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2人の距離

 それから10年の時が経った。



 グレアムは王から爵位と国領のひとつを下賜され、アナスターシアとグレアムは二人の子宝ーーイヴァンとローザを授かっていた。



 最初こそグレアムを拒絶していたアナスターシアだったが、心を完全に開いてはいないものの冗談を言い合うくらいにはグレアムと仲が良くなった。



 当然だが、二人の子供は美しかった。遺伝というのは恐ろしいもので、二人とも完璧な二人の美貌を継いでいた。

 しかし遺伝は当てにならないようで、二人の子供は群を抜いて優秀だった。

 

 グレアムは何でもかんでもそつなくこなす我が子に驚いた。


 アナスターシアもグレアムも平凡であったからだ。しかし二人はアナスターシアとグレアムによく似ていた。最初こそ首を傾げていたグレアムだったが、最後には遺伝しなくて良かったと安堵するのであった。




 昼下がり、アナスターシアが自室で茶菓子と共にお茶を嗜んでいると、突然グレアムが部屋を訪ねてきた。

 

「やあアナスターシア、今日はご機嫌だね」


「あなたがいなかったからよ」


「よく言うよ」



 アナスターシアは先触れ戻さず部屋に入ってきたグレアムを邪険にすることは無かった。こうして今もお茶を煎れてもてなしている。



 

「ローザが家庭教師を言い負かしたって聞いた?」


「ええ、あの子らしいわ」


「あの子はワガママだけど賢いね」


「どういう意味?」


「ローザを褒めただけじゃないか」



 アナスターシアは焦るグレアムに少し笑みを浮かべて、持っていたカップをソーサーに置いた。





「今もあの時の事を夢に見るの」


「あの時?」


「フィルと一緒にいた時間よ」


 グレアムは茶菓子に伸ばしていた手を思わず止めた。


「…………そう」

 

「あら、怒らないの?」


「今更だよ。それに、男は愛する人のが過去を引き摺っていたってそれを丸ごと愛するものだろ」


「成長したのね。見違えたわ」


 アナスターシアは可哀想なものを見るような顔をしてグレアムの方を向いた。


「おい、なんでそんな顔をするんだ?」


「あなたに言っていなかった事があると思って」


 グレアムは先程の朗らかな雰囲気とは一変して深刻そうな顔をしたアナスターシアを注視した。



「……私、実は何度も人生を繰り返していたの」


「…………」


 アナスターシアは頓狂な顔をしたグレアムを可笑しく思ったが笑いを堪え、咳払いをして続けた。


「16歳から18歳の一定の期間を何度も繰り返していたの。最初は史織っていう子が私の中にいて繰り返していたけれど、何回も殺される苦痛に耐えきれなくなってもう私と一緒になって居なくなってしまったわ。それから……」

 


「俺が来た?」


「あなたはまだ先よ」


 アナスターシアは口を挟んできたグレアムをきっと睨み、また続けた。

 

「それから、私に交代して何度か繰り返したのだけれど、前々回の人生の最後でお兄様に犯されてしまったの」

 

「どうして」


「私がずっとすまし顔をしていたのが気に入らなかったのですって。その回のあなたもそう思っていたんじゃない?」



「それは…………そうかもしれないね」


 グレアムは苦笑した。蛇蝎のごとく嫌っていたあの頃ならばそう思っただろう。



「それでまた戻って、お兄様のことは好きでもなかったけれど信頼していたから……耐えきれなくて、私はおかしくなっちゃったの。その時にフィルが支えてくれたのよ」

 

「俺、君がどうして彼に執着していたのかずっと不思議だったんだ」

 

「あなた、何でもかんでも信じるのをやめた方がいいわ」

 

「じゃあ嘘なの?」

 

「嘘だと思うの?」

 

「君はいつもそうやって可愛くない言い方をするなあ、君だから信じているのに」


「あなたこそ私を疑うふりをするのをやめたら?そうしたら辞めてあげるから」

 

「ごめんごめん」

 

 グレアムはふんと鼻を鳴らした彼女の髪を一房すくい取り、キスをした。

 

「許してくれる?」


 アナスターシアは髪の毛を(はた)いた。しかし、それは拒絶ではなかった。

 

「この話はフィルにも言ったわ。史織のことは話していないけれど」


「じゃあ、俺だけ知っているってこと?」


「そうね」


 グレアムは立ち上がり、座っているアナスターシアを抱きしめた。


「俺だけの君ってこと?」


「何よそれ。でも、残念ながらそうなるわ」



 グレアムはフィルですら知り得なかったという事実に笑みが止まらなかった。




 いくら時が経っても、グレアムの独占欲はなりを潜めることはなかった。


 ――死んでもなおアナスターシアの心に遺るなんておこがましいんだよ。


 グレアムはフィルの話を切り出されても平気なフリをしていたが、内心穏やかではなかった。


 彼女を誑かしたあいつは世界一嫌いだ。だが、彼のおかげで彼女を手に入れることが出来たのだ。そこだけは感謝しても良いだろう。



「どうして急に話してくれたの?」


「私がこのことを話したら、あなたも秘密をひとつ話してくれるかと思って」


「なあに?」


「どうして急に心変わりしたの?私のことを嫌っていたじゃない」


 グレアムはどう話せばいいか少し悩む素振りを見せた。落ち着きなく目を左右に動かしたあと、ため息をついてゆっくりと話し始めた。



「……実は、最初に出会った時から君のことを嫌っていたんだ。君が平凡なのにわがままだったから、俺と違っていたから」


「まあ、そうよね。あの頃はまだ自分が平凡だって気付いていなかったけど」


「君が美しいことにも気付いたけれど、君の性格の悪さにそんな事関係なくなっていた。婚約の話が持ち上がった時も本気で嫌だったよ」



「失礼ね」



「あの時の君は見た目だけだっただろ?」



「……失礼ね」



「学園で君がユージェニーを虐めていた時、どんな理由で虐めていたか覚えてる?」


「男に囲まれていたからでしょ」


「そう。だから、どうして俺には嫉妬しないんだろうってイライラしてたんだ」


「ああ、……まあ、あなたは男だったから」


「俺は自覚していないだけで最初から君に惚れていたのかもしれない」



 アナスターシアはじゃあどうして最初から助けてくれなかったのと言いたかったが、無理な話だと気付いて言うのを辞めた。そしてグレアムの手に包まれた自分の手を見た。



「……そう」



 居心地が悪かった。



「俺は君が彼と結ばれるために狂ったフリをして領地に向かったんだと思って、そこでやっと自覚したんだ。今までの嫌悪感は、俺と君は同じ平凡であるはずなのに君だけそのコンプレックスに囚われていないように振舞っていたから……そんな君が羨ましかったんだ」



 グレアムは自分の手の中にあるアナスターシアの手をより強く握った。


「それからは、君も知っている通りだよ」


「怒りのあまりフィルを殺して私を拐かして犯して無理矢理娶ったこと?」


「……それは…………俺も若かったから」


「まあ、あなたのおかげで地獄みたいな人生から抜け出せたから、もう怒っていないわ」



「本当?」


「また言ってあげましょうか?どうして疑うのかって」


「癖なんだ。これからも付き合ってよ」


 

 そう言うと、グレアムはどこから出したのかアナスターシアの目の前に黄色のダリアのドライフラワーを差し出した。

 

 グレアムはいつものようにアナスターシアにこの花を送っていた。ドライフラワーにして。





「……どうしてダリアなの?」



「君みたいだから」



 嘘である。グレアムはバルフォア公爵領の屋敷に行った時、アナスターシアの部屋のサイドテーブルの上にこの花が生けてあるのを見たのだ。



 少し萎びたそれは、きっとフィルに送られたものなのだろうと察した。



 だから、ダリアを送っている。

彼との思い出ではなくて、グレアムとの思い出が増えるように。


 上書きするように送っている。


 花だけになった黄色のダリアを。


「……そう、でも私はバラが好きなの」



「彼との思い出を送られるのは嫌?」


 アナスターシアはありえないものを見てしまった時のようにグレアムを見た。


 グレアムはフィルとの思い出を大切にする彼女に苛立っていたから、つい口走ってしまった。



「どうして…………」



「口が滑ったよ、忘れて」



 アナスターシアは去ろうとするグレアムの服の裾を咄嗟に掴んだ。


 今までされたことの無い彼女の行動に、グレアムは思わず振り向きたくなってしまった。



「あなたがフィルのことを気にしていないふりをしているのは知っていたわ」


 アナスターシアは椅子から立ち上がり、回り込んでグレアムの正面に立った。


 

「彼が私のことを救ってくれたのは事実だけれど、私はずっと彼のことを引き摺っている訳では無いの。あなたが一番囚われているわ。今あなたの事を愛しているかと聞かれたら肯定できる自信はないけれど……あなたは大切な人よ。だから、心配なの」



 そう言うと、アナスターシアはグレアムの頬を手で優しく包んだ。




「……ごめん」


「こっそりお父様に頼んでフィルのお墓を作ったきり、あなたが屋敷から出してくれなかったから行けなかったのよ。今度一緒に行きましょう」


 アナスターシアはすっかり肩を落としたグレアムの頭を撫でた。


「うん……」



 グレアムはわざわざ背伸びをして撫でてくれるアナスターシアを、やっぱり愛おしいと思った。


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