閑話 * クロオビ国訪問記 *
アオイさんの過去話です。
「絶対!二度と!こんな国来るもんかー!!」
憤る妻の首根っこをつかんだまま、夫である相楽零児は深くため息をつき「それ無理。次は国王の随身で来るだろ。」と馬車の窓から遠くに見える城門を見遣った。
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アオ=ナガラーこと相楽葵(旧姓が前島のため当時はアオ=マエジャーマの方が名が通っていた)は、噂の"クロオビ国"への訪問を心待ちにしていた。
この頃は国交が存在しても、魔物の出現率は抑えられたばかりでなかなか外国まで旅をするというものは少ないという事情があった。
ちょんまげに和装っぽい服装の絵で解説された時に、故郷に二度と帰れないアオイになんらかの期待が高まっても仕方ないというものであろう。
ティルディグに召喚されてから一度日本に戻り、彼女たちの時間で十数年を経てまたティルディグに戻された彼女たちは以前滞在していた頃よりも強力な存在になっていた。
ひとつは相楽零児のもつ王国の知恵袋と呼ばれるほどの膨大な知識量、そしてその体に見合わぬ魔法剣の力。
もうひとつは相楽葵のもつ同時代に比肩する人間が存在しないほどの魔力量と新しい魔法を行使する力。
建国して150年の歴史の浅い国かつ魔物たちによる動乱期であったことも彼女たちが受け入れられた要因かもしれない。
涙の別れをした数瞬のちにバツの悪そうな顔で姿を現し「戻されちゃった、てへ☆」と戻ってきた彼女たちは王やその側近達に呆れられながらも、今度こそこの地に骨をうずめることになった。
彼女たちの中では十数年の時間が経っていたとしても、ティルディグの面々にしてみれば姿の消えた一瞬ほどのことであった。
その一瞬の後からは二人は以前にも増して強大な存在に変わっており、そこから新しい物語が始まるのだがそれはまた別の話である。
話は戻るが、彼女たちがクロオビ国に派遣されるきっかけとなったのが、アオイが魔法における"収納"と"転移術"を身につけたことによるものだった。
転移術を行うためには一度行った場所であることが重要なため、相楽夫婦は正式な国の使者としてクロオビ国に向かった。
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「時間短縮のために途中まで転移できたけど、その先の一か月・・・長かった~。」
「こんな遠くなのによく国交があったもんだな。」
飛竜種で来なかったは彼が既に年老いているというのもあるが、他国に侵略の意図ありと誤解されては困るし、国の使者ということで他国を通過する時には公用の馬車でというのが望ましいため馬車での道行きとなった。
「クロオビ国は二千年以上の歴史のある大国だから、新参国としては昔から事あるごとに顔を出してたってスノグが言ってたわよ。」
スノグ・・・すなわちピリスノグ=ジュツド=ソル=ユーティモルド王、いわゆるピリスノグ三世と呼ばれるティルディグの王のことである。
「自国の王を呼び捨てにするな。」
「本人がいいって言うんだからいいでしょ。」
コメカミをおさえる夫に、王という大人物を釣った実績のある妻はあっけらかんと言い放つ。
「まぁ、今ここに私があるのも将軍のおかげだけどね。」
そうして葵は公用の顔をつくると雰囲気を一変させた。
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城にあがる前に通されたのは瓦葺とは似て非なるもので構成された木造や白く化粧された土造りの和風なお屋敷、内装も障子ではなく華美な彩色で鳥や花など書かれた襖があり、履物を脱いだ先は座敷ではなく板の間にテーブルだがそこは仕方がない。
ティルディグはテーブルと椅子を使うので客人のために配慮されているのかもしれない。
茶色い髪や金髪の人間が多く、身分ある男性はちょんまげを結い和装にしては奇異な服装の人のような気がする。
使用人とおぼしき女性は白と紫の矢絣模様の貫頭衣に紫の帯をリボン結びで締めている。
クロオビは機織物が有名な国であるそうだ。
女性の髪は長い髪全体をふんわりと後頭部に持っていき、ドーナツのような髷が縦に頭の上についている状態だ。
国に入ってからみかけた女性と髪形は変わらず、身分による髪型等の違いはないように思えた。
晩餐に用意されたのは海の幸をメインとする料理、蓋のされた陶器製の茶碗、蓋のされたこれまた朱塗りのお椀、そしてティルディグでみることのない朱塗りの"箸"を見て葵の期待は一気に高まった。
「ティルディグの方たちには我らの作法は難しいかと存じますが、ご希望とあらば。」
そう言って用意されたものを前にして蓋を開けた瞬間、アオイは目に見えないながらも落胆した。
(なぜ茶碗にパスタ?!)
お椀にはポトフのようなものが入っていた。
「アオイさま。ハシがお上手ですね。正式にはこのように・・・。」
そう言って小指を立ててみせてくれる。
そして醤油のような色のした物体は魚醤ですらなくバルサミコ酢の味がした。
夫であるレージはそのポーカーフェイスで如才なく振舞っている。
ここは異世界と心の中で呪文を唱え、アオイも笑顔でそれらをやりすごしたのだった。
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「だからここでは米はとれないと言ったじゃないか。」
むっつりと不貞腐れている妻の機嫌をとるでもなくレージは明日からの予定のチェックに余念がない。
妻は有名人だが、真の外交に向いていないことは夫であるレージはよく把握していた。
「絶対地球からきた日本人じゃないし!」
「・・・二千年もすれば別の文化になっていてもおかしくないからそれはなんとも言えないな。」
どこかにクロオビ国の間諜が潜んでいたとしても、日本語で会話する二人を理解できないだろうと結界も施さずに話している。
結界がなくともアオイは体の一部に触れていれば接触テレパスもどきの一方的な話しかけはできるのだ。
「戻ってくる前に"収納"さえ理解できていれば・・・!」
「あまり米コメ言うな。食べたくなる。」
彼女たちの時間で数年のブランクののち日本に戻って最初にしたことは米を食べることだった二人。
ティルディグに戻された時に持っていたものは運悪く財布くらいだった。
「この国にはイネ科に近い家畜用の穀類があるらしいから帰るまでに調べておきたい。」
「是非ともそうして欲しいわ。」
自分たちには時間があるはずだ。
イネ科の植物があるなら長い時間がかかっても改良を待つという手もある。
この時は勝手に期待して落胆しただけなので、アオイのクロオビアレルギーはそうひどいものではなかった。
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「ショーグン・カネッサ・タイラードノ様、ご出座~!」
ドラムロールの流れる中、相楽夫婦は平伏していた。
(ぜったいカンチガイしてるよね、この国。)
アオイが一方的に心話を送っている。
クロオビ国王の名前はショーグン・カネッサ・タイラードノというのだが、ある程度の身分の名前にはドノがついており、しかもショーグンは役職ではなく名前だったりする。
自国の王も名前を継ぎ、ピリスノグ三世を名乗っているのだから、代々ショーグンを名乗っても不思議ではないが、アオイとしては"将軍"と変換されてしまう名前だ。
(お偉い大臣の名前がカロー・ミツイドノ殿だったり、城の警護をしていそうな人の名前にニンジャが入っていたりって・・・家老と忍者かい!)
最初は笑いを堪えていたアオイも最後には内心辟易していたようだ。
しかも頭貫衣でなく、布地の厚い白の柔道着のような服(ズボンのすそは広がっている)に紅白の帯をしめている国王の横に、巫女装束(袖なし)に紅袴のようなものを身につけ、その艶やかな金髪をツインテールをしている王妃がいた。
「赤と白は我が国では特別な色なのです。」
そう・・・謁見の間には紅白の幕が張り巡らされている。
アオイも突っ込む気力を失っているようだ。
二千年以上歴史のある大国では"こちら"が彼らの常識であり、アオイたち異邦人は中途半端な"知ったかぶり"をしているような扱い(正式な国の使者であるため表立って指摘されることはないが生暖かい視線をもらう)を受けたように感じることがままあった。
なまじ日本生まれで日本の文化に馴染みのある二人には、この国の常識に対し違和感が大きすぎたのであった。
使者として約一カ月の滞在を無事につとめあげた二人は笑顔でクロオビ国の城を出立した。
城門を後にして遠く離れた場所まで移動した時に冒頭に戻る訳であるが・・・。
ティルディグの国王が大名行列で花で飾られた輿に乗り、なぜか龍踊りを含む黒帯をしめた道着のダンサーの演舞(演武?)をひきつれて共に街を練り歩くのは、これより二年ほど先の話になる。
しかもそれが最後ではなく、それからも幾度となくクロオビに赴くことになることを彼女は知らない。




