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第17話 「夜に残る、音の欠片」

今回はエリー視点で進みます。


静かな夜に残った“音の後味”と、

ふとした瞬間に揺れる記憶。

それをひとつずつ拾っていくような回です。


少し過去にも触れていますが、

まだ輪郭だけ。

焦らず、ゆっくり読んでいただければ嬉しいです。


(すい)は、ソファーに深く沈んだまま、静かに眠っていた。

長い睫毛が、微かに震える。


エリーは立ち上がり、そっとブランケットをかける。

その仕草は、ほとんど無意識だった。


眠る顔を、もう一度だけ見つめる。


——触れてはいけない、そう思いながら。


それでも、指先がかすかに動いた。

翠の睫毛に、そっと触れる。

触れた瞬間、息が静かに揺れた。


エリーは息を止め、額に静かなキスを落とす。

そこには、欲望よりも、澄んだ願いだけがあった。


テーブルの上にメモを置く。

携帯番号を書き、少し迷ってからメールアドレスも添える。


「また近いうちに。  

 Bis  

 Élie」


短くそう残して、エリーは部屋を出た。

夜の東京を、一人で歩く。

冷たい空気が頬を撫でた。

ギターケースに目が落ちる。

いつもなら、揺れているはずのシュガーのマスコットは、外れたまま。

修理にも行かず、今日はそれすら気にならなかった。


(……あいつ、なのか)


何度も来た街なのに、どこを歩いても、翠の音が頭の奥で響いている。

自分でも、少し笑ってしまう。


(……俺、何やってんだ)


その瞬間、遠い記憶の影が揺れた。


十歳の頃——。

そのあたりの記憶は、今でもほとんど霧の中だ。

ただ、あの夜の“気配”だけは、身体が忘れていない。


舞台の光。

ざわめく客席。

衣装が擦れる気配。

花の香り。


誰かが、自分の名を呼んだ気がした。

声の主も、言葉も、今はもう届かない。


車に乗った——

そこまではぼんやりと輪郭がある。

その先は、暗転した。


思い出そうとした瞬間、胸の奥から吐き気が込み上がる。

足が止まる。

呼吸が乱れ、指先が震えた。

その反応だけが、“何かがあった”ことを示していた。


……その時だった。


ポケットのスマートフォンが震える。

見慣れない番号。

開く。


「ぼくだ。 

 今日はありがとう。 

 エリーはいつまで日本? 

 あさって、ライブ配信やるんだけど、一緒にどう? 

 夕食も作っておく。よかったら。 Ciao」


翠だった。


一瞬で——

胸の奥の苦しさが、すっと緩んだ。

呼吸が戻る。


エリーは、ほとんど反射で返信する。


「もちろん、いくよ。ワインを持っていく」


送信。


すぐに、画面が光る。


マジネコのシュガーちゃん。

「夢はかなうよ」のポーズ。


何度も、それを見返してしまう。


夜の東京。

人工の光が、都会の空気を染めていく。


今日の心に残った“音の欠片”。

それを、一つずつ拾うように歩きながら——


久しぶりに。

生きている感覚が、そっと戻ってきた。


——つづく


お読みいただきありがとうございました。


エリーにとって、

この夜はただの帰り道ではなく、

“新しく始まったもの”と“思い出したくないもの”が

入り混じる時間になりました。


翠からの一通のメッセージが、

彼の呼吸を救う瞬間もあります。


静かですが、

二人の距離が確実に変わりはじめている回でした。


次話もよろしくお願いいたします。

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