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第15話 「空へ放たれる、衝動」

配信という、いつもの場所。

けれど今日は、少しだけ違う音が鳴ります。


静かだったはずの旋律に、

まだ名前のつかない感情が混ざる夜。


その変化を、どうかそっと見守っていただけたら嬉しいです。


配信開始から、三分。

画面の向こうで、わずかに、空気が変わった。

いつもの、静謐で、息をひそめるような旋律ではない。

鍵盤に触れた瞬間から、音が、跳ね上がった。


旋律が、遠くへ伸びた。

(すい)自身が、一番驚いていた。


(……こんな音、)


指が迷わなかった。

一瞬だけ、距離のない空気がよぎる。

柔らかな髪が、鼻筋をかすめた気がした。

考えるより先に、身体が反応する。


胸の奥にある、小さく、確かに脈打つもの。


——会いたい。


その気持ちが、音に色を与えている。


コメントが、流れ始める。


「なにこれ……!」


「今日、全然ちがう」


「なんか明るい……」


「空が見える」


フォロワーたちの言葉が、画面を埋めていく。

でも、翠はもう、それをほとんど読んでいなかった。

自分が、誰かを思っている。

それだけで、心臓がこんなふうに鳴るなんて。


(……こんなこと、起こるんだ)


そのドキドキが、今まで閉じていた扉を、

ひとつ、またひとつと開いていく。


——彼は、きっと聴いている。


理由はない。

でも、確信に近い。

今頃、どこかで。

ギターを片手に、この音に合わせて、きっと、弾いている。


その姿が、なんとなく浮かぶ。

翠は、音を、静かに絞っていった。


弦に触れるあの指を思い浮かべる。

音ではなく、

その呼吸の近さが、胸を熱くする。


情熱を、最小限の光に凝縮する。

ピアノだけ。

余計な装飾は、いらない。


そして、歌う。

今日は、日本語で。

声は、柔らかく。

でも芯を持って。


どんなに深い闇の中でも

見上げれば 

月はそこにある


光は 

決して消えない

震えているときでさえ

そこに残っている


手を伸ばしても

空には届かない

息をすることすら

苦しい夜がある


それでも

僕は君の隣を歩く


風になって 

君を連れていく

光が生まれる 

その場所へ


最後の和音が、ゆっくりと消えていく。


一拍。


そして、翠は、少しだけ息を吸い、

まるで、歌詞の続きのように、そっと、付け加えた。


「……会いたい」


音の終わりに、

息だけが残った。


誰に向けたものか、

画面は知らない。


配信は、静かに終わった。

でも、空気は、まだ震えていた。


——つづく




お読みくださってありがとうございます。


森虹は、大きな出来事よりも、

心の中で起きる小さな揺れを描いています。


今回、翠の音は少しだけ前へ進みました。

その理由は、きっともう、読者の皆さまには伝わっていると思います。


次話では、その余韻が静かに波紋を広げます。


引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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