回顧-グレアム2
その日は曇りの日だった。いつものように遅刻ギリギリで登校し、ボーッとしながら午前中の授業を受けていた。
「グレアム様、クリフ様は最近どうですか?」
昼休みになるとユージェニーが肩まである金髪を揺らしながらいつものように質問をしに来た。
それにグレアムはいつものように同じことを言った。
「兄さんはずっと君の話をしているよ。馬車の中でも聞かされてうんざりしているんだから」
そう言うと、ユージェニーは満足そうに笑みを浮かべ去っていった。
彼女が玉の輿を狙っていることはグレアムにお見通しだった。ただ、あの性格の悪い女が王妃になられても困ると思った。
グレアムは、ユージェニーの本性を見抜いていた。流石と言うべきか、伊達に女を侍らせているだけでない彼はユージェニーの醜い欲求と性格をひと目で見抜いた。
だから、正直に言ってアナスターシアがユージェニーをいじめ始めた時は胸がすく思いだった。
しかしアナスターシアは目先のことしか見えておらず、彼女が陰湿な反撃に出るとは思ってもいなかった。
グレアムは一瞬アナスターシアのことを心配したが、毅然とした態度で反論する彼女を見て杞憂だと、無駄なことをしたと思ってしまっていた。
しかしその結果が中退とはどういうことだろうか。やはりあの時助け舟を出すべきだったのか――そうたらればをいくつ並べたとしても彼女は学園を去ってしまったのだ。
グレアムはふと気づいた。最近はアナスターシアについて考える時間ばかりで、寄ってくる女性をなおざりにしていたことを。
久々に構ってやろうと、食堂へ向かった。
グレアムが一人でいると、必ずと言っていいほど近くに女が寄ってくる。グレアムもそれを自覚していた。
グレアムが空いた席につくと、早速一人の女が隣に座ってきた。
「グレアム様、ご機嫌いかがですか?」
じっとりとした、獲物を狙うような眼差しにグレアムは久々に心が踊った。
「ああ、元気だよ。君は?」
「グレアム様に会えましたから、とても幸せな気分ですわ」
気に入られようと顔色を伺う彼女と、暫く会話をしていると待ってましたと言わんばかりに特大のネタを話し始めた。
「グレアム様、ご存じですか?バルフォア公爵令嬢が狂ってしまったという話……」
グレアムは動きを止めた。
「……詳しく聞かせて貰える?」
グレアムの興味を引くことが出来たことがさぞ嬉しかったのか、その女は頬を染めて話を続けた。
「学園を辞める少し前に、突然自傷したり発狂していたりしたそうですよ。親戚が公爵邸で働いていますので、そう聞きました」
グレアムは妙に納得した気分になった。やっぱり彼女でも耐えられなかったんだな、あのとき助けてやればよかったかなと思った。しかし次にはそんな考えなんて全て消え去ることになる。
「それに――」
女は勿体ぶるように間を空けて言った。言ってしまった。
「彼女、領地へ行く時に一人だけ男の使用人を連れて行ったそうですよ」
「………………へえ」
なんでもないように振る舞うので精一杯だった。
「どうも、その使用人に恋をしたから気が狂ったフリをしたんじゃないかって――」
こっちが狂いそうだと、グレアムは思った。
「それで……グレアム様も、どうですか?気が狂ったフリをしてみませんか?」
女の声は辛うじてグレアムの耳に届いた。グレアムは呆然としながら、なるべく角を立てないように断った。
「また今度でいいかな?今日はちょっと予定があって……」
そしてそのまま席を立ち、女の方を振り向くことなくトレーを返却口に置いて食堂を出た。
グレアムは小走りで馬車乗り場まで向かっていた。
アナスターシアはそいつと結ばれるために俺との婚約を断ったのか?俺があの時助けていればそいつに誑かされることなんてなかったんじゃないか、どうして俺を捨てたんだ。
そんなことばかりが頭に浮かんできて、グレアムは頭を振った。
そもそも、あんな高飛車女こっちからお断りだ。
自分の能力がどれほど足りてないのか自覚していないのが気に入らないんだ。
俺は弁えているのに――あいつだけ、あいつだけ何も気にしないように振舞っているのが嫌いだったんだ。どうして俺はこんなに劣等感を持っているんだ、お前だって俺と同じはずだろ。
どうして一緒に堕ちてくれないんだ。
グレアムの足が止まった。
そして、自覚した。
「俺は……君に憧れていたんだな」
似た者同士であるはずなのに、彼女だけ落ちぶれていないことが、羨ましかった。
グレアムは馬車乗り場に停まっていた一台の馬車に乗り込み、戸惑う御者に持っていた金をわたして公爵領まで向かわせた。
王都から公爵領までいくら急いでも2日はかかるが、グレアムはそれでも構わなかった。一刻も早く彼女に会わなければならないからだ。
会ったら、目を醒まさせてやろう――その恋はまやかしだと。
君は辛い時に寄り添ってもらった時の安心感を恋と勘違いしているだけだと。