四章二十五話 迷宮後報
《辺境者の歌》 四章 二十五節
『後報は、帰った者の数より、書けなかった名で重くなる。』
2374- 冒険者協会報告室 佐々木視点
迷宮後報は、薄い紙だった。薄いのに、書く欄は多い。到達階層。
遭遇魔物。損耗。
回収品。同行者。
佐々木は、欄の名前を順番に読んだ。どこにも、古い声、と書く場所はない。
「回収品は」
受付職員が聞いた。
「錆びた腕輪。木箱付き」
「危険反応は」
「なし。たぶん」
「たぶん、は書けません」
佐々木は少し黙った。
書けない言葉の方が、現場では多い。
でも報告室では、書ける言葉だけが残る。
「現時点で確認なし」
「はい。それなら」
受付職員が筆を動かした。
✶
三郷は、報告室の壁際で腕を組んでいた。
笑っている。
けれど、いつものように話を軽くしない。
桐谷は椅子に座り、腕輪の箱を見ている。箱の蓋には泥がついたままだ。拭けば落ちる程度の泥なのに、誰も拭こうとしない。
「同行者名」
受付職員が言った。佐々木は名を挙げた。三郷弦。
桐谷幸。山崎才我。佐々木宗助。
それから、迷宮で会った者たちの名を、分かる範囲で言った。
「不明者は」
「います」
「数は」
「二」
受付職員は、二、と書いた。
たった一文字だった。
佐々木は、その一文字を見ていた。
✶
「欄外で構いません」
桐谷が言った。
受付職員のペン先が止まる。
「何をですか」
「腕輪が置かれていた部屋のこと。声が聞こえたこと。私たちのうち、聞こえ方が違ったこと」
「確証は」
「ありません」
桐谷の指は、受付台に触れていない。けれど、言葉だけはそこから退かなかった。
「では本文には」
「欄外で構いません」
同じ言葉を、桐谷はもう一度言った。
佐々木は、少し意外だった。
桐谷は普段、同じ言葉を繰り返さない。狙いを変える。角度を変える。
それでも、今は同じ場所を撃った。
受付職員はしばらく迷い、報告書の下に小さな線を引いた。
「欄外参考記録」
そう書かれた。
本文ではない。
でも、消えたわけでもない。
✶
報告室を出る時、三郷が箱を持った。
「軽いな」
「中身は」
「軽い」
三郷はそう言ってから、少し持ち方を変えた。
軽いものはつい雑に扱ってしまう。でも、この軽さは雑に扱っていいものじゃない。
佐々木は、報告書の控えを折らずに鞄へ入れた。
迷宮の奥で聞こえた声は、本文には載らない。
欄外には残った。
それを十分だとは、まだ言えなかった。
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