進みゆく悪魔の計画
「よいか貴様ら。人間社会のルールなど、人間自身が勝手に決めた、下らない縛りプレイのようなものだ」
ハルドはさながら聴衆に向かって演説をする大統領のごとく、一言一句を噛みしめた。
「学歴、収入、容姿、恋人の有無……。人は他者と己を比較し、優位に立たんと貶し合わないと生きてはいけない愚かな生き物だ。それは諸君らも日頃からよく感じていることだろう。だがそれは人が人である限り仕方のないことでもある。しかし本来、そんなものはどうだっていいことなのだ」
どこかの演説のビデオを丸パクリでもしたのか、効果的な身振り手振りを交えながら、雄弁は続く。
原稿を見ずとも噛まずに言えるようになるまで、一週間の猛練習を要したことをハルドは決して口にしなかった。
「想像してみて欲しい。諸君らから見てどんなに成功者に見える者でも、生きる上でなにかしら問題は抱えているし、不安というものは一生付きまとう。そして如何なる人生を歩もうとも死ぬときは同じだ。しかもそれは、明日訪れるかもしれない。では何のために人は生きるのか。人は人の思うほどに他者の人生に興味はない。人は希望を託すと言っては無責任に次の世代を育てるが、その者もまた彼らと同じ業を背負い、苦しい人生を歩むこととなる。時代が進み技術が進歩し、暮らしが豊かになろうとも、人は本質的に幸福にはなれない。そう、諸君らの生に最初から意味などないのだ」
その背後には彼のマントとお揃いの、黒いドレスを着たイレーヌがすまし顔で佇んでいた。
コメント欄は沈黙が続いている。最近は彼がなにか喋るときにはこうなることが多くなっていた。
ハルドはより一層、語気を強めた。
「分かる者には分かると思うが、人類の進むべきもっとも賢い選択はこの苦しみの連鎖を終わらせるべく、滅びの道を選ぶことなのだ。しかし、人は己の信じたいものしか信じない。真実から目を背け、希望などという毒でしかない夢から醒めぬ愚か者が多くいる現状では、なかなかこれは難しいことだろう。だが諸君、見ていて欲しい。必ずや私が人類を賢く導き、最高の形で幸福たる終焉に導いてくれよう」
ハルドが両手が広げるパフォーマンスをしたその瞬間、噴火のごとくコメントが降り注ぐ。
待ってましたと言わんばかりに投下されたそれらの弾幕は魔王ハルドへの称賛の言葉一色であった。
まるでコンサートで大声援を浴びる大物歌手でもあるかのように、ハルドは得意げに何度も頷き、配信は幕を閉じた。
「なんといいますか、怪しい新興宗教の配信みたいになってきましたね」
無駄にエロチックな仕草で、イレーヌがドレスを脱ぐ。
ハラリハラリと次第に露になる淡雪のような肌と、背面からでも分かる膨らんだ乳房のシルエットから目を逸らしつつ、ハルドは答えた。
「ふふふ、俺の信者も随分増えてきたからな。ああ持ち上げられるとつい張り切ってまうわ」
「その信者とやらも冗談半分の逆張りで付いてきているのが大半だと思いますが。ハルドは本当に彼らがあなたに賛同して滅び、もとい自らの死を選ぶとお思いですか?」
「まあほとんどの人間がいざとなると踏み切れないもんやろな」
「なんだ、分かっているじゃないですか」
いつものビキニアーマー姿に戻ったイレーヌの、仕舞われていた尻尾がピンと立つ。
ドレスはくるりと丸め込められ、ハルドに向かって放り投げられた。
「せやけど俺の話に耳傾けてるっちゅうことは、この世界の理不尽さに嫌気が差しとって、俺の提唱する滅びによる救済には興味あるはずや。仮にもし、恐怖や痛みを感じさせずにみんなで終われる方法があるとすれば、奴らは簡単に食い付くと思うで」
「あるんですか、そんな恐ろしい方法が」
するとハルドは悪い笑いを携えながら、返した。
「最終的には奴ら次第やけど、シミュレーションマスターの俺ならその手引きが出来ると思うで」
「え、本当にあるんですか?」
「ある」
「ハルド……あなたは悪魔ですか」
「悪魔ちゃう。シミュレーションマスターや」
ギラギラした視線に口元だけ吊り上がった、まさしく暗黒微笑と呼ぶに相応しき笑いをハルドはしていた。
「さてと。いい話になってきたところで、そろそろやるか」
「おおっ、魔王ハルドのその恐ろしい計画とやらがついに始まってしまうのですか!」
「いいや」
ハルドはスマートフォンを触り出したかと思うと、完全に黙りこくってしまった。
わざわざイヤホンをしてまで彼がプレイしているゲームタイトル。
それは言うまでもなく、ブラブラである。
「やるってゲームの話ですか! 紛らわしいですよ」
イレーヌの言葉はすでにプレイに熱中している男の耳には入らない。
彼女は頬をぷくっと膨らませ、恨めし気に画面を覗き込んだ。
「あら、ちょっと待ってください。コレ私じゃないですか」
「わっ、なんやびっくりした! 急にイヤホン外すなや。心臓止まるかと思ったわ」
画面の中のイレーヌは、ちょうど彼同様に頬を赤らめ、もじもじしながら甘酸っぱいセリフを吐いている真っただ中であった。
ハルドは赤面し、慌てて画面を隠す。
「これ、私ですよね。しかもめちゃくちゃヒロインしてますよね」
「配信されたばかりの限定イベントなんや。ええからあっち行ってろって」
「エッチなシーンですか?」
「こ、これはそういうゲームやない」
「お望みでしたらそのシーン、やってあげましょうか。目の前に本物がいますよ」
「ふん、二次元のお前と三次元のお前は違うねん。そのことは実際に呼び出してみてよーくわかったことや」
「またまた。照れてるんですね?」
「照れとらんわ。はよ行けって」
ようやく一人で落ち着いてプレイできる環境を手に入れると、ハルドはこれ幸いとゲームに没頭した。
無言でポチポチとタッチパネルを押し続けるその様は、人類滅亡を企む魔王となる以前の彼の日常となんら変わらない。
やがてハルドは、優しく微笑むゲームキャラの方のイレーヌに向かって呟いた。
「人類が滅べば文化も死ぬ、か。こういう名作ゲームが今後生まれなくなるんは寂しいけども、世界はゲームのシナリオのように夢に満ちとらんのや。まあ、だからこそフィクションの世界が美しいんやけどな」
「なら本当に滅ぼしちゃっていいんですか? ゲームの続き、やりたくないんですか?」
十メートルほど離れた距離からしれっと声が響く。
悪魔の姫という設定が反映されてか、イレーヌの耳は地獄耳であった。
「どのみちこのゲームもいずれはサービス終了する運命や。ファンとして、その瞬間は見たくないんでな」
「そうですか」
実に太々しい表情で、ハルドははっきりと宣言した。




