表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステータス『0』の観測兵 ~クラス転移を離れた少年は、砲火と魔法の異世界で昇進させられる~  作者: ハルキーノ
第三章 ”自己”

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/131

六章四話 届く間だけ

《王録》 六章 四節

『届く間だけ、人は止まれぬ者の仮面をかぶる。』


2376- ノエホ要塞 平林視点


 傷口に手を当てている間、相手の顔を見なかった。見ると、止まりたくなる。


 現実主義者として言えば、止まる余裕がない。手の下で出血が鈍り、塞がった感触が返れば、指を離して次へ動く。


 こんな世界だからこそ、みんなのために癒す。そう口にしてきた。一度言ってしまえば、次の傷へ手を伸ばすところまでは考えずに済んだ。



 機関銃で脇腹をやられた人間に手を当てた。


 深いが、急所ではない。出血を抑えれば動ける。


 五秒で塞いだ。肩を押すと、その人は立ち、脇腹を庇ったまま走った。


 次、と口に出した。名前を聞かずに済む言葉だった。


 腕を砲弾の破片でやられた人間がいた。


 骨まで来ていた。


 これは少し時間がかかる。屈んでいる間に自分が狙われる。それでも、置いていけばこの人は死ぬ。


 十五秒。指を離すと、爪の間に血が残った。拭かずに次へ向かった。



 ドラゴン爆撃が始まってから、止まれなかった。


 五百キロが落ちるたび、伏せていた人間が起き上がらなくなる。結界が薄くなり、機関銃弾が通るようになった。


 呼ばれる前に、動かない背中を探した。


 自分が被弾したのは、正直、何度目か分からなかった。


 自分の傷は後で回復できるかもしれない。目の前の人間は、今、手を離せば死ぬ。


 正しいはずだ、と口の中で言った。言わないと、指が動かなかった。



 次の人間を回復した時、視界が少し暗くなった。


 まだできる。もう一人を塞ぐと、視界の端がさらに暗くなった。


 次の傷へ手を伸ばしたところで、膝が石に当たった。いつ折れたのか分からなかった。


 指先が空を掻いた。届かなかった。


 届かない、という事実だけがやけに静かだった。


 周りの音はあるのに、そこだけが抜け落ちたみたいに。


 「こんな世界だからこそ」の続きが浮かんだ。口を開けても、息が入らず、声にはならなかった。


 最後に回復した人間の顔が、まだ目の前にある気がした。


 全部で何人だったか、数えていない。顔を見ないようにして、塞がったら次へ移った。数える暇はあったのかもしれない。けれど、数え始めたら手が止まりそうだった。


 最後に回復した人へ、もう一度だけ指を伸ばした。土を擦っただけだった。


 まだできる、と思っていたのに、体の方から続きが来ない。それが少し不服だった。


 仕方ない、と口の中で言った。喉は動かなかった。


『英雄とは、使い潰される準備が整った者を指す』



2376- ノエホ要塞 佐々木視点


 佐々木宗助の目には、常に「軌跡」が見えていた。


 相手の動きに幾何学的な模様が重なり、どこへ踏み込めば当たるかが直感より先に分かる。


 騎士長相手に一瞬で倒された時も、床へ転がる直前まで軌跡を追っていた。今、目の前にある線は、あの時より多い。


 圧倒的な質量を誇る敵の「英雄」と相対した時、佐々木は初めて読めない軌跡を見た。


 直線が多すぎる。右へ入れば肩を割られ、左へ入れば次の線へ触れる。足を置ける場所が、途中で消える。


 背後から補給の掛け声が続いていた。途切れていない。佐々木は剣を握り直し、一番太い直線の脇へ足を置いた。


 敵の一撃が来る。佐々木は剣の腹を斜めに当て、受け止めずに横へ逃がした。踵の下で石が砕ける。軌跡は読めた。身体も、ぎりぎり追いついた。


 だが、剣を戻す前に二本目の線が増えた。さっきまで何もなかった角度から、首と脇腹へ同時に伸びてくる。


 見えている。見えているのに、どちらかしか消せない。佐々木は補給の声が続いている方を背にして、首へ来る線の中へ踏み込んだ。



2376- ノエホ要塞 後藤視点


「……弾が来るたびに、少し曲げればよろしいのですわ」


 後藤聖良は、戦火に包まれた城壁の上で微笑んだ。爆風で膝が沈むたび、裾を払う暇もなく背だけを伸ばした。


 銃口から出た瞬間に弾道を歪める、空間の操作。


 最初の曳光は胸の前で折れ、城壁の外へ消えた。続く三発は別々の角度から来た。後藤が指を払うたびに軌道がずれ、石壁を削り、空へ抜ける。


 一発を曲げるたび、次の銃口がこちらを向く。守った場所が、そのまま次の標的になった。


 夜明け前、ワイバーンの五百キロ級爆弾が落ちてきた。後藤は着弾点の手前に両手を向ける。空間の面が白く歪み、正面へ膨らむはずだった爆風が左右と上へ裂けた。


 城壁は残った。代わりに膝が石へ沈んだ。次の爆弾が地面を叩くたびに、彼女は十字架のブローチに触れた。


 (わたくしのできることを、ちゃんとやりますから、見ていてください)


 指をブローチから離し、次の曳光を見上げた。



2376- ノエホ要塞 村雨視点


 村雨は、狼さんに頼んだ。


「戦車の前に出て、引き付けてくれると嬉しいな」


 彼女の能力は動物と取引することだった。けれど、狼さんは差し出した手の匂いを嗅いだだけで、戦車の方へ鼻先を向けた。


 狼さんが囮となったおかげで、部隊は死地を脱した。


 戻ってこなかったあの子に向かって、村雨は「行ってくれて、ありがとう」とだけ呟いた。


 地面に頬がついた時、草の匂いがした。


 草の先が唇へ入り、土の味がした。「ありがとう」の後ろ半分は、うまく声にならなかった。



2376- ノエホ要塞 深山視点


 深山は、よく人に触れる平林の背中を見ていた。


 手を合わせる。


 この世界に来てから、彼はそれだけを欠かさなかった。


 戦火の中、倒れた平林を見つけた時も、彼は静かに手を合わせた。


 祈りの言葉は出なかった。合わせた指の間に、瓦礫の砂が残った。


 瓦礫の陰で息を潜めながら、彼はあいつの笑顔を思い出そうとした。


 いつも笑っていたあいつの顔を思い出そうとしたが、どの瞬間だったか、うまく思い出せなかった。


 次の機関銃が鳴るまで、深山は手を離さなかった。



2376- ノエホ要塞 加賀視点


「私の能力は、生徒を集めることだ」


 加賀は、かつて英語教師として教壇に立っていた頃と同じように、名前を呼んだ。


 返事のある生徒、ない生徒。全員の名前を彼女は覚えていた。


 散らばった人間を引き寄せ、一箇所に集める。呼ばれた者は、伏せたままでも顔を上げた。


「一、二、三……」


 爆風に壁が崩れ、数えたばかりの数字が欠けていく。


 十一まで数えたところで、次の返事がなかった。


 加賀は次の名前へ進まず、同じ名前をもう一度呼んだ。


――――――――


面白かったら、下記のリンクから評価やレビューをいただけると嬉しいです。

https://kakuyomu.jp/works/822139841314440520/reviews

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ