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地球という仮想現実をプレイしている男、ネットで煽られたから世界を滅ぼす  作者: 武藤一光
 第二章 終わりゆく世界と、現れし勇者?
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男、かつての会社の先輩に会う

 ある日より、世界中で魔王ハルドに対する目の色が変わった。

 それは人体に侵入した病原体が免疫細胞によって排除されるのと同じように、自然なことであったのかも知れない。

 ある時、予告もなしに世界中の空が黒雲のスクリーンで覆われると、日本人らしき風貌をした黒マントの男が映り込んだ。


「くっくっく。我が名はハルド。この世界の元傍観者にして、今は世界を滅ぼす者だ」


 最初の配信と同じ挨拶で魔王を名乗ったその男は、息を吐くように世界的英雄たちの知られざる悪行を次々と暴き、歴史を学ばず過ちを繰り返す人類は滅びるべきであると主張した。

 また彼らを失脚させたところで世界のシステムが変わらぬ限り、意味がないとも付け加えた。

 それ以来、ハルドは全世界のお騒がせ者となった。

 「魔王ハルドは人類に対する敵であり、排除すべき存在である。」

 各国政府の首脳や国連、名立たる宗教家などがこぞって出した声明である。



「しっかし、奴らもしつこいなあ。あの世紀末ゲリラ講演で俺の力がインチキやないことはもう十分証明したはずやけど。ビビっとらんのかいな」

「彼らはきっと、正義の心で動いているんでしょうね」


 黒雲の真下に集合したデモ隊は、今日も元気よく声を張り上げている。

 しかしその数は以前に比べると寂しいもので、今や主だって活動していた常連メンバーのみとなっていた。


「まあほんでもあの数やからな。権力者たちが躍起になって反発しとるだけで、魔王ハルドの主張が世間では受け入れられとる証拠や」

「なにを世迷言を。それこそほとんどの皆さんは恐れて何も言えないだけでしょう。下手に脅してもあなたを共通の敵と認識して見せ掛けの団結を作るか、ただビビって何も言えなくなる。以前あなたが自らの口で言ったことじゃないですか」

「そろそろこういうハッタリが必要な時期なんや。それにほら、見てみい。ネットでは俺の信奉者らしい書き込みも結構増えとるで」


 白い歯を見せながら、ハルドはSNSの画面を見せつけた。そこにはひたすら彼を神と讃えるようなリプライが並んでいる。

 イレーヌは小首を傾げた。


「ただの面白半分でしょう?」

「ふふん。この行き詰まり感の溢れる鬱屈とした時代。世間は風穴を開けるリーダーを欲しとるっちゅうことやな」

「だとしてもすべてを滅ぼす破壊者などお呼びではないと思いますが。その自信はどこから来るのやら」

「まあこれからどうなるか見とれや。さてと、ちょっと出かけてくるわ」


 ハルドはいつものどう見ても不審者にしか見えない外出着姿になっていた。

 どうやらよほど機嫌がいいらしく、心なしかその背筋はいつもよりも真っ直ぐに伸びている。


「また仲間探しですか?」

「いいや、ふいにある人の顔が見たくなってな。暇だったら下にいるあいつら好きに煽っといてええで」

「そんな低俗なことしませんよ。ハルドじゃあるまいし」


 相方の軽蔑したような流し目を尻目に、ハルドはワープゲートに飛び込んだ。

 雲一つない澄んだ青空は、以前ほどの陽射しを帯びていない。

 アスファルトの路地に降り立つと、ハルドは悠々と左右の景色を確認した。

 まだまだ半袖で行き交う人が多いものの、彼らはまるで見えていないかのように、サングラスと目深帽のこの男に視線を送っていなかった。

 古びた商店街を抜け、ハルドはやがて少し開けた通りへと躍り出る。

 足を止めたのは、赤い屋根の小さなカフェの前だった。


「……まじか」


 とある男女のカップルが、窓際のテーブル席にて仲睦まじそうに談笑していた。

 しばしハルドは彼らの様子を窓越しに眺めた。


「ようやく彼女出来たんやな、先輩」


 彼らを見るハルドの目は動画内で振る舞うときのようなギラギラとしたものではない。

 また、チップエンジンで働いていたときとも異なっていた。

 ハルドは男の方、口元に黒子のある細身の彼とは顔馴染みであった。

 小平隆平。その男はかつて転勤で離ればなれになった、飯田恭三と仲良くしていた唯一の元同僚である。


「しかしえらい高そうな服着とるやんけ。随分稼ぎが良くなったようやな」


 口からこぼれ出るその言葉の色は、どことなく暖かかい。

 なにかを決心したように、ハルドは拳を握りしめた。



 * * * *



「お久しぶりです。先輩」


 背後から声を掛けられた隆平は、幽霊でも見たかのような顔をした。


「飯田……」

「俺が今、世間でなんと呼ばれとるか知っとります?」

「そりゃあな。ニュース見ない奴でも知らない奴はいないだろ」

「怖いです? 俺のこと」

「いや、こうして目の前で見ると昔と変わらんきがするよ」

「それはよかった。先輩と少し話がしたいです。その時間はありますか?」

「……そうだな。少しなら」


 ハルドは隆平がさきほどの彼女と別れたタイミングを見計らって声掛けていた。

 二人はそのまま、近くにあったステーキ店へと足を運んだ。


「ステーキハウスジョイジョイか。向こうでお前とよく行ったよな。ここは値段の割に上質な肉料理が食えるんだよな」

「先輩にはよく、夜の街を連れ回されましたね。行くのは決まって安い店でしたけど、楽しかったです」

「あの時は俺もお前も、仲いい奴他にいなかったしな。上司の愚痴を言っちゃ、笑顔ではしゃいでたっけ」


 隆平はハルドに笑顔をみせた。しかしそれはどこかぎこちなく、満面の笑みとは違うものである。


「急に俺が訪ねて来て、びっくりしましたか」

「そりゃあな。でも、いつか来るんじゃないかと思ってたよ。お前、丁寧語喋っててもプライベートになるとエセ関西弁っぽい発音になるの、変わってないんだな」

「俺の中身自体は変わってないですからね。ただ、正体を隠していただけで」


 帽子を取っているのにもかかわらず、隆平以外のどの客もハルドの方を見ていない。指定した対象以外には自分の存在を認識できないようにする、これも言わばコマンドの一種である。


「単刀直入に聞きます。先輩は今、幸せですか?」

「なんだその質問。ずいぶんと藪から棒だな」

「答えてください。これは結構俺の中で大事な質問なんです」

「うーん……」


 隆平はコップに注がれた水を一口飲み、答えた。


「まあボチボチだな」

「可愛い彼女が出来たのにボチボチなんですか?」

「お前、どうしてそれを?」

「すいません、さっき先輩が彼女さんと歩いてるとこ見てました」

「そうか、まいったな」 

「あの頃の先輩は、彼女は欲しいけどこの収入じゃあ無理だって口癖のように言ってましたよね。こっちに来て努力して出世して、幸せを勝ち取ったんですね」

「……努力したというか、こっちに来てたまたま環境に恵まれただけだよ」

「先輩。俺がこれからやろうとしていることはその幸せごと、全てを無に帰そうとしてるんですよ」


 フゥーッと、隆平が息を吐く。

 ハルドは瞬きひとつせず、その先輩の顔から目を逸らさなかった。


「お前ってさ、前からどこかでなにを考えてるのか分からない、得体の知れなさはあったよ。人類を滅ぼすなんてことはさすがに冗談かも知れないけどさ、お前が今、世界を混乱させていることには違いあるまい」

「俺が人類を滅ぼすってのは大マジですよ、先輩」

「飯田、馬鹿なことは止めとけ」

「馬鹿なことでしょうか?」

「まああんなことを起こせちまう以上、お前が凄い力を持ってることは確かなんだろう。でもだったら変なことしないで、その力をもっと良いことに使えばいいじゃないか」

「いいこと、とは具体的に?」

「それはもちろん、社会のためになることだよ」

「社会のため……。なるほどそんなことを言うようになるだなんて、先輩も変わりましたね」


 二人の目の前に置かれた鉄板の上では特製のハンバーグステーキが肉汁をしたたらせている。

 その肉をナイフで差し、隆平は言った。 


「俺たちが今こうやって美味いハンバーグを食えてるのは社会の営みのお陰だろう? 俺はこっちに移って今の仕事に就いて、微力ながら社会に貢献出来ることの喜びを知れたんだ。そういう意味では、少し考え方は変わったかな」

「ですがその社会のせいで生き辛い人が生まれているのも事実です。競争や同調圧力に適応出来ない人間が淘汰されます。それらの人間は、救いようのないゴミですか?」

「それは……」


 隆平は言葉を詰まらせた。


「俺の役目はこの星の人間の在り方を観察し、ときに干渉し、いい方向に導くことでした。俺は数百年、自分なりに人間社会というものを観察してきました。その結果、見えた答えが今俺がやろうとしていることなんです」

「お前は……宇宙人かなんかなのか?」

「正確には違いますが大体そんなとこです。ていうか、あまり驚かないんですね」

「まあ、あんな超常現象起こせるやつは普通の人間じゃないしな。ていうかお前、昔っからどっか宇宙人みたいに変わったとこあったし」


 ここでハルドの頬が、入店以来一番に緩む。


「先輩は昔からいい人ですよ。ですがあなたのような人間に寄生して、甘い汁を吸おうとする輩が大半を占めているのが、今の世の中です」

「知ったような口を、と言いたいところだが……。実際知ってるんだよな。数百年だもんな」

「そういうことです」


 二人は互いに肉の切り身を口に入れ、モグモグと味わった。

 時折コップに水を注ぎにくる店員に遮られながらも、話は続いた。


「けどよ。俺にとっちゃたとえ世の中が腐っていようが、誰かさんに人生終わらせられるよりかはマシだぜ?」

「悪いようにはしませんよ。先輩も彼女さんも、痛い思いや苦しい思いはさせません」

「……なにをしでかすつもりなのか知らんが、お前は不満なく暮らしている罪なき人たちの幸せまで奪うっていうのか?」


 一瞬目線を外し、ハルドは口を開く。


「先輩。先輩は俺らがこうしてハンバーグを食べていられるのも社会のお陰だと言いましたよね。ですがそもそも、人間はなぜ食べる必要があるんでしょう」

「そりゃ食わなきゃ死ぬからに決まってるだろ」

「その通りです。食べないと空腹が苦しいから。死んでしまうのが怖いからです。人間は生まれながらにして、望んでもいないのにその逃れられない苦しみと恐怖を潜在的に持っている。そしてその渇きに対する恐怖こそが、すべての争いを生む源なんです。俺は長年世界を見てきて、その虚しさと悲しさに心底気付いたんです」

「だから滅べってか。それはちょっと独善的じゃないのか?」

「まあそうですね。でもそれは仕方ないことなんですよ。独善でこの世界の命運を決めるのがシミュレーションマスターの仕事ですから」

「ふむ……」

「先輩?」

「でも、だったらどうして俺にいちいち同意を求めるような言い回しをするんだ?」」


 その瞬間。ハルドの目が大きく開き、瞳が揺れた。

 そして、降参したと言わんばかりの苦笑いとともにハルドは言った。 


「それが自分でも不思議なんですよ。先輩も所詮はシミュレーションのプログラムでしかないのに、やはりどこか俺にとって特別なんだと思います。……先輩は俺が世界を消したら、当然、恨みますよね?」

 

 その問いかけに隆平はすぐには答えなかった。

 隆平は最後の肉片を口に入れ、咀嚼し、飲み込み、そして言った。 


「なあ飯田。この後良かったら久しぶりにゲームセンターでも寄らないか。昔よくやったゲームをまた一緒にやろうぜ」

「あの先輩、俺の話聞いてました?」

「ああ、聞いてたぜ。いやさ、不思議なもんでお前と話していると、なんだかんだでお前の計画は失敗するんじゃないかという安心感があるんだよな」

「なっ――」


 ハルドは絶句した。

 そして二人の間におけるこの話題は、これで打ち切りとなった。



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