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 騎兵の指揮官は度胸があり神経が太いだけでは成り立たない。


 歩卒を指揮するにあたっては、その二つを備えているだけで名指揮官となることもできるが、騎兵においては話が全く違う。


大戦(おおいくさ)、大戦……わたくしの突撃次第で古帝国の未来が決まる……ああ、はしたない、落ち着きなさいなガンメルゼフィーア」


 地形を読み、敵と味方の配置を正確に図り、全力で疾駆する刹那と刹那の間の判断が鋭敏であるからこそ、タイミングが数十秒前後するだけで〝有効な突撃〟か〝ただの自殺か〟を分ける吶喊を成功させることができるのだ。


 そして、何より大事なのは馬に乗り、敵陣に向かって駆け抜ける精神の高揚を感じつつ、自省を根っこからは忘れない精神。


「これは反乱、帝室の一大事。あくまで優雅に、貞淑にいきなさいな……」


 言い知れぬ興奮に茹でられつつも令嬢は自分を正せば機を見るに敏と動き、頭の中に帝都詳細図が入っているかの如く部隊を機動させる。


 定数一杯の二百騎に及ぶ部隊を信認を置ける尉官の下、五十騎ずつの四個中隊に分けて運用。市内を分散進撃しつつ合流と離散を続けて市内を驀進した。


 一個大隊が固まって動けば派手な動きが遠方から見えて直ぐに露見する。来るのが分かっている打撃が然して恐くないように、効果的な騎兵突撃は不意討ちでなければならないのだ。


 故に目に付きにくいように縦列を組んだ馬列が抜けられる地理を選び、網の目のように張り巡らされた路を通って竜騎兵達は市庁舎へと肉薄した。


 そして、最大の衝撃を与えられるよう、その手前五百mほどの距離で側道から四つの部隊が飛びだして一塊の大隊へと立ち返る。


「完璧でしてよ、イレーヌ!!」


「恐悦至極!!」


 速歩で走っているとは思い難いほどに静かな音で駆ける大隊の中で、合流に成功した副官は賛辞を受けて帽子の唾に手をやった。


「さぁ、突っ込みますわよ!! 街路中央に砲三門!!」


 当然のように先頭に陣取った公爵令嬢はカイゼリンに拍車をくれながら声を上げる。それを聞いた者が同じように叫び、後続に危険を伝えていった。


 神ならざる地上からしか物事を知ることができない人間には、通りを曲がった向こうのことを把握したいのであれば、真っ先に躍り出て一番に物を見る他ない。そして、数秒の命令伝達が遅れれば全てが台無しとなる騎兵指揮官の住処とは、正にそこなのだ。


「装填は済ませているようですわね!」


 最前にいればこそよく見える。砲の配置は終わり、装填も既に済んでいるらしく作業をしている市民はいない。点火用の火縄を持った者が、予想もしていなかった騎兵の襲撃に慌ててているのが見える。


「抜剣!!」


 声は届かずとも剣を抜く音は重なり合い、突撃の仕度が調えられる。速歩から襲歩に移った馬群の速度はいよいよ限界に達し、数百mを瞬きの内に詰めていく。


「分かれ!!」


 そして、剣が掲げられると同時に弧を描いた。


 手旗信号の代わりを剣で行っているのだ。月明かりを反射してギラリと輝く剣の光は、騎兵の群れを大路の左右に分割していく。


 砲とは直線的にしか飛んでこない物だ。そして発射のタイミングさえ分かっていれば、脅威にならない位置に展開することもできる。特に敵が戦になれていない市民相手ならば、見てから指示をしても十分に間に合うほど時間に余裕がある。


 そして、砲を守るように騎兵を配置するでもなく、準備万端の横列を敷いてもいないのは相手の手落ちか、それとも配置が終わる前に到達できた時間の勝利か。


 どちらかは勝利しても判然とするまい。


 だが、今飛び込めば勝てることだけはたしかであり、ガンメルゼフィーアにはそれだけで十分過ぎた。


 心臓が高鳴る。世界がゆっくりと流れていく。戦場に立つ高揚と本懐を果たしている根源的な悦びが体を駆け巡る。


「ああ、生まれてきてよかった」


 胸は痛いほどに脈動しているのに呼吸は酷く穏やかで、自分を俯瞰して見下ろしているような不思議な感覚。下っ腹に言い知れぬ甘い痺れを覚えつつ、令嬢は吠える。


「突撃にぃ、移れ!! 古帝国(ヴィヴ ラ)万歳(フランコルム)!!」


「「「万歳ぁぁぁぁい!!」」」


 鬨の声を上げて雪崩れ込む騎兵達。僅かに遅れて砲兵が砲に点火したが、砲弾は虚しく虚空を駆けて街路に突き立った。


 これが最新式の砲で霰弾や葡萄弾を装填していれば、扇状に拡散する弾が騎兵の幾名かを冥府に引きずり込むことができただろうが、ただ真っ直ぐ飛んでいくだけの球形弾ではどうしようもない。


 そして蹂躙が始まる。


 騎兵とは500kg以上の重みを持ち、60km/hを優に越える速度で突っ込んでくる怖ろしい運動エネルギーの塊だ。立ちはだかろう物ならば駆け出した前足に吹き飛ばされ、回避しようと後続の馬蹄に踏みにじられて地面を汚す染みとなる。


 重なる悲鳴。急いで召集された銃を装備した市民達が立ちはだかろうとするが、素人故に暴発を恐れた退役軍人が「命令があるまで装填するな」と指示していたこともあって、ただの棍棒以上槍未満のマスケットで碌な抵抗ができるはずもなし。市庁舎前庭はあっと言う間に第51半旅団の竜騎兵大隊に呑まれて壊乱した。


「砲を破壊なさい!! 続いて物資を! 手透きの者はとにかく暴れ廻れば宜しい!!」


 事前に打ち合わせていたとおり、突入した騎兵達は自分の仕事を忠実に熟した。擲弾を装備していた者は予め持ち込んでいた火種を導火線に移して砲に向かって投げ、砲架を破壊し機能を殺す。


 積み上げられた物資を見つけた者は油入りの瓶を投げ、続く者が篝火を投じて火を広げる。


 そして、鋭剣が間合いに入った者を問答無用に攪拌して斬り伏せる。


 勿論、全てが一方的という訳ではなかった。辛うじて装填が間に合ったマスケットが吠え、もんどり打って倒れる者。銃剣の壁に突撃を遮られ、嘶いた愛馬に振り落とされる者。こちらが三十殺す間に一人斃れるかどうかという交換レートではあるものの、僅かな出血は確実に続く。


 多くの市民は逃げ散ったが、自分を共和制の英雄と信じる者や気合いの入った退役軍人が騎兵隊との交戦を続けるが、作戦目標は徹底的に果たされていった。


 砲架は破壊され、火薬を集積していた地は吹き飛ばされて衝撃波で市庁舎の窓が砕かれて硝子の雨が降る。周囲を囲む家々の鎧戸も軋んで落下し、方々から脅える市民の悲鳴が響く。


「半旅団長! 砲の破壊を完遂いたしました!!」


「大変結構!! 退きますわよ!!」


 反徒達は強襲によって混乱し壊乱しているが、あまり長々と居座ってはその内に冷静さを取り戻す。一万強対二百では勝負にもならないため、目的を果たしたら早々に脱するべきだ。


 ガンメルゼフィーアが撤退を命じるべく剣を掲げた瞬間、甲高い音が耳の横を抜けて行った。


施条銃(ライフル)……狙撃兵!!」


 マスケットよりも速い弾が抜けて行く音。ライフルだ。


 ライフリングに弾が食い込むように強く強く押し込んで装填しなければならないそれは、命中精度と射程こそ滑腔銃より格段に優れているが、再装填に五倍以上の時間がかかるため主力兵装にはならなかった。


 しかし、敵指揮官を狙撃して無力化するには秀でており、騎士道という言葉が忘れられて久しい今の世では、運用さえ誤らなければ怖ろしい兵器として活躍する。


 止まると死ぬと確信したガンメルゼフィーアはカイゼリンを素早く駆って移動。市庁舎から射かけられる弾丸を次々に回避した。


 如何に命中精度に優れる施条銃といえど、所詮は点での攻撃だ。騎兵が緩急を付けて逃げ回れば早々当たる物ではない。


「お嬢様!! 近場の者は盾にな……」


「無用ですわ!! 固まれば流れ弾で死にますわよ!! 撤兵準備を急がせなさい!!」


 指揮官が狙われていることに焦ったイレーヌは、兵卒の仕事は指揮官の盾になることも含まれると部下を率いて駆け出そうとしたが、鋭剣で振り払われてしまう。


 盾に囲まれれば精神的には安心かも知れないが、実際は速度が落ちて却って危険だ。遙か未来に現れる連発式の銃に狙われているならまだしも、照準制度も再装填にも時間がかかるライフルを相手にする場合は完全な悪手でさえある。


 何せ、人体を軽く貫通してくるくらいの威力はあるのだ。胸甲を纏わない、軽騎兵として運用される古帝国の竜騎兵ならば速度という防御力に頼った方がよい。


「はい、こっちこっち!! 下手くそですわね! これじゃあ家の半旅団じゃ選抜射手隊には入れられませんことよ!!」


 市庁舎にまで声は届くまいが、鋭剣を煽るように振り回して駆け巡る姿から挑発されていることは理解できるだろう。射撃の間隔が短くなったが、ガンメルゼフィーアはひたすらに臆さず駆け抜けて時間を稼ぐ。


「お嬢様! 統率が取れました! 退けます!!」


「結構!! 撤退!! それとイレーヌ!! 半旅団長とお呼びなさい!! 切羽詰まると小娘扱いしてくるのは良くない癖でしてよ!!」


 無線も拡声器もない中、混戦に入った騎兵隊が撤退を周知するのは中々に難しいことだ。しかし、兵を随所に走らせながら大声を上げて、落馬した味方や斃れた味方の亡骸を回収させることに成功したイレーヌの腕前は騎兵として正しく一級。突撃を繰り返しながら生き延び、四十を越えた騎兵の中の騎兵だからこそできた偉業である。


 それに、大隊の騎兵達は槍にさされた兵士の首を回収するのみならず、協力して市長の死体を奪回することに成功していた。これをこのまま吊されていては、敵の士気が上がり続けるのでガンメルゼフィーアは奪還した者達に後で銀貨の袋を下賜することに決めた。


「よし、撤退!! 撤た……」


 突撃する時は味方を臆させぬため先頭を、退く時は落伍を出さぬため殿を征くことを決めていた軍人令嬢の愛馬が嘶いて竿立ちとなった。撤退指示に夢中となった彼女が一瞬、手綱のコントロールを誤って燃えさかる残骸の方に馬首を巡らせてしまったのだ。


 しまった、死ぬ。


 速度という盾を喪ったガンメルゼフィーアは、愛馬は直ぐに自分の意図を汲んで立て直してくれるだろうが、この隙は大きすぎると悟り死を覚悟したが……。


 弾は飛んでこなかった。


 一瞬遅れて、先程まで上体があった場所を突き抜けていく弾丸の雨。


 神のご加護が自分を救ったのかと市庁舎を見やれば、何やら窓辺で誰かが揉めている。


 いや、誰かではない。燃えさかる炎に照らされて反射する黒眼鏡を見間違うはずがない。こんな夜にも付けているのは、光に目が弱い人物くらい。


「マクシミリアン……?」


「半旅団長! お早く!! 貴女が退かねば、兵は皆ここで死ぬまで戦いますぞ!!」


「……ちぃ」


 軍帽に束ねてねじ込んだはずの後ろ髪を引かれるような思いで殿に着いたガンメルゼフィーア。


 一瞬であったが、見間違うはずがない。


 彼が自分を救ったのか。いや、あそこにいたということは、この反乱自体が。


 そして、戦場にいたことで脳内麻薬が大量に分泌され、思考が鋭敏になった令嬢の脳が一つの回答を導き出す。


 あの救貧院で見たパンフレット。活版印刷されていたため筆跡などは見た時に分からなかったが、微か文章の癖。あれが幾度も届き、幾度も読み返した〝彼女の子兎〟と似た物を纏っていなかっただろうか。


 マクシミリアンは言葉を印象づけるために逆説や体言止めを好んだ。


 そして、ロベスピエールを名乗る論客のパンフレットでも、一番人々に知らしめたい場所では、そのような癖があった。


 文章を囓った者であれば技法として使うことは珍しくない手法ながらも、二つが脳内で絡みついて仕方がない。


「貴方が、貴方がやったんですの、マクシミリアン……」


 信じられないと思いつつ、現にここにいたこと、パンフレットの内容、そして熱烈な共和主義者であり、実際に人を動かす能力を持っている彼なら可能だと、脳の冷静な部分が主張して感情を掻き乱されるガンメルゼフィーア。


 最早、突撃を指揮した時の高揚は、完全に失せていた…………。

どちらにとっても割と不本意な再会。

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― 新着の感想 ―
お互いがお互いを想いあってるのが伝わってきますね。戦火で引き裂かれるそんな2人からしか取れない栄養は確かにある
やっぱ軍記物には敵味方に分かれる知古が居ないと閉まらないよなぁ!
やっぱ見てる分には絶望、興奮、後悔、戸惑い、恐怖が入り混じる戦場って最高だな!!!
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