生命のはじまり、火の襲来 第6章ー1
2日後の午後8時。指定された時刻までの残り――1時間。
神皆葉は、今や我が家――元々そうだが――のように暮らしてきた診療所の寝室で、最後の支度をしていた。ポケットが多く、動きやすい戦闘服をミリタリーショップで買い、ポケットに必要な物を入れていく。すぐに食べられる、チョコレートや小さめのドリンク剤。それに、飛び出しナイフやトランプなどが、各部に詰め込まれていく。それらの中には、律華からもらった宝石もあった。
必要な支度を済ませると、皆葉は一階の診療室に降りていった。そこで、竜律華と水無月命が出迎えてくれた。
「実用的かもしれないが、センスが感じられないな」
「先生。いくら本当のことでも、言わない方が良いこともありますよ。ほら、ミナ君が落ち込んでるじゃないですか」
2人がかりで貶され、皆葉の表情が陰りを帯びていく。
「2人とも。こんな時にそんなことを言わなくても、良いんじゃないか?」
「どうしたの、ミナ君。普段なら、気にも留めずに話を進めるくせに」
「ああ、お前は知らないのか。円麗のことを」
律華は語る。バスルームでの一件以来、皆葉と麗は、まったく口を利くことがなかった。それどころか、その翌日には、麗が出て行ったことを。彼女が多少は魔術を覚え、襲撃があっても逃げるぐらいはできると律華は判断したので、帰宅を許可した。
皆葉としては、残り1日という時間しかなかったので訓練に専念したが、心残りがあったようだ。
「そんなことですか。大丈夫、ミナ君。あたしがいるじゃない」
さも嬉しそうな顔をして、メイは皆葉にひっついてくる。麗ほどではないが、結構な大きさが腕に感じられるが、皆葉は何も答えない。
「先生、マズいです。ウブなミナ君が、全然反応しません」
「だろう? 一応訓練はしていたが、どこか上の空で、正直ヤバいとは思っている。まあ、いざ戦闘になれば、どうにかなるだろうがな」
信頼しているのか、律華は『無理だ』ということを言わなかった。楽天的な発言が目立つ彼女だが、すべて実現できることしか言ったことがない。少なくとも皆葉の聞いてきた限りではそうだ。だから、少し安堵の表情が、皆葉から伺える。
「ありがとうございます。では、行ってきます!」
元気良く、皆葉は2人に告げる。
「おう、行ってこい……と、言いたいところだが、その格好では目立つだろう。送ってやる」
「でも、先生の仕事は、僕を鍛えることじゃ」
そう言った矢先、皆葉は軽く律華に小突かれた。
「阿呆。弟子の晴れ舞台を見届けるのは、師匠の務めだ」
「先生……」
どんな顔をすれば良いのか、分からなかった。晴れ舞台というほど華やかな舞台ではないが、皆葉にはその心意気が、どこか嬉しく感じられた。
「では、メイ。頼んだぞ」
「了解です。既に車は回してあります」
こうして、3人は診療所を後にして、車に乗り込んでいく。律華、メイと車に乗り、皆葉が乗ろうとした時、突然皆葉の携帯電話が鳴り出した。
「こんな時に誰が」
発信者を見ると、そこには二日前に喧嘩別れした、円麗の名前があった。
「もしもし」
応答するが、返事は帰ってこない。
「もしもし、ま」
「これから話をするけど、君は何もしゃべらないで!」
その声は、携帯電話からだけではなかった。診療所の近くにある電信柱の方から、大きな声が聞こえてきた。
「……このまま何も言わないままは嫌だったから、電話をしてみたけど……何を言ったものかしらね。君は相変わらずだし……」
振り向けば、呆れた表情をした、麗の姿がある。
「あーあ。どうして君は、そんな風なのかな。鈍いし、はっきりしないし……」
「……」
皆葉は何も返さない。麗に言われたということもあるが、どんなことを言えば良いのか、やはり彼には、分からないからだ。
「ああ、ごめんね。全然気にも留めてないとは思うけど、万が一気にしてたら、て思ったから、話すことにしたの。でも、いざ話そうとしたら、何を話せば良いのか、分からなくなっちゃった……」
それっきり、麗は黙り込む。しゃがみ込み、小さく泣きじゃくっている。
「……」
大きく息を吸って、皆葉はしっかりと麗を見る。
「君の望む答えになるかは分からないけど、一言だけ言わせて欲しい。君には、本当に感謝しているんだ」
「……」
うつむいていた麗は、顔を上げた。
「君は、好奇心からかもしれないけど、僕と話してくれた。僕のせいで危ないことにも巻き込んだけど、僕から離れないでいてくれた。僕が君に当たり散らしても、それでも君は、僕を受け止めてくれた」
「……みな、は君」
立ち上がり、麗はゆっくりと、皆葉に近づいてくる。しかし、その手が届く前に、皆葉は車に乗り込んでしまう。
「もう、行くね。帰ってきたら、ちゃんと君と向き合うから」
最後の台詞を携帯電話で告げ、会話は終わった。彼らの乗った車は発進する。
1人、麗は残される。通信の終わったスマートフォンに、話しかける。
「待ってるから。帰ってくるって、信じてるから!」
心の曇りが晴れたのか、涙は止んでいた。




