水の咆哮 第2章-1
「さて、そろそろ準備はできた?」
円麗は、自分の準備を終えて、神皆葉に問う。
「ああ。僕も十分だ。だが、少しやっかいなことになっているようだ」
「というと?」
麗の疑問に、皆葉はタブレットを取り出して、画面を見せる。そこには、モノレールの運行状況が示されていて、
『商業区にテロリストが潜伏しているという情報あり。確認がとれるまで、モノレールの運行は停止』
「つまり、学校まで戻るには、徒歩しかないと?」
「まともな移動手段なら、残念ながらそうなる。他の手段がないか調べてみたけど、タクシーを含めて何もかもが封じられている。おまけに、外出自粛のお達しも出ている」
皆葉はタブレットの表示画面を切り替えて、警察のHPを麗に見せる。
『商業区にテロリストが潜伏している情報を入手しました。市民の方々は、今いる建物から出ないようにしてください。警察が順次確認していきますので、確認ができましたら外に出ていただけます』
「要は、組織立って私たちの行動を妨害しているわけね」
「そういうこと。おとなしく従っていたら、多分ここに警察が来るまでに、決闘の時間が過ぎてしまう」
「ちなみに、君がやった”契約術式”で約束が護られないと、どうなるの?」
「——おそらく、強制的に、設定した場所に飛ばされるはず。でも、その過程については把握できていない。瞬間的に学校に移動しているのか、それとも強制的に飛行させられるのか」
「それは……どちらにしても、マズいわね」
「ああ。瞬間移動なら、相手が待ち構えているところに突然放り出されてしまえば、無防備なところを襲われてしまう。強制飛行だとしても、ルート上におそらく、NINJAが待機しているだろうから、格好の標的になる。だから」
「——もう、行くしかないわけね」
* *
とある高層ビルの屋上に、人影が2つあった。彼らの手には、スナイパーライフルと双眼鏡があり、人気のないビル群を監視していた。
午後8時20分。監視しているビルの入り口から、人影が現れた。
「目標Sが出現。商業区へ向けて前進している模様」
双眼鏡を持つ男は無線で報告する。
『了解した。狙撃は可能か?』
「周辺に障害物はなし。いつでも可能」
『よし——撃て』
命令が下されるや否や、引き金が引かれた。
スナイパーライフルから弾丸が吐き出され、人影向けて飛んでいく。
距離はおよそ1キロメートル。中々難しい距離ではあるが、熟練の人間なら成功率は高い距離だった。この2人についてもベテランの技量があるため、通常なら成功するはずだった。だが、
「ッ!?」
狙撃手は驚く。狙いは正確だったにも関わらず、弾丸はわずかに人影から逸れ、地面に着弾してしまった。
観測手は報告する。
「狙撃失敗。続けて第2射に移る」
『了解。工作班による攻撃を開始する。隙を見て撃て』
「了解」
通信が終わるやいなや、狙撃手は空薬莢を排莢し、次の弾丸を装填する。
「目標は……何!?」
観測手が再び双眼鏡を手に取ると、人影は驚くべき行動に移っていた。
「嘘だろ……?」
狙撃手も驚く。
人影は、狙撃班のいるビル目がけて、ルート上にあるビルの外壁を走っていた。通常の物理法則ではありえない、それこそ重力の方向が変わっているかのような疾走だった。
「慌てるな。結局は、ただ走っているに過ぎない。落ち着いて撃て」
観測手は告げる。
「ああ」
呼吸を整え、狙撃手は狙いを定める。
観測手の言うように、目標は一直線に走っているに過ぎない。ならば、採ることのできる行動は限られてくる。
「十分に引きつけて——撃て」
目標との距離が近づいてくる。500メートル。400、300、200……
カチリ。およそ100メートルのところで、狙撃手は引き金を引いた。
弾丸は、正確に目標の胴体めがけて飛翔していく。
ビル群の外壁を走る人影——神皆葉は、弾丸を意に介すことなく、ビル同士の隙間を横走りのまま跳躍していき、立ち向かって駆けていく。コンマ数秒の世界で、皆葉は採るべき行動を選ぶ。
走りながら、耳にあるピアスに手を触れると、ピアスは鉤爪のついたロープになる。
皆葉に迫る弾丸が、およそ10メートル手前まで来た時、皆葉は横に向けて跳んだ。弾丸は虚空を通り抜けていく。
宙に身を投げた皆葉は、ロープを投げた。投擲先は、2人の人影があるビル——付近の街灯。鉤爪は街灯にしっかりと固定される。
「うおおおおおお!」
ロープを両手に握り、皆葉は振り子運動で宙を舞う。2人の人影があるビルめがけて反動を活かして跳躍——同時にロープはピアスに戻る。そして、
「——ッ!」
懐にあるトランプを手にし、空中ですばやく2枚を投擲する。
「がっ!?」
カードが2人に突き刺さった瞬間、両者とも身体に電流が走り、気絶させられる。2人が倒れると同時に、皆葉はビルの屋上に着地した。
「さて、こんなところか」
狙撃班を無力化した皆葉は、2人の装備を奪っていた。武器弾薬の他に通信機器を探すが、2人が所持していたのは無線機のみで、この襲撃作戦を把握できるものはなかった。
「敵の規模は不明——なら、予定通り動くしかないか」
皆葉はビルを後にし、建物の側面を駆け下りていった。
* *
「随分派手にやっているわね」
午後8時25分。神皆葉から5分程遅れて、円麗は動き始めた。
皆葉が囮となって縦横無尽に動き回り、皆葉を狙う敵を背後から麗が挟撃する、それが2人の導き出した作戦だった。
「そろそろ私のことも忘れてくれたかしら——ん?」
鞄に入れてあるスマートフォンが振動する。
「神奈ちゃん……なるほどね」
神奈からの伝令——敵の規模と状況が記されていた。
「敵の位置は分からないけど、彼が上手く動いてくれれば」
麗は懐からエアガンを取り出し、皆葉が駆け抜けた跡に続いていく。
* *
人通りのなくなった商業区——商業施設が続くビル群のいくつかに、NINJAの構成員がいた。
彼らは無線機で相互に情報共有し、神皆葉の動向を補足していた。
『狙撃班沈黙、目標Sはビルの側面を走って移動中』
「ビルの側面だと!?」
物理法則を無視した行動に、NINJAの構成員は一様に動揺する。
『落ち着け。目標が魔術師といっても、敵は小僧が一人なだけ。我々が束になってかかれば、仕留められる!』
「了解」
各々の持ち場でNINJAたちは、武器を構える。
『目標はモノレール駅を目指している模様』
続報が届く。
「よし、行くぞ」
モノレール駅で待機していた3名が動き出す。
3名の内1名は双眼鏡を構える。双眼鏡は、ビル群を駆け抜ける人影——神皆葉を捉えた。
「目標の到着まで距離——600」
「了解」
2名はアサルトライフルを手に、ビル群の方に銃口を向ける。
「距離——500、いや400!?」
神皆葉は、常人ではありえない速度で走っていた。地上より不安定であろう、ビル群の側面という状況下にも関わらず。
「落ち着け、目で追えない速度じゃない。カウント0で打ち込むぞ」
神皆葉の姿が双眼鏡に頼らずとも見える距離まで近づいてきた。双眼鏡を構える隊員はそれを手放し、アサルトライフルを手に取る。
「……撃て!」
3人による十字砲火が始まる。敵が魔術師である以上、生半可な銃撃では防がれる可能性が高いので、NINJAはタイミングをずらすことによるリロードの空白を埋めるより、制圧力を重視した。しかし、
「ッ!?」
神皆葉は銃撃が始まった瞬間、道路向かいにあるビルに向かって横向きに跳躍していた。
「くそッ!」
同時に射撃をしてしまい、かつフルオートだったため、3人のアサルトライフルは既に空だった。あわててリロードをするが、その瞬間、
「うおおおおおお!」
向かい側のビルに飛び移った神皆葉は、今度はNINJA3名がいるモノレール駅に、跳躍してきた。
「撃てー!」
リロードを終え、神皆葉に銃口を向ける。既に神皆葉は、彼らがいるモノレール駅に足を着けていた。
混乱が続く中、NINJAは再び十字砲火を試みる。
「ふん!」
神皆葉は左手を眼前に突き出す。すると、弾丸は神皆葉を避けるように左右に逸れていく。
「撃て、撃てえ!」
銃撃の効果がないのは既に理解しただろう、だがNINJAは混乱のただ中のせいか、冷静な判断ができなかった。アサルトライフルの弾倉が空になると、それを手放し、ハンドガンで銃撃をする。
「無駄なことを」
神皆葉は左手をつきだしたままつぶやく。アサルトライフルの銃撃と変わらず、ハンドガンの弾丸もあさっての方向に消えていく。
「撃て、撃て、撃て……」
既にハンドガンの弾倉も空になり、引き金を引いてもハンドガンのハンマーは空を切るばかりだった。だが、NINJAは願うように引き金を引き続ける。
「——」
神皆葉は呆れたような表情を浮かべ、ゆっくりとNINJAに近づく。
「————はあ」
溜息と共に、近くにいた一人の男に、神皆葉の拳が突き刺さった。
「がは……」
腹部を殴られた男は悶絶し、昏倒する。
続けて、もう一人の男も同じく、殴られる——昏倒する。そして、
「あんたが指揮官か?」
2名の隊員に指示を出していた男に向けて、問いが投げかけられた。
「あ、あ……」
「指揮官かと聞いている」
「ち、違う。こいつらを指揮してはいるが、全体の指揮官は他にいる」
戦意を失ったのか、男は質問に大人しく応える。
「なるほど……よし」
神皆葉は意識のある男に近づくと、
「僕の質問に応えてもらおう」
男を殴り、気絶させた。




