それぞれの思惑をはらんで
*またゼット視点です。
この屋敷にはゼットの部屋はない。
それは妹のエレッザが【ナガラー】の後継となった時に王宮に部屋を賜り、自分は本格的に冒険者として活動し祖母アオイの屋敷を訪れる頻度が少なくなったため、祖母が「じゃあ寮に改装しちゃうからね!」と決定してしまったからである。
ゼットやエレッザが祖父母と暮らしていた屋敷の面影は、現在はすっかりなくなってしまっている。
*
ゼットにあてがわれた客室でアオイがブツブツと何かを呟きながらノート(日本で購入した)に何かを書き込んでいる。
「おばあさま。いい加減にお部屋に戻られてはいかがですか?部屋の前にはりついているサリエルの気配も邪魔なんですけど。」
ゼットは祖母が何かに没頭している時に話しかけても無駄と解っているが、何刻も居座られては行動に差し支えるので追い出したいと思っていた。
「ファン君と違って魔力の運用が超効率的ってワケじゃないのよね・・・。」
その独りごとにゼットは明後日の方向をむき、ため息をついた。
「どこかで別に・・・。いや、それだとダメだ・・・。魔力の補給でも・・・。でもあの様子だと・・・。」
祖母はさきほどのアリサのことを検討しているようだ。
最終的には"異世界間移動"にたどり着きたいのだろうが、今はその糸口もつかめそうにないようだ。
考えを纏めるために独り言をいう癖はあるが、心を許した人間の前までしかその姿を晒さない。
せっかく邪魔な人間が"なんとかなりそう"なのに、アリサがこの屋敷に来てからは祖母が常に目を光らせている。
実験という『名目』で眠っているアリサを魔力で包んでその反応を楽しんだが、それを目の当たりにした祖母の探究心に火を灯してしまったらしい。
「サリエル。ここで祖母についていてくれ。」
ドアの傍まで行って声をかける。
ドアの向こうからは堅い声で「アオイさまより、ゼットさまを目の届かない場所へとやるなと申しつけられておりますのでお断りいたします。」と返答があった。
(ちっ、忠犬め。)
サリエルだけなら振り切ることはできる。
ただし、祖母からは逃げることはできない。
圧倒的な力の差。
それは覆すことのできないものだった。
(まあ、あちらは実質"詰み"まであと一歩だ。)
祖母もそこそこまでは力を貸すだろう。
お気に入りの"おもちゃ"のために。
だが、すべての助力はない。
長い間近くで祖母を見てきた自分にそれだけは断言できる。
一瞬だけ浮かんだゼットの昏い笑みは、誰にも見とがめられることはなかった。
「ゼット。」
ひやりとした何かをはらんだ祖母の声で振り返ると、今まで一人でブツブツ言っていた祖母はこちらに顔を向けていた。
「ファン君みたいに生活魔法程度で魔剣を発動した場合なんだけど・・・。」
「ご自分で試して下さい。」
ドアに寄りかかって今日何度めかの溜息をわざとついてみせる。
「私がやったら最小でも威力が大きすぎるから、ゼットがほとんど力を抑えた状態でやってみせてよ。」
それに細かすぎて面倒・・・と耳に届くか届かないかの声が続いた。
サリエルに頼めばどんな無茶な頼みごとでも喜んで引き受けるだろう。
ただ、祖母は合理性を望むので、時間がかかるであろうサリエルよりもすぐに可能な自分にふってくるのだ。
「おばあさまは"結界"や"転移"の術式はあんなに繊細なのに変なところで大雑把ですよね。」
「変に省いてどこにふっとぶかわからない"転移"なんて自分の身をもって知りたくないわよ。」
祖母は何を考えているかわからない表情のまま手招きをする。
「貴族院も今回は仕事が早かったから、ま、短くて1年の間には解明したいわね。」
「『彼だけに限っては』では?」
自分が少し歩を進めると、祖母は首をかしげて「彼女がこちらを拒絶したらもう私たちには手の施しようはないのよ。」と表情の変わらぬまま告げる。
「そうですね。できればその時は一緒に向こう側に渡っておきたいものです。」
「・・・アンタは昔からそういう子だったわね。そうならないためにも、スノグに会わせておきたいんだけど。」
祖母が自分から視線を遠くに彷徨わせる。
「一年で彼がSSSランクにでもなれば、彼女が王の庇護がなくても事態を打開できるのにねぇ。」
「もし祖母でも一年は無理でしょう。そして王の庇護があっても無理なものは無理だと思いますよ。」
どうして祖母がそこまであの彼の肩をもつのかはわからない。
そもそもSSSランクなどは名目だけで、今まで一人としてその功績を成し遂げたものはいない。
それに一番近いものといわれるSSランクすら過去に一人存在したにすぎない。
「一年経ったからと言って死ぬ訳でもないですし、大げさではないですか?」
祖母は小さくかぶりをふると「・・・そうね、私の考えすぎ・・・、だと思う。」と視線をこちらに戻した。
「ゼット、おいたはなしよ。検証につきあいなさい。」
ノートをパタンとたたんで"収納"した祖母は、テーブルに手をついて立ち上がった。
「彼をAランク遺跡の最奥に連れて行ってクタクタなんですけど、今度にしていただけませんか?」
「そんなヤワな孫を持った覚えはないわ。鍛えなおしてあげる。」
「かわいい孫の味方はしないんですか?」
「可愛いからこそ厳しくするのよ。・・・どちらも、ね。」
ああ言えはこう言う。
「とりあえず彼の実力の底上げを優先しませんか?」
「・・・ゼット。」
一瞬祖母の目が光ったように見えた。
「アリサちゃんと関わって少し甘くなったんじゃないの?そんな調子だとすぐにファン君に追いつかれるわよ。」
アリサのように軽い暗示をかけられて誘導された訳ではないが、そこまで言われて引き下がる訳にもいかない。
「いいでしょう。おつきあいしますよ。」
ドアの前まで引き返し、スッとドアを引くとサリエルが頭を下げていた。
長らくおまたせいたしましたm(_ _)m
話の方向は決まっているのですが、リアルが多忙でなかなか頭からアウトプットできませんでした。