「後生ですから」
たっぷりと首都観光を堪能した後、小型のウマにひかれた馬車でアオイさんの館に到着した時にはファンはゼットさんと外出したとのことだった。
実はウマは大・中・小で生態や種類が違うらしいが、見た目はあのウマなので皆"ウマ"で統一していると護衛騎士の二人から雑学を教えてもらった。
「じゃあ、アオイさんに挨拶しに・・・。」
そう言いかけてエルザさんをふりかえると「アオイさまならあと半刻ほどで訓練を終えられ戻られます。その前にファリサ様のお召し替えをいたしましょう。」と微笑みをもらった。
気がつけばローザさんも音もなく私の横に立っていて「湯浴みの用意もさせてあります。街での汚れを落として下さいませ。」と微笑んでいる。
二人とも顔に『逃がさないわよ』とハッキリクッキリ書いてある。
「・・・私で着せ替えしたいんですね?」
「「もちろん!!」」
どうして私で着せ替えして楽しいのかわからないが、この異常事態にも慣れつつある自分もこの世界に少し毒されつつあるようだ。
*
初めてアオイさんの館に連れてこられた時には"洗浄"で水をぶっかけられた私。
あの時は血や汚れが酷かったというのもあるけど、いまは至れりつくせりで洗っていただいている。
自分で体を洗えというのも、私がどう動くか確認したかったそうで・・・。
ぶっちゃけ何か危険があるかもしれないし、人数がいても近づかせないにしていたそうだ。
だーかーらー!
どうして私にそういうことを言っちゃうの!
今はアオイさんの「慣れておいた方がいいから。」の一言でエステコースまで強制執行状態だったりする。
母親がアオイさんと付き合いが長いというダリアさん曰く、生き別れになった娘をファリサ様と重ねているのではないかということだ。
アオイさんの娘のシオンさんは日本にいれば20才くらい・・・こちらに来ていれば今のアオイさんよりも見た目年齢が上だろうと思われる。
アオイさんと似ている娘さんとの共通点なんて、日本人で同じくらいの身長、そして性別くらいしかない。
それでもそういうことを言われたら、肉体的に害もないしつきあってもいいかと思ってしまう。
ティルディグ自体が非日常だから受け入れられるのかも。
お風呂から上がってエステコースに突入し、夢見ごこちで半分眠りの世界に足を突っ込みかけていると「晩餐の前にアオイさまがこちらに渡られるそうです。」と独特のアニメ声が聞こえた。
「ファリサ様、お疲れのようですね。後で起こしますから眠っても結構ですよ?」
「あ・・・はい。スミマセン。歩きまわったせいかなんか眠くて。」
うつぶせの状態で目を閉じる。
ローザさんもエルザさんも一緒に歩きまわったのに、帰ってきてから若草色のドレスの侍女さんと一緒に働いていて一人だけこんな状況で申し訳ない。
心の中で思っていたのに口に出ていたようで「まぁ、ファリサ様。こう見えても騎士ですから体力には自信がありますわ。」とコロコロ笑う声が遠くに聞こえた。
*
夢を見た。
私が出掛ける前、アオイさんの部屋の中からファンの声が聞こえた。
「後生ですから、今日は・・・。」
アオイさんに何か懇願しているようだ。
いつも強気なファンもアオイさんには弱いらしい。
「駄目よ。次に亜莉紗ちゃんに会うまで時間があるでしょ。」
この後、少し開けてあるドアをエリザさんがノックして、気づいたアオイさんが笑顔で手招きをする。
ファンはなんとも言えない表情の顔をしている。
またアオイさんに無茶ぶりでもされたのかな。
「大事な話だったんじゃないですか?」
私と護衛騎士の二人を部屋に招きいれたアオイさんは「いいのよ。ドアを開けて大事な話なんてしないから。コソコソ話をするなら結界を二重にかけてするわよ。・・・それよりもこれをお願い。」とティルディグの文字で書かれたメモをローザさんに渡す。
メモに目を走らせたローザさんは「館に届けさせます。」とバッグにメモを仕舞った。
アオイさんは私に視線を戻すと「ファン君が今何て言ってたか聞こえた?」と笑って質問する。
その途端ファンの顔色が変わった。
「・・・私が来たときには今日がどうのという話しか聞こえませんでしたよ。」
チラリとファンを見ると明らかにホッとした様子だ。
あれ・・・?こんな話・・・したっけ?
「ファン君が地球人じゃないのに"後生"って言葉を知ってるのはおかしいと思わない?」
「・・・まぁ、確かに。"後生"って仏教用語でしたっけ?」
私が首をかしげると、アオイさんは「自動翻訳がそれっぽく翻訳したのよ。」と答えを教えてくれる。
「ティルディグの文字で文章にするとよくわかるわよ。例えば『寝た子を起こす』も『障らぬ神に・・・』も『虎の尾を踏む』も、こちらでは全部『魔物の目を見つめ返す』になってるから。」
「全部同じ意味になるんですか?ずいぶんファジーですね。」
「ここの神様は大雑把なのよ、きっと。」
部屋の中にはいるはずのファンもローザさんもエルザさんもいなくなっている。
「だから直訳すると混乱するのよね、ここの文章。」
アオイさんは「んー。」と顎に指を当てて考えている。
「言いたかったのはこれじゃないけど、ここでうかつな発言は誤解を招くからね。」
「アオイさん?」
「【アオイ】さん、じゃない。」
今まで話していたアオイさんの姿が黒いモヤモヤしたものに変わる。
自分が立っている場所はアオイさんの部屋のままだった。
「誰?」
頭のどこかでぼんやりと『これは夢』だとわかっている。
「ヒ・ミ・ツ。」
アオイさんじゃないと言った声は間違いなくアオイさんのものだった。
そろそろ夢から醒める気配がする。
実は枕元でアオイさんが話しかけているんじゃないかというくらいハッキリした夢で・・・。
目が醒めると、何故か鼻と鼻が触れ合うほど近くにゼットさんがいた。




