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ステータス『0』の観測兵 ~クラス転移を離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~  作者: ハルキーノ
第三章 ”自己”

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四章十話 立たない椅子

《辺境者の歌》 四章 十節

『立たぬ椅子にも出口の匂いは届き、座す者を裁く。』


2374- 第一王城会議室 ランドマール視点


 ランドマール第三王子は、会議の途中で席を立たない。


 それは美徳として語られていた。


 集中力がある。


 王族としての忍耐を知っている。


 幼い顔立ちに似合わず、会議の空気を乱さない。


 褒め言葉は、廊下を歩くたびに少しずつ形を変える。ランドマールはそれを聞くたびに、そうなんだ、と思う。


 自分は会議の途中で席を立たないらしい。


 立ちたい時がないわけではない。


 窓の外で鳥が鳴いた時とか、机の下で靴紐がほどけているのに気づいた時とか、誰かが難しい言葉を三つ続けて言った時とか。


 でも、母上が言っていた。


 王族は、席にいることにも意味があるのよ。


 だから、いる。


 今日の会議室には、茶葉の匂いがしなかった。


 代わりに、革と紙と、少し汗の匂いがする。年上の貴族たちは、きちんと服を整えているのに、長く話していると匂いが出る。ランドマールはそこで少し首を傾げた。


 王の部屋というより、母上の言うところの「議会の部屋」に近い。


 みんな王家の話をしているのに、机の上にあるのは許可証と回付印と写しばかりだった。


「西回廊の通行許可については、第三王子殿下の御裁可を仰ぎたく」


 文官がそう言って、紙を差し出した。


 ランドマールは受け取らない。


 受け取らなくていい、と母上に言われている。


 紙は誰かが読んでくれる。


 自分は、必要な時に、必要なことだけ言えばいい。


「読んで」


 隣にいた侍従が、小さく頭を下げた。


「第二王子派の使節団が、西回廊を通過する可能性あり。帝国商隊を名乗る一団も同時期に通行願を提出。軍務地図室は、道標の不備と荷車沈降の危険を理由に、一時的な通行制限を提案」


「通さないの?」


 ランドマールが聞くと、部屋の何人かが微妙な顔をした。


 簡単な質問のはずなのに、簡単な質問ほど、大人は困った顔をする。


「通さない、というより、順番をつける必要がございます」


 軍務士官が答えた。


「順番」


「はい。軍用、民用、商隊、使節。それぞれの荷に優先順位がございます」


「先に通した荷の費用は、誰の印章で払うの?」


 部屋の空気が、少し変わった。


 順番だけなら食卓と同じだ。でも、荷車は皿ではない。動かした分だけ、どこかの台帳が減る。


「軍務費か、都市貴族議会の臨時枠か、そこも含めて御裁可を」


 ランドマールは頷いた。


 順番なら分かる。


 食卓にも順番がある。薬湯にも順番がある。母上に会う時も、侍女が名前を呼ぶ順番がある。


「じゃあ、迷わない順にしたらいいんじゃないかな」


 返事が遅れた分だけ、部屋の奥の筆記音が目立った。


 ランドマールは、少し不安になった。


 変なことを言ったのだろうか。


「迷わない順、とは」


 エルトラル侯爵が聞いた。


 この人は、いつも目が冷たい。けれど、話を聞く時だけ、少し本当に聞いている顔になる。


「だって、道で迷ったら遅れるでしょ。遅れたら、次の人も止まる。だったら、よく知ってる人から通した方がいいんじゃないかな」


 会議室の空気が動いた。


 軍務士官が、地図の黒い紐へ視線を落とす。


「西詰所側の案内記録を優先する、という解釈も可能です」


「王城の道ではなく、現地の道を知る者を先に置くわけですか」


 文官が口元を歪めた。


「王城が道を知らないと言いたいのですかな」


 ランドマールは首を傾げた。


「知らない道は、知らないんじゃないの?」


 今度は、誰かが咳払いをした。


 笑いかけたのを誤魔化したのかもしれない。


 ランドマールはそれで少し肩を落とした。怒られてはいないらしい。


「第三王子殿下の御意見は、現地記録を通行順位の参考にする、ということでよろしいでしょうか」


 侍従が静かに確認した。


 ランドマールは頷いた。


「うん。迷うと危ないから」


 危ない。


 その言葉を口にした瞬間、なぜか胸の奥が小さく痛んだ。


 誰かが迷った。誰かが帰ってこなかった。そんな気がした。


 顔は浮かばない。声も浮かばない。


 ただ、寒い廊下と、閉じた扉と、食べ物の匂いが嫌だった夜だけが、少し喉の奥に戻ってくる。


「殿下」


 侍従がそっと声をかけた。


 ランドマールは、目を瞬かせた。


「うん。続けて」


 会議は進む。第二王子派。帝国商隊。


 西回廊。通行許可。


 臨時都市貴族議会。どの言葉も、ランドマールには少し大きい。


 けれど、大きい言葉が部屋の中でぶつかるたび、誰かが自分の顔を見る。自分が頷くと、紙に線が引かれる。自分が首を傾げると、誰かの発言が止まる。


 それは少し怖い。


 でも、母上は言っていた。


 あなたがそこにいるだけで、乱暴な人たちは少し静かになるの。


 静かになるなら、いいことのはずだった。


 ランドマールは席を立たない。


 その足元で、ほどけた靴紐が、椅子の脚に少し絡んでいた。


――――――――


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