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地球という仮想現実をプレイしている男、ネットで煽られたから世界を滅ぼす  作者: 武藤一光
 第二章 終わりゆく世界と、現れし勇者?
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少年と人類を滅ぼす魔王

 少年は曇り空を眺めていた。

 厚い雲で覆われたねずみ色は、その酷く濁った目の色とよく似ていた。

 少年の頬は厚く腫れ、制服のシャツは泥にまみれていた。

 彼の鞄の奥には、本日返却されたばかりの答案用紙がくしゃくしゃに詰め込まれている。

 55点という数字は、クラスの中でも下から数えた方が早い。

 そんな彼も中学校の頃までは、勉強が非常によく出来た。


「はあ……。元々、勉強なんてそんなに好きじゃなかったんだよな。他にこれといった取り柄もない。顔も良くない。こんなんじゃいじめに遭うのも当たり前だよなあ」


 誰の目も届かない、裏山の空気にしみじみと独り言が溶ける。

 少年は木の根元に腰を下ろすと、懐からスマートフォンを取り出した。

 と、お気に入りの投稿者が新着動画を投稿したとの通知が入る。

 彼はそれを一度開き、すぐに見るのをやめた。


「いいよなあ、こいつらは人生楽しそうでさ」


 画面の中でいつ何時も変わらずに提供される、愉快な笑顔。

 基本的にそれは観る者に束の間の現実逃避を提供するものであるが、ときに劣等感を刺激することもある。


「まあ。きっと僕が真似して動画投稿者やってみたところで、どうせこいつらみたいにはなれないんだろうけど」


 彼はよく知っていた。

 世の中には持つ者と持たぬ者がいる。

 ほとんどの人間は夢を持ったところで叶うことはなく、足掻けば足掻くほどに、余計に惨めな思いをするだけだということを。

 スマホの画面は目まぐるしく移り変わり、やがてとある男についての記事の書かれたウェブサイトが開かれた。


「魔王ハルド――か」


 著名人の悪行を次々と暴き、世間を現在進行形でちょっとした混乱に陥れているその男についての話題は、今や人々の間で尽きることはない。

 しかし、少年はまるでどうでもいいことであるかのように、すぐにそのページを閉じた。


「なーにが人類を滅ぼすだよ。やってみろよ。どうせ出来っこないクセに」


 彼は嫌というほど知っていた。

 この不条理で陰鬱な世の中は、個人の力では到底どうにもならないほど、揺るぎないものであるということを。

 少年はしばらくして最初に開いた投稿者の動画視聴を再開した。

 しかしその表情を見るに、楽しめていないようである。


「なーにいじけとんねん」


 ビクッと、少年が上体を起こす。

 声の方角は確かに上からのものである。

 少年が辺りを見回し、ゆっくりと視線を上げていくと、とある男が木の枝の上に座っていた。


「あ……ああっ……」


 印籠を目にした悪代官のごとく、少年は震え上がる。

 ハルドは目深帽を脱ぎ、その人相を露にしていた。


「ほほぅ、さすがに俺も有名人やな。まあ悪い気はせえへんな」

「ご、ごめんなさいっ。さっきは失礼なことを言いましたっ! どうかっ、命だけはっ!」

「なんや人類を滅ぼせるものならやってみろと挑発した割には死ぬのが怖いやんか。クク、まあ人間なんてそんなものよな」


 ハルドは木から飛び降り、まるで重力など無いかのように軽やかに着地した。

 少年は後ずさった。


「ええっと。まあなんや、食うか?」

「え?」

「そう怯えるなや。別に捕って食いに来たわけやない。ってことで友好の証や」

「あ……いや、えぇ?」

「変なもんはなんも入っとらん。普通のアーモンドチョコやで」


 唐突に差し出されたチョコレート菓子の箱を目にし、少年は眉を寄せる。

 ハルドは咳払いをし、何事もなかったかのように菓子をポケットに仕舞うと、動画で配信するときのような作り声をした。


「まあ警戒しているのも無理はない。だが貴様に会いに来た理由……。先程の濁った目、貴様には素質があると思うのだ」


 少し間を置いて、少年が返す。


「……素質?」

「ああ。貴様は今、こんな糞ったれた社会などぶち壊したい。力さえあれば、全てを破壊し尽くしたいという衝動に駆られているな?」

「いや、別にそこまでは」


 ハルドは口元に手を当て、意外そうに顔をしかめた。


「遠慮せんでもいい。貴様には内面に蓄えしこの世界への憎悪というものがあるだろう?」

「……いえ。そういうのは特に」

「そうか。貴様ならいいアシスタントになれると思ったんだがな」

「アシスタント?」

「そうだ。俺が人類を滅ぼす手伝いをしながら、終わり行く世界を高みの見物する仕事だ。興味はないか?」

「…………いえ」

「本当に?」

「は、はい……」


 ざわっとした風が木々を揺らし、二人の肌を撫でる。

 風は少年と魔王ハルド、両者に平等に吹き付けた。


「ならば無理にとは言わん。しかし、貴様はどうも生き苦しそうに見える」

「そうでしょうか」

「ああ。現代人は皆そういうところがあるが、特に貴様はな」

「はあ」

「まあ、そう難しい顔をするな」


 ハルドは少年の聞き取れない言語にてコマンドを口ずさみ、ちょうど大人一人が通れるサイズの黒い渦を発生させた。

 少年は石のように固まりながら、その一部始終を見ていた。

 ハルドは最後に顰めていた顔を完全に戻し、威圧感のないいつもの声で言い放った。


「この世界はいずれ俺がすべて潰す運命や。お前をいじめた不良どもも、お前が羨ましくてしょうがないリア充どもも、お前を縛る大人たちも、お前が大嫌いな社会のシステムも、近いうちに俺が全部消滅させたる。だからそん時まで、せいぜい楽しみにしきいや」


 渦の中に消えていくハルドを、少年は黙って見つめていた。

 風が吹き、彼はふと空を見上げる。


「全部消滅させたるか。ふふっ、できっこないのにさ」


 曇は晴れて、代わりに夕焼けが顔を出していた。

 少年の口元には小さく、しかしはっきりと笑みが浮かんでいた。





「あら、もうお帰りですか。早いじゃないですか」

「まあな」


 戻ったハルドを出迎えたのは、ご機嫌なイレーヌの鼻歌と、フローラルな香りであった。

 彼女が目下ご満悦で浸かっているのは、以前ハルドが彼女のために用意した花風呂である。

 すりガラスの仕切り越しに、ハルドは答えた。


「それで、その新しい仲間とやらは見つかったんです?」

「いや、良さそうな男子学生を一人見つけたんやけど」

「学生ぇ? よくもまあ洗脳しやすい無垢な学生に目を付けるとは、歴史上最悪の独裁者たちと変わらぬ屑っぷりですね」

「おい待て。話は最後まで聞くもんや」

「はいはい聞きますよ。それで、どうしたんですか」

「仲間にするのは諦めたわ。ありゃ度胸がなくて駄目や。まったく、最近の若者はなっとらん」

「ふふっ、スカウト失敗で言うに事を欠いて若者叩きですか」

「お前、俺が自分にとって代わる逸材を連れて来んくて安心しとるんやろ」


 イレーヌはガラス越しでも分かる弾んだ声で言った。


「まさか。まったく、あなたの出鱈目さには呆れて物も言えませんよ」

「なんとでも言え。まあ焦らんでもええわ。わがハルド軍の仲間たちはいずれ集まる、それも大量にな」


 そのときハルドはさぞかし、自信ありげに言い切った。


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