじゃないかなんて、おかしな想像をしたりしている。

 昨日の夜、強引に抱きしめた小さな身体は、あたたかくて、少しだけ震えていた。


 公園を突っ切りアパートを見上げる。しかし二階の窓に明かりはない。

 幸也は立ち止まってコンビニの袋をぎゅっと握りしめると、小さく白い息を吐いた。


 待つ人のいない部屋に帰るのは慣れている。

 幸也の母親は、幸也が一歳を過ぎた頃、一人で家を出て行った。まだ幼い幸也と、二十歳はたちそこそこの若い父親と、父親が保証人になっていた借金だけを残して。

 彼女は最初から、子供を育てるつもりなどなかったのだ。だけど堕ろす金もなく、仕方なく父親の部屋で幸也を産んだという。

 それからはいろいろな家を転々としていた。歓迎もされない親戚の家に預けられたり、父親の友達のタバコ臭い部屋や、見知らぬ女の部屋で暮らしてみたり。

 だけど幸也はそんな生活に不満はなかった。母親がいないのも、家が貧しいのも、それが当たり前で、なにより父親は必ず、仕事が終われば幸也の元へ帰って来てくれたから。

 しかしあれは、幸也が小学校へ上がった年。幸也の父親は、してはいけないことをしてしまった。

 その頃父親は、あの丘の上の住宅街で道路工事の仕事をしていた。

 そしてある日、何を思ったのか、一軒の金持ちそうな家へ侵入した。毎日眺めていた家が、その時間誰もいなくなることを知っていたのだ。

 少しの金を頂戴して、さっさと逃げるつもりだったのかもしれない。しかしその家は留守ではなかった。その家に住む小さな娘が部屋にいたのだ。

 バカな父親は何も捕らないまま、戻ってきた家人に見つかり、そのまま警察へ連れて行かれた。

 その冬最後の雪が降った、寒い夜のことだった。


 幸也はポケットから鍵を取り出し、それを差し込もうとして手を止めた。

 ――帰りたかったら勝手に帰って。鍵かけなくていいから。

 今朝そう言った、自分の言葉を思い出したのだ。

 ドアノブに手をかけると、思った通りドアは開いた。いつものように靴を脱ぎ、ひんやりとした部屋の中へ上がる。つり下がった蛍光灯のひもをひっぱり灯りをつけると、幸也は驚いて身を引いた。

「ち……千桜?」

 畳の上に女の子が倒れている。千桜だ。

「千桜? おい、どうした?」

 恐る恐る声をかけながら、しゃがみこむ。そっと手を伸ばして、その背中に触れる。けれど千桜の小さな体は、ピクリとも動かない。

「千桜っ。おい、千桜っ!」

 今度は力を込めて、その背中をゆすった。するとかすかな声とともに、ゆっくりと千桜の体が動いた。

「ん……おかえりぃ……幸也くん」

「な、なんだ、寝てただけか。脅かすなよ、バカ」

 大きくため息を吐いた途端、体中の力が抜けて、幸也はしりもちをつくようにその場に座りこんだ。

「死んでんのかと、思っちゃったじゃん?」

 千桜が静かに微笑んで、畳の上に体を起こす。

「死なないよ? あたしは」

「ん。そうだよな」

 当たり前だ。人間はそう簡単には死なない。

 何日間か飯を食わなくても、公園で眠っても、風邪薬を飲まなくても……自分はここまで生きてこれたんだから。


「飯買ってきたんだけど……食う?」

「うん。食べる」

 素直にうなずいて、笑顔を見せる千桜。幸也はそんな千桜にコンビニで買ってきた弁当を差し出す。

 ヘンだな。自分は何をしているんだろう。

 昨日出会ったばかりの、名前しか知らない女。何をされてもへらへらしていて、怒りもしないし泣きもしない。このままこいつは、この部屋に住みつくつもりなんだろうか。

 コンビニの袋から缶ビールを取り出し、それを開ける。目の前で弁当を食べている千桜を眺め、いくつなのかと歳を聞いてみる。

「あたし二十一だよ」

「マジか? おれと同じじゃん」

 もっと年下かと思ってた。

「家、帰らなくていいのかよ」

 千桜は箸でおかずをつまみながら、うつむきがちに微笑む。

「いいの。あたしを待ってる人なんて、誰もいないから」

 千桜がおかずを口に入れる。ゆっくりと噛み砕くその口元を、幸也はぼんやりと見つめる。


 部屋の中は静かだった。窓の外はまた雪でも降っているのだろうか。

 降っていればいいのに。たくさん降って、この町が真っ白な雪に埋もれてしまえばいいのに。

 幸也はそんなことを考えながら、生ぬるくなったビールを一気に飲み干した。

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