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ステータス『0』の観測兵 ~クラス転移を離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~  作者: ハルキーノ
第三章 ”自己”

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六章十話 消えた値

《王録》 六章 十節

『消えた値は見る者を選ばず、零の傍らでなお灯る。』


 戦場の確認は、朝に回ってくる。輸送路の安否板を閉じ、東側の戦闘跡へ出た。


 煙の匂い。焦げた地面。澄人が後ろについてきた。


「先輩、東側は——」


「一人で行く」


 澄人は何も言わなかった。


 安否板には、まだ未確認の札が残っていた。


 未確認。


 それは、悪い言葉ではないはずだった。連絡が途切れているだけ。負傷して運ばれただけ。記録係がまだ戻っていないだけ。


 そういう可能性を、僕は順番に並べた。札を一枚ずつ、確認済みの側へ移す。それだけを考える。


 並べている間だけ、まだ誰も死んでいないことにできた。



 能力が変わったのはいつからか、正確には分からない。


 王城を離れた雨の道で、負傷した少年の上に薄い字を見た気がした。砲声の戻り道では、疲れた仲間の呼吸に合わせて別の字が混じった。


 その時は、見間違いにした。


 最初は頭の上の数字だった。次に二つになった。今は——数字の横に、言葉のようなものが滲む。


 精神。


 生命。


 そう読める気がしただけで、誰かに確認したわけではない。けれど人間に近づくと、その二つが並んで見える。


 その奥に、まだ形にならない何かがあるようにも見えた。数字でも文字でもない、もっと薄いものが。気のせいにしておいた方が、今は楽だった。


 今日ほど、はっきり読めたことはなかった。


 今日まで、その片方が完全にゼロになることも、一度もなかった。



 瓦礫のそばに、最初の表示があった。


 生命=0。


 喉の奥が、勝手に小さく鳴った。意味より先に、体がそれを拒んでいた。


 遺体は識別できる状態ではなかった。瓦礫の脇に、その表示だけが浮いている。僕は名簿の空欄を指で押さえた。


 一度、周囲を見直した。


 別の数字を探した。間違いを探した。能力の方が壊れている可能性を探した。


 何も変わらなかった。足を動かした。次。


 生命=0。次。生命=0。


 桐谷さんの表示は、崩れた土嚢の向こうにあった。


 銃は近くになかった。けれど、焦げた布の端に細い髪が絡んでいて、石畳の上に小さな薬莢が一つだけ転がっていた。桐谷さんは、最初の日も髪を直すより先に周りを見ていた。銃口がどちらを向いているか、僕より早く分かった人だった。


 生命=0。


 佐々木くんの表示は、割れた結界板の近くだった。


 彼は訓練場で、誰より先に剣帯を整えた。声を大きくしないまま、道具の置き場所を直す人だった。今は、その結界板の縁だけが妙にきれいに残っている。


 生命=0。


 横河くんの表示のそばには、ひびの入った小さなケースがあった。


 金貨は一枚だけ残っていた。土に半分埋まり、光を返さない。あの日、彼の頭上も0だった。0のまま、騎士長の15へ向かっていった。



 三郷の表示を見たのは、要塞の西壁の近くだった。


 なぜ三郷だと分かったか。


 長く見ていたから。同じ教室で、同じ机で、同じ時間を過ごしたから。並び方は、人によって少しずつ違う。見慣れた形があった。


 昼休みに机を動かす時の袖。飛井くんの襟を掴んだ手。僕を参謀と呼んで笑った声。


 そういうものが、表示より先に戻ってきた。


 生命=0。


 精神の方は、読めなかった。


 読めなかったのか、読む前に僕が目を逸らしたのかは分からない。


 膝が折れた。折れたことに気づいたのは、地面に手をついてからしばらく後だった。


 手のひらに、焦げた土がついた。それだけが分かった。



 どれくらいそうしていたか、分からない。


 立ち上がった。


 周囲に、まだ同じ表示が並んでいた。一つ、一つ、近づいた。全部、見た。


 数えた。


 十七。


 十七は、人数としては短い。


 でも、短い数字の中に、桐谷さんの照準の合わせ方があった。佐々木くんの道具の置き方があった。横河くんの金貨を隠す手があった。飯田くんの怒鳴り声と、小泉くんが紙に線を引く速さがあった。


 十七人分を、僕は一度に思い出せなかった。


 思い出せなかったことが、いちばん嫌だった。


 消えた値は、はっきりしていた。


 生命=0。


(――転移した日も、みんな『0』だった)


 あの日、教室で見た数字と、今目の前にある数字が、同じものなのかどうか、僕にはまだ判断できなかった。


 もし、同じだったら。


 そこまで考えて、すぐに打ち消した。今はまだ、その先を考えたくなかった。


 残った値も、いくつかあった。負傷兵の薄い数字。瓦礫の下でまだ揺れる生命。後ろで息を止めている澄人の精神。


 見えなかった値は、もっと多かった。


 三郷の精神。桐谷さんが最後に何を見たか。佐々木くんが結界板の向こうで何を守ろうとしたか。


 数字は増えたのに、分からないことも増えていた。


 数え終えた時、別のものまで見えてしまった。


 僕はずっと、呼ばれてから動いていた。


 三郷に押されて、森田さんに置かれて、命令の範囲で正しい場所を探した。後ろにいるのは役割だと思っていた。そう思えば、前に出ない理由になるから。


 違う。


 僕は、選ぶところから逃げていた。


 三郷が前に出るたびに、その背中を理由にしていた。


 みんなが死んだ。


 僕は、何もしていなかった。


 できなかった、ではない。していなかった。


 その背中は、もうなかった。


――――――――


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