第12話 茶会の後
「眠り姫様、いかがされましたか?」
永蘭のお茶会騒ぎから数日後、春鈴の部屋を訪れた泰然はむすっとしている春鈴を見て首を傾げていた。
そんな泰然の言葉を聞いて、泰然のすぐ後ろにいた呂修は顔を呆れさせていた。
呂修には春鈴がむくれている理由が簡単に分かっていたからだ。そして、泰然がわざと気づかないふりをしているのだということも簡単に察せられた。
春鈴はベッドから体だけ起こすと、じとっとした目を泰然に向けていた。
その不満げな目からは、春鈴に苦労が見て取れるようだった。
「なんでか分かりませんか?」
「夕方までベッドに横になっているということは、どこか体調が悪いのでしょうか?」
「それはいつも通りですので、ご心配なく」
本日、泰然が春鈴の部屋を訪れたのはこれで三回目だった。
朝の一回と、お昼すぎにもう一回。そして、夕方となった今の合計三回だ。
初めはお茶会の件でハメられた春鈴が、機嫌を悪くして居留守を使っているのかと思った。
しかし、どうやらそうではなかったらしい。ただいつも通り夕方まで寝ていたとのこと。
……いや、それだけでもないか。
さすがに、泰然が春鈴に不満げな顔を向けられていることに気づかないわけがなかった。
泰然は春鈴から視線を逸らして少し考える素振りを見せた後、思い出したようにして口を開いた。
「後宮の眠り姫。数日間で一気にその噂が広まりましたね」
「おかげさまで。今や怪奇でも見るような目を向けられてすけどね」
永蘭のお茶会騒ぎ。
昭容が充媛に毒を盛ろうとしたという事実は、未来を予知する眠り姫の特別な力によって、逆に昭容が毒を飲まされたという話になっていた。
それだけではなく、眠り姫を手にかけようとした者の一族もただでは済まないという噂に加え、後宮内で良からぬことをしようとしたら、眠り姫からの天誅を受けることになるだろうという尾びれ背びれまで追加されていた。
あのお茶会の場にいたのは朱蓮と四人の侍女、それと泰然と呂修と春鈴の計八人だ。
それだけの目撃者しかいないというのに、春鈴の噂はすでに後宮全体に広まっていた。
その噂の裏には、噂を広めるために泰然の暗躍があったのだが、春鈴はそのことを知らない。
泰然とて悪戯にその噂を広めたのではない。すべては、後宮をより平穏なものにするため。
そして、後宮の眠り姫のという存在を恐れ始めている今の状況は、泰然の計画にとって必要な物であった。
泰然は想像通りに事が運んでいる状況を前に、小さく笑みを零していた。
「そのおかげで、あなたの力を証明することもできましたね」
「証明、ですか?」
春鈴は泰然の言葉を前に小首を傾げていた。
毒を盛られるというからそれを回避するために奮闘しただけで、誰かに力を見て欲しいと思ったやったことではない。
春鈴がピンと来ていない様子を確認して、泰然は少し頭を下げてから言葉を続けた。
「皇帝より言葉を預かっております。よく課題を乗り越えたとのことです」
「課題……あっ」
泰然の言葉を聞いて、春鈴は自分の力が試されていたのだということを思い出した。
毒から逃れること考えるばかり考えていたが、今回はただの力試し。
ということは、その課題を乗り越えた後に何かあったりするってこと?
春鈴が嫌な顔を浮かべると、泰然はその表情を見て小さく笑みを浮かべた。
「今後は未来を予知する力を駆使して、後宮が平穏なものになるように尽力せよとのことです」
「ん? あ、それは無理です」
「……はい?」
どんな無理難題を言われるのかと身構えていた春鈴だったが、泰然の言葉を受けた春鈴はそれをさらりとかわした。
皇帝からの言葉を断られるとは思っていなかったのだろう。先程まで余裕があったはずの泰然は呆気にとられているようだった。
「別にやりたくないとかではないですよ。私の力では無理だと言っているんです」
下手に安請け合いなんかしてしまったら、それこそ首が飛ぶかもしれない。
そう思って泰然の言葉を断ったのだが、どうやらその意図は伝わっていないようだった。
春鈴は少し考えた後に、誤解を生まないように自分の力を一旦説明した方が良いだろうと考えて言葉を続けた。




