生命のはじまり、火の襲来 第4章ー4
食卓を離れて、4人は診察室にやってきた。デスクや診察台、医薬品や治療器具等、それにホワイトボードが置かれている。
「どうして、この部屋なんですか? 4人が入るには、少々狭いと思うのですけど」
3人を代表して、麗が律華に尋ねる。彼女の言うように、その部屋は元来2・3人を収容することを想定されており、4人という人数は多少手狭である。
「それはそうだが、入らなくもないだろ。それにここだと、色々都合が良いもんでな」
律華は封筒から2つの写真を取り出す。デスクにマグネットで固定され、電灯が写真を照らしだす。それは、頭部のMRI写真だった。
「さて、皆葉。これが何だか、分かるか?」
「これは……僕の写真ですか?」
「そうだ。片方は、10年前のお前の写真。左脳が摘出されて間もない頃のものだ。で、もう片方が、昨日彩破が取った写真。どうだ?」
「そんな……馬鹿な」
皆葉は驚く。そこには、あるはずのないものがあるからだ。
「どうしたの、シン君。その写真に、何か変な物が写ってるの?」
「ああ、確かにある」
「どれ?」
「見て分からない?」
「別に、あまり見るようなものじゃないけど、何も変な物はなさそう。ちゃんと写ってるようだけど?」
「言ってて分からないんですか? ちゃんと写っているから、おかしいんです。そうよね、ミナ君」
馬鹿にしたように、メイは麗を見る。
「あんた、私に何か言いたいことでもあるの?」
「別に、何もないですけど? さて、おつむが弱い人は放っておいて、話を続けましょうか。律華先生。今の写真だと左脳が元に戻っているようですが、それは、ミナ君にもう1つの人格ができた理由なのでしょうか」
「あ」
ようやく、麗は理解した。皆葉がかつて失った左脳が、現在の写真には、くっきりと写っているという、異常があることを。
「おそらく、そうだろう。こんな症例は、私も初めてだから何とも言えないが、推論はできる」
「……推論というと、先生はどう考えているんですか?」
女性陣に押されて口数が少なくなっていた皆葉が、口を開いた。
「私の考えだと、お前の抑圧された意識が、『彩破』という形で現れたのだと思う。お前の人生を終始見てきたわけではないから断言はできないが、お前は障害者ということで迫害されてきただろう? それに、片方の脳を失ってからのリハビリも、過酷なものだったはずだ。表には出していないが、他人や自分の境遇を憎んだことは、あるだろう?」
「……」
皆葉は応えない。それを肯定と受け取って、律華は続ける。
「だとしたら、その憎しみを、別の所に押しつけることで、精神の安定を保ってきた。そうは考えられないか?」
「……その考えだと、おかしくないですか? 彩破が出てきたのは、つい昨日ですよ?」
「そうでもないぞ。あくまでもこれまでのお前は、憎しみというものを心の片隅においやってきただけで、1個の人格にはなっていなかった。だが、左脳が再生したことを切っ掛けにして、それが人格を持ってしまった。左脳を中枢とした人格ができてしまった――それが、私の見解だ」
「…………つまり、右脳の僕と、左脳の彩破、ということですか」
「そういうことだ。さて」
律華は立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。ちょうど、授業でもやっているかのような光景だ。
「ここからが本題だ。彩破のことも関連するが、お前とメイ、それから昨日戦っていた男に関する話だ」
「先生」
麗が挙手をする。
「何だ、円麗」
「何で、生徒会長とあの軍人ぽい人が戦っていたんですか? それに、何で私たちが巻き込まれたんですか?」
「おいおい、話の腰を折るなよ。これから話そうとしていたところなのに。まあ良い。正確に言えば、巻き込まれたのはお前だけだ。私は間接的に関わりがあるし、皆葉は完全な当事者。そこのメイとも、そのうち戦うことになる」
「……僕とメイちゃんに、殺し合いをしろと?」
睨みながら、皆葉は問う。
「別に、私が要求しているわけじゃないさ。ただ、いずれ戦うことになる。でなければ、2人とも死ぬ」
「どういうことですか!?」
「ここから先は、メイ。お前が説明してやれ」
「分かりました」
メイが立ち上がり、入れ替わりに律華がメイのいた椅子に掛ける。
「まず、ミナ君。自分の胸を見てもらえる?」
「胸? あの、模様のあるところ?」
「そう。どうなってる?」
言われてシャツを開いて見ると、そこには昨日見た模様がある。だが、『XXX』と描かれていたのが、今では『XXⅢ』になっている。さらに、数字の隣に1つ、小さな青い星状の模様ができている。
「その緑色の記号は、君の残りの命を示しているの。ローマ数字で数を表していて、残り23日。1日毎に1つ消費されていくの。あたしも、大体似たようなものよ」
そう言って、メイは制服の上着を脱いで、下着を外していく。
「メイちゃん!?」
「恥ずかしがらなくても良いでしょ? さっきは直に触ってたんだし」
クスリと艶っぽく笑い、メイは柔肌を露わにする。
「どう? あたしのは、『XXⅣ』になってて、緑色の星がある。この青色の部分が、あたしの残りのメモリ。つまり、残り24日があたしの寿命」
思わずガン見しそうになるが、皆葉はメイの紋章を真剣に見る。
「……君のと僕のとでは、色が違うようだけど。それに、僕の方が1つ少ない」
「それは、あたしと君の神霊石が違うから」
「神霊石?」
「文字通り、神霊の力を宿した石。それを手にした者は、神の道化と呼ばれるの。色は神の道化ごとに異なっていて、与えられる属性も違ってくる。――ついでに、魔術についても説明しましょうか」
乱れた服を整え、メイはホワイトボードに文字を書いていく。中央に縦線を引いて、左側に上から火・赤、天・黄、光・白。右側には水・青、地・茶、闇・黒と書かれ、最後に中央の上に生命・緑と記す。
「神の道化に与えられる神霊石は、これらの中の1つ。あたしは青――“水”で、あなたは緑――“生命”。これらの属性は、魔術師が使う魔術の属性にも対応していて、簡単に言えば、神霊石を持ってる属性は桁外れの力が使える。たとえば、1個の都市を壊滅させるほどの爆発を起こしたり、大洪水を起こしたり、て感じ。あなたも見たでしょ? あの迷彩服の男が、学校の正門付近を跡形もなく消し飛ばしたのを」
「ああ、そういえば」
皆葉は言われて思い返すと、正門付近の周囲500メートルは、完全になくなっていた、ような気がする。
「で、あたしたち神の道化は、お互いの神霊石を賭けて、戦わなければならない。それには期限があって、神の道化の属性のメモリがゼロになるまで。ゼロになると、神霊石が活動を停止して、神の道化は死ぬ」
「ちょっと、待ってよ」
再び、麗が挙手をする。
「何ですか、おつむが弱い、お邪魔虫さん」
「むぅ……その神霊石とやらが活動を停止して死ぬ、って今言ったけど、どうして?」
「神霊石は、あたしたちの心臓の位置にあります。これがどういうことか、分かりますか?」
「質問に質問で返さないでよ。知ってるんだから、さっさと答えなさいよ」
「はあ、やれやれ……つまり、心臓が、神霊石に変化させられているということです。ミナ君。一昨日、知らない女に心臓を槍で貫かれたって言ってたけど」
その一言に、皆葉は気づく。
「……そうか。あれは、人間ではなく神霊だった――というわけか。そして、神霊によって、心臓が変化させられてしまった」
「そういうこと。本来なら、神の道化になった瞬間に神霊から説明があるけど、あなたの場合はどうも例外みたい」
「例外……彩破か」
「ええ。神の道化になると、それまでにあった病気や欠損は、全部完治されるの。満足な状態で殺し合えってことね。それで、あなたの場合は左脳が復活して、彩破という人格ができてしまった。あなたが神霊の存在を認識できていないとしたら、おそらくは、彩破が神の道化として認定されていると思う。ミナ君。あなた、神霊は感じられる?」
「いや、そもそもどうやって神霊と話ができるのかすらも」
「なら、目を瞑って、自分の心臓のある場所に意識を集中してみて」
メイの指南に従って、皆葉は瞑想する。だが、
「……ダメだ。神霊のシの字すら、感じられない」
「だったら、あなたは神の道化じゃない」
「でも、そのメモリとやらは、シン君の身体にあるわけでしょ? だったら、彼は神の道化じゃないの?」
「関係ない人は黙っててください。正確には、『神皆葉』というハード――肉体は、神の道化として認定されています。けれども、それを扱うソフト――精神は、ミナ君ではなくて、彩破が認定されている、ということです」
「つまり、結局は僕も、戦わなければならない、というわけか」
深刻な現実を突きつけられ、皆葉は落胆する。椅子から立ち上がり、診療室から出て行く。
「おい、皆葉。話はまだ残ってるぞ?」
律華が呼び止めると、皆葉は振り返る。生気のない眼差しで彼女を見据えて、
「すみません。少し、一人にしておいてもらえませんか?」
去っていった。




