生命のはじまり、火の襲来 第2章ー5
一限目の授業中、少女は校内放送で呼び出されていた。学内でトラブルが発生した場合、一般的な事件は教師陣が担当するが、彼らでは対応できない事態の場合、彼女が対応をすることになっている。
少女は、保健室の扉を開けた。そこには、ベッドで眠る神皆葉と、彼を見守る竜律華の姿があった。
「彼の様子はどうですか?」
少女の声に反応して、律華は振り返る。眼鏡を外していて、口調もクールなものだった。
「大丈夫だ。今のところ、落ち着いている。だが、お前に聞きたいことがある」
「分かっています……彼は、違います」
「そうか。私もそう考えはしたが、屋上での有様を見ると、もしやと思ってな」
「屋上での有様? 何があったんです?」
「皆葉に因縁をつけた阿保どもが、返り討ちにあったという話だ」
「返り討ち……ですか。今の彼は知りませんが、データを見る限りは、想像できませんね」
「ああ、私もだ。だから、慌てて駆けつけたのだが、私の出番は少しだけで済んださ。だが、その出番が問題だ」
「というと?」
「過去の私と、同じような状況にあるのかもしれない。阿保どもをのしたのは良いが、突然頭痛に苦しんでな。治まりそうにもなかったから、ちょいと力を使って眠らせた」
「その時、誰か側にいませんでしたか?」
「円麗がいた。皆葉と仲良くしている女子だ。だが、あいつは完全にトーシロだ。見えていなかったから、発覚を恐れる必要はないはずだ」
「そうですか。とりあえずは、そちらの件については安心しても良さそうですね」
少女はほっと息を吐き、皆葉の頭を撫でる。愛おしそうな眼差しで、彼を見つめていた。
「さて、私の方からの報告は以上だ。そっちは何かあるか?」
少女の素振りを見ながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべて、律華は彼女に問う。
「何ですか、その顔は。一応、私がここのボスなんですけど」
「ああ、分かっているさ、会長様。私はお前が、他の猫にその子を取られないか、心配しているだけさ」
「そんな心配はしなくて結構です。それで私からの通達ですが、律華先生。今日は通常授業が終了後、全生徒を帰宅させてください。他の先生方には既に通告してあります」
「何かあったのか?」
「ええ。本部から連絡がありまして、本日一九〇〇に、CIAのキャストが来ます」
「CIA? 今回の舞台はこの新緑市だ。なぜ、米国にキャストが現れる?」
「詳細は不明ですが、この都市に潜入中の諜報員が、選ばれたらしいです」
「なるほど。それで、ここで戦うというわけか」
「ええ。両国での話し合いの結果、被害を最小限に抑えるために、キャスト同士の一対一の勝負で、雌雄を決することになりました。場所は、グラウンドです」
「そうか。なら、以前にも話した通り、私が力を貸す必要はないわけだ」
「そうです。ただし、万が一生徒が残っていた場合には、フォローをお願いします」
「分かっている。可愛い教え子のためだからな」
律華は立ち上がる。同時に、授業の終了を告げる鐘が鳴った。
「さて、私は二限目から授業だ。お前はどうする?」
「戦闘の準備をしなければなりませんので、早退ということにしておきます。それと、律華先生。彼を研究区で検査しますが、移送の際には、護衛をお願いできますか?」
「了解した。ただ、場合によっては、円麗も同行させることになるかもしれないが、それは構わないか?」
「問題ありません。どのみち、彼女を放置しておくことはできませんから。あなたの判断だけでは、頼りになりませんしね」
「そいつは手厳しいな」
「仕方ないでしょう。あなたと違って、責任が重いのですから」
「まあ、それはそうだがな。ともかく、死なないように頑張れよ、メイ」
「ええ、ありがとうございます」
律華は保健室を後にする。残された少女――水無月命は、
「あなたは違うよね、ミナ君」
祈るように呟き、どこかへと姿を消していった。