生命のはじまり、火の襲来 第3章ー3
新緑高校のグラウンドは、校舎から1キロメートル離れた、坂道を下ったところにある。近くには墓地があり、昼間には慰霊に来る者もいるが、日が落ちるとまったく人はいなくなる。学校側からも本日は立ち入り禁止にされているので、万が一にも一般人が巻き添えを食うおそれはない。
水無月命は、そのグラウンドの中央に立っていた。普段通りのブレザー姿だが、いつもの彼女とは違い、装飾品が目立つ。両耳にはイヤリングがあり、両腕、両足にはそれぞれブレスレット、アンクレットが着けられている。そして、右手の人差し指には、青い宝石のついた指輪が身につけられている。
グラウンドにある時計を見ながら、彼女は来訪者を待っていた。
* *
「時間ぴったりとは、関心ですね」
時計の針が午後7時を指した時、その人物は現れた。
赤い短髪の、迷彩服を着込んだ中肉中背の男。年齢は二十代の半ばぐらいだろうか。顔にはいくつかの傷跡があって、歴戦の兵士のようだが、表情は柔和で、人に受けいれられ易いだろう好青年のような外観。右手には突撃銃が握られていて、左手には手甲が装備されている。
男は、メイから20メートルほど離れた場所で歩みを止め、軽口をたたく。
「デートの待ち合わせに遅れるのは、男としては厳禁だからね。さて、お嬢さん。君が、俺と踊ってくれるキャストということで、間違いないかな?」
「石の反応で確認できるでしょう?」
「ああ、確認済みだ。諜報員が名乗るのもおかしな話だが、自分を殺す相手の名前ぐらいは、知っておきたいだろう。とりあえず、自己紹介させていただく。俺の名は、豪紅蓮。本名かどうかも怪しいが、そう覚えてもらえれば結構だ」
恭しく、お辞儀をする男――紅蓮。その無粋な出で立ちには、まったく似つかわしくないものだ。
「あなたに興味はありませんが、名乗っていただいたのなら、私もお返ししましょう。水無月命です。短いお付き合いになりますが、どうぞよろしくお願いします」
同じように、メイも礼を返す。
「では、始めようか」
紅蓮は突撃銃を構え、即座に発砲した。その発射音が、開幕の狼煙となった。
いくつもの銃弾が、メイに襲いかかる。しかし、メイは慌てることもなく、
「ええ、始めましょう」
右手を前に翳す。青い指輪が輝き、彼女の眼前に氷の盾が現れ、銃弾を止めた。突撃銃は銃弾を吐き出し続けるが、氷の盾にはヒビすら入らず、やがて稼働を止めた。
「今度は、こちらの番ですね」
メイは、氷の盾を、紅蓮に目がけて投げた。単調な攻撃。紅蓮は難なく避けるが、それはメイの計算通りだった。
「ブレイク!」
命令が下る。紅蓮の横を通り過ぎた氷の盾は、その場で砕け、四方に飛び散った。すかさず、メイは攻撃する。
「避けられるものなら、避けてください」
青い指輪が輝く。メイの指先から、今度は白い閃光が放たれる。文字通りの光の速さで飛翔する閃光は、一瞬で目標に到達する。しかし、紅蓮はメイの指の向きから着弾地点を判断し、回避する。だが、メイの攻撃は、それでは終わらなかった。
「な……に?」
紅蓮は、右足に痛みを覚えた。太股には小さな穴が空けられており、それは先刻回避した、閃光と同じ大きさのものだった。
「さあさあ、惚けている暇はありませんよ!」
続けて、メイは閃光を放つ。今度は十指すべてからだ。
「く……!」
回避する紅蓮。だが、間を置くことなく、十本の光が彼の身体に突き刺さる。
(おかしい。あのお嬢さんの攻撃は、確かに避けたはずなのに)
一発一発が軽いおかげで、致命傷というほどの損傷ではない。だが、攻撃を受け続ければ、いずれは敗北に追い込まれる。紅蓮は焦りを覚える。突撃銃の弾倉を交換しようにも、その隙が見つけられない。
(避けたのに、見当違いの方向から狙撃される。まるで、全方向から狙い撃たれているような……そういうことか)
紅蓮は周囲を見渡す。目を凝らしてみると、先刻砕け散った氷が、何度も光を発している。すなわち、
「氷を使った反射攻撃……というわけだ」
そう。メイの攻撃は、氷を使って閃光を反射させることで、全方位から狙撃するというもの。投擲した氷は、防御のための盾であり、また同時に攻撃を補助する道具でもあった。
「マジックの種が割れたからといって、あなたに手がありますか?」
メイは、自分の戦術に自信を持っていた。たとえ攻撃のカラクリが判明したとしても、それを防ぐことはできないからだ。
反射する氷は無数に飛び散っており、そのすべてを壊すことは容易ではない。また乱反射する閃光を防ぐのは、全身を何らかの防御壁で覆えばできるが、そうすると身動きがとれなくなり、メイに大技を放つ隙を与えることになってしまう。つまり、相手に打つ手はない――そうメイは確信していた。しかし、
「たしかに、君の戦術は優れているよ。他のキャストが相手なら、このまま完封できただろう。だが、相手が悪かった」
紅蓮は、閃光をその身に受けながらも、たじろぐことなく、その場に立っていた。瞳を閉じ、精神を集中させている。
「そう。この俺相手では、全然、不足している。学生に対して言うなら、こんな感じかな?」
紅蓮の瞳が、かっと開かれる。
「赤点だ!」
その瞬間、紅蓮の周囲が炎に包まれた。火炎竜巻が巻き起こり、メイの放った氷がすべて溶かされていく。同時に、乱反射を繰り返していた閃光も、炎に呑まれて消えていった。
「くぅ! まさか!」
「そう。いきなり抜くとは、思わなかったかい?」
火炎竜巻の中から、紅蓮の声が聞こえてくる。竜巻は、発生したのと同じ勢いで、拡散して消えていった。
「神霊結晶――炎月輪!」
炎の中から現れた紅蓮。だが、突撃銃はその手にはなく、代わりに赤い籠手が、右腕に装着されている。左手の甲には、丸い太極紋のような意匠が施された、盾がある。
「さあ、赤点を取った子には、お仕置きをしなくてはならないな。覚悟はできたかい?」
盾が形を変える。太極紋が左右に別れ、一本の長弓を形成する。紅蓮が弓の弦に触れると、そこには一本の矢が現れる。
「さよならだ、お嬢さん」
無慈悲な一射が放たれる。
「そんなもの、当たらなければ」
瞬時に、その射撃の強力さを判断したメイは、回避を選択した。いくら強大な一撃でも、当たらなければ、効力を発揮しない。
メイは、側転で矢を避ける。
「どうということはない!」
即座に体勢を整え、メイは接近戦に持ち込む。腕輪と脚輪が四肢を多い、それぞれが籠手と脛当になる。メイはそれらを駆使して攻撃する。
「ふん」
紅蓮は、弓を元の盾へと形状を戻し、同じく格闘で応戦する。
「は!」
先制攻撃をしたのはメイ。だが、その拳は空を切るだけだった。紅蓮の反撃もあるが、メイもまた、当たらずに済んでいた。
両者とも、互いの攻撃を見切り、決定打が打ち込めず、膠着状態となる。その時、紅蓮の口が開いた。
「とりあえずは、及第点といったところか。だがな、お嬢さん。回避を選択するなら、ちゃんとその攻撃がどこへ向かっているか、確認した方が良い」
「何を言って」
「君は気づかなかっただろうが、俺は回避運動を続けながら、向きを整えていた。そう、君が俺の攻撃を、避けられないように、な」
「だから、何のことですか」
分からない。メイには、この男が何を言っているのか、理解できない。しかし、紅蓮の講釈は続く。
「君は気づかなかったか? 俺がここへ来る途中、巧妙に隠れてはいたが、三人の人間がいたことを。君との約束があるから放置したが、その内の一人からは、キャストの反応があったのだがね」
「そんなこと」
あるわけがない。彼が寝ている間に確認したが、キャストらしき痕跡は見あたらなかった。彼が、キャストであるわけがないのだ。そう、メイは紅蓮の言葉を否定する。
「まあ、こんな時間にこの場所にいたのだ。少なくとも、君の関係者だろう。だったら、もう少し注意するべきだったのではないかな?」
「……まさか!」
「そう。君が避けても良いように、彼らがいる方向に撃ったんだ。だが、君はそのことに気づかず、即座に回避を選んだ。ということは?」
紅蓮の台詞が終わったその瞬間、彼の射撃が向かった方向で、大きな爆発が巻き起こった。赤い爆炎と共に、三つの人影が空を舞っている。遠目ではあるが、メイにはそれが誰であるのか、瞬時に理解できた。
「そんな……ミナ君!」
「おっと、よそ見をしてる暇はあるのかな?」
一瞬だった。ほんの少し、メイの意識が余所へ向いた瞬間、二つ目の惨劇が起きた。
「あ……!」
メイの左腕が、篭手を装備した紅蓮の手に捕まれる。瞬間、腕が燃焼した。捕まれた箇所が溶解し、切断される。さらに、切断面から炎が、徐々によじ登ってくる。
「いやあああああ!」
激痛に襲われながらも、メイは右手から氷を放出して、消化と止血をする。だが、痛みは治まらない。涙を流しながら、メイは逃げまどう。
「おっと、君に逃げ場はないんだよ」
紅蓮の盾が、姿を変える。太極紋が左右に展開して、半月状――ブーメランとなり、投擲される。
「あう!」
ブーメランが、メイの右足を切り刻んだ。脛当越しでもその刃は肉を裂き、メイは転倒する。
「さて、これでチェックメイトだな」
紅蓮は、ゆっくりとメイに近づく。左手に、迷彩服から取り出したリボルバー拳銃を装備し、メイの頭に照準を向ける。
「いや、いや……!」
死にたくない。そう、メイは思った。だが、彼女は身を守る術を思いつかなかった。眼前に迫る死の恐怖に圧倒されたのか、彼女はただただ、怯えて後退りするだけだった。
「さよならだ、お嬢さん」
鈍い音が――その場に木霊した。




