生命のはじまり、火の襲来 第6章ー3
皆葉が1人になり、時刻が午後9時を指した。ちょうど、その地区の中央に来た辺りで、音が鳴り出した。発信源を探すまでもなく、目の前に携帯電話が置かれている。
罠の危険性を考慮して、慎重にスピーカーを作動させ、地面に携帯電話を置いたまま話をする。
「もしもし?」
『随分慎重なんだな、少年。数日前とは、偉い違うじゃあないか』
聞こえてきたのは、少し低めの声。皆葉自身には覚えがないが、男であることは間違いない。
「豪……紅蓮」
『ああ、俺だ。てっきり、“水”のお嬢さんあたりも来ると思ってたが、少年1人か』
「なぜ……いや、そんなことはどうでもいい。神奈は、どこだ?」
『そう焦るな。そろそろ見えてくると思うが――前を見ろ』
言われて顔を上げると、前方から近づいてくる影があった。小型の乗用車の用で、1人しか乗れそうにないものだ。
その車は、皆葉から5メートル離れた所で停車し、ドアが独りでに開いた。フロントガラスから神奈の姿だけが見える。どうやら、遠隔操作でここまで走行してきたようだ。
『その中に、君の大切なお嬢さんがいる。ああ、心配するな。特に罠はない。ついでに言うと、その携帯も爆発するような仕掛けはないから、直接手にとってもらえると助かる。ノイズが入って鬱陶しいんでな』
「僕が、あんたを信用すると思うのか?」
家族を拉致するような輩だ。信用しろという方が、無理がある。
『ならば、確認すると良い。君の魔術なら、簡単に判断できるだろう? 対象に生命を与えて、チェックできると思うが』
「……どうして、そんなことを?」
皆葉は、口調を変えずに問うた。実のところ、言われるまで皆葉は、“生命”のそんな使い方は知らなかった。紅蓮がどうしてそんなことを言いだしたのか、分からないでいる。
『先の戦いで、君が“生命”の神の道化だと思ったからさ。回復術式を使った気配はなかったから、あそこまでの再生力は、神霊結晶を使った“生命”しか考えられない。それに、罠のチェック法は、君の親父さんから教わったものでね。てっきり知っていると思っていたが――知らないようだな』
「あんたと、父さんの関係は?」
『それこそどうでも良いだろ。さて、いい加減早くしてくれ。こちらはそこまで気の長い方ではない。そうだな。あと5分経過したら、戦闘を始めるか』
「急にそんなことを言われても」
『躊躇している暇はないぞ? 残り4分50秒』
「く!」
皆葉は携帯電話を放置して、車に接近する。言われた通り、弱い生命を車に与えてみる。
「……なるほど」
テレパシーのようなもので、車から直接、皆葉の脳に情報が伝達される。車には特に異常はなく、神奈が眠っているだけとのことだ。
安心して、皆葉は車に乗り込み、神奈を引きずり出す。顔に痣ができているが、他に外傷はないようだ。
「神奈! 大丈夫か!」
声をかけるが、神奈からの反応はない。熟睡しているようだ。
『そのお嬢さんは抵抗が激しかったもんでね、今日までずっと眠っていてもらった』
携帯電話のスピーカーから、紅蓮の声が届いてきた。
皆葉は携帯電話を睨みつける。
「この痣は、あんたがやったのか!」
『ああ。不本意だが、そのお嬢さんも魔術師だったもんでね。やむなく対処させてもらった。残り3分』
「くそ!」
戦闘までの時間がない。できれば自分で神奈を送り届けたいと思っていたが、そんな余裕はない。“生命”の力を使って、覚醒させることにする。
皆葉は神奈の頭に手を当てる。その手から緑色の淡い光が発生して、神奈の全身へ流れ込んでいく。皆葉が手を離すと、神奈の眉がぴくりと動き、瞼が開かれる。
「……うん、兄さん?」
「ああ、僕だ。大丈夫か、神奈」
「ええ、特には……つぅ!」
痣はそこまで大きいものではないが、よほど強く打たれたのだろう。顔を押さえて、神奈は悶える。
治療をしてやりたいと皆葉は思うが、そこまでの時間は――ない。
「すまないが、神奈。今すぐ、ここから離れて欲しい」
「どうしてですか?」
「僕はこれから、お前を拉致した奴と戦わなくてはならない。お前を巻き込みたくないんだ」
「戦う? ……ッ!」
何かに気づいたように、神奈は突然、皆葉の服のジッパーを開けた。
「神奈?」
止めさせようとしたが、遅かった。神奈は皆葉の胸にある、メモリを見つけてしまう。
皆葉の服を掴んだ手が、震えている。
「……兄さん。神の道化になってしまったんですね」
「神奈。どうしてそれを」
「……伯父様の書斎にあったんです。定期的に両親が診療所の掃除をしているのですが、両親について行ったら、たまたま伯父様の戦いの記録を見つけてしまいました」
ぼろぼろと涙を流しながら、悲しそうに神奈は皆葉を見つめている。
「それで、魔術に関する本も見つけたわけか」
「はい。兄さんのリハビリに役立つと思って、主に“生命”に関する練習をしてきました」
リハビリ――たしかに、同じような片方の脳が欠損した人は、腕が満足に動かないとか、原因不明の痛みに苦しむなど、様々な障害を負っている。以前までの皆葉が、片目以外は全回復したのは、神奈の助けがあったからなのかもしれない。しかし、
「魔術を使って、僕に関わる人を排除してきたのか?」
「それは……」
途端に、神奈は目を反らす。聞かれたくないこと――事実であることを、物語っているようだ。
「どうし」
『盛り上がっているところ悪いが、時間だ。封印結界術式!』
追求をしようとしたところ、突如周囲が、薄い赤色の膜に覆われていく。廃工場群をすべて覆うほど――半径約1キロメートル四方が結界に包まれた。同時に、胸のメモリが、警鐘を鳴らしだした。軽い痛みが皆葉を襲う。
「これは、まさか!」
『ああそうだ。射程距離に入ったということだ!』
その声は、携帯電話からだけではなく、車が走ってきた方向からも聞こえてきた。豆粒ぐらいの大きさにしか見えないほど離れているが、人影がある。
皆葉に走った痛み――それは、戦闘が始まる危険を知らせるものだ。神の道化が近づき、片方でも攻撃が届く距離に入ると、胸の神霊石が痛みとして警告をしてくる。不意打ち防止の機能だ。
だが、皆葉の射程距離は、精々数十メートル。人影までの距離は、200メートル以上はある。故に、今の状況は、
「俺が、一方的に攻撃できる距離にな!」
人影――紅蓮が地面に膝を突き、銃器らしきものを構えて、引き金を引く。大きな発射音とともに、何かが飛んできた。
「あれは……対戦車ロケット!?」
対人用どころか、対戦車用の重火器。律華に頼んで様々な銃火器との戦闘訓練をしたが、まさかそこまで規模が大きいものがくるとは、想定外だった。
「くそ!」
着弾まで時間がない。慌てて皆葉は、ピアスを、自身の身の丈を上回る大きさの盾に変え、前に出す。さらに水の力を使い、自分と神奈を、盾ごと氷の障壁で覆う。
その対応が終わった数秒後、ロケット弾は盾に着弾した。地面を揺るがす衝撃が、盾を通じて走るが、どうにか凌ぐことができた。氷は砕け散ったが、盾自体に影響は出ていない。
「ほう? こいつを凌ぐか」
紅蓮は、近くにある廃工場の影に隠れて、再び携帯電話を通して話し出した。
『まさか、お嬢さんも結界に閉じこめられてしまうとは、こちらの不手際だったな』
「だったら、神奈が離れるまで、攻撃を待ってくれないか!」
『言ったはずだぞ。時間が来たら攻撃すると。あとは、自分で何とかすることだな』
その言葉を最後に、紅蓮からの通信は終わった。これ以上、話すことはないということだろう。
「神奈! どうして一緒に閉じこめられたかは分からないが、頼む! 僕から離れてくれ!」
「嫌です! 私も一緒に戦います!」
従順なはずの神奈が、皆葉に逆らってきた。普段なら、微笑ましいと思えなくもないが、そんなことを言っていられる状況ではない。
「くぅ……なら、二手に分かれるぞ。僕は東に行くから、神奈は西へ行ってくれ。くれぐれも、無理はするな」
皆葉の指示に、神奈は黙って頷く。
「神奈。魔術媒介は?」
「イヤリング状のが1個あったのですが、どうやら取られたようです」
「なら、これを使え」
皆葉はポケットに手を入れ、そこから宝石を取り出す。律華からもらった魔術媒介だ。装着できるように、指輪に加工してある。
それを神奈の左手にはめると、なぜか神奈は、頬を赤らめる。
「あの、兄さん。これって、婚約指輪ですか?」
「はい?」
「だって、薬指にはめてくれたから……」
「……」
言葉を失う皆葉。しかし、そんな阿呆なやりとりをする暇は、2人には与えられていない。
再び、大きな音――ロケットの射出音が鳴り響いた。
「くぅ!」
再び盾を作ろうとする皆葉だが、あることに気がついた。目の前にある小型の車の存在を。
「行け!」
先刻生命を与えてあるので、車は創造主である皆葉の意思に従う。命令を受けて、車はロケット弾に立ち向かっていく。
そして、ロケット弾は車に着弾して、バラバラに砕け散った。
「行くぞ、神奈!」
「はい!」
予定通りではないが、とにもかくにも皆葉は紅蓮に接近するため、二手に分かれて走り出した。




