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砲兵の真価は存在しているだけで発する威圧感が違うことだ。
砲の有る無し、その性能、砲兵の力量によって戦場が左右されるようになって以来、常に最良の陣地を取り合うのは砲を据えるべく争われてきた。
それ故、大路にでんと構えた砲列は、篝火を派手に焚いて鈍色の光を放つだけで十分過ぎる。
据えられた12ポンドは最新式の最も高価な砲であり、バティスト兵器工廠の主任技師、ジャン・バティストが開発したことからバティスト砲と呼ばれる。
その最たる画期的な部分は一本の砲で様々な弾が使用できることであり、一般的な球形弾から歩兵を効率的に殺傷する榴弾、及び肉薄戦闘を挑んでくる戦列や騎兵を薙ぎ払う葡萄弾に散弾と用いる物を選ばない。
それは必然、やろうと思えば弾以外の物をねじ込めることにも繋がる。
「装薬は減らしとけ。その代わりにたっぷり詰めろ」
「了解!!」
更に、この砲は軽量でもあるため騎馬に牽かせるに易く、随伴する砲兵も騎乗すれば素早く展開できる点でも優れていた。
機動力を活かし、疾走に追従できる驃騎兵のみを護衛戦力として引っ張ってきたナブリオは、すっかり人気の失せたヴェルセーヌ宮正面に砲をずらりと並べて見せた。
「おい、ちょっと貸せ」
「はっ!」
まぁ、こんなもんだろうと路の幅、砲の口径、そして体感で学び取った〝弾が広がる間隔〟に従って、最も効率の良い布陣を選んだ砲兵大佐は――尤も、配下からは親しみを込めて小伍長などと呼ばれているし、上司たるガンメルゼフィーアはいつまで経っても大尉扱いするが――道火桿に火種を移していた部下を捕まえると、棹先を掴んで細巻き煙草に火を付けた。
全く以て苛烈で労働環境は最悪な職場だが、ラインランテ公の繋がりで煙草だけは最高の物が手に入るのが唯一の救いだなと、最近新大陸から入って来て流行の、パイプより簡単で味も好い細巻きを吹かしながらナブリオは遠くから地響きのように迫ってくる足音を聞いていた。
「大佐、人影が」
「斥候だな。ほっとけ。命令があるまで発砲するなよ」
下馬歩兵として横列を作っていた騎兵大隊の指揮官が目聡く大路の遙か彼方に人影を見つけたようだが、放っておくように命じる。
敵はもうデモ行進から軍事行動のつもりになっているのだ。斥候の一つも送ってくるだろう。
「……しかし、向こうが騒がしいな。何があった?」
「それが、その……」
「はっきり報告しろ」
口ごもって言いずらそうにしている、周辺状況を把握させるために放っていた斥候にナブリオは怒鳴りそうになった。どんなに言葉にし辛い不利な状況だろうと何だろうと、指揮官のご機嫌を伺って正しいことを告げないのは斥候失格だ。
何を言われても怒りも落胆もせんと報告を促したナブリオであったが、斥候の言葉に顎が外れそうになった。
「虐殺……だと……?」
「はい。皇帝の命令で〝市民に手を出すな〟と厳命された衛兵隊が武装解除して反徒に投降したのですが、それを市民達が虐殺しています」
「……愚将め」
「は?」
「愚将めと言ったんだ! 自分の部下を武装解除させてむざむざ殺させるヤツがあるか!!」
怒りのあまりに足下の石塊を蹴り上げながら吠える砲兵大佐。
餓えた敵の前に戦わせるでもなく配下を投降させ、その末に何が起こるかすら分かっていないなど愚昧極まる。これでは皇帝を守ろうと長年契約を結んで、この地で活動してきた傭兵達が報われない。
国防、そして内乱を起こしづらいという観点から、大昔より雇い入れた傭兵を皇帝直属の衛視隊とすることが最悪の方向に転んだ。雇われ兵である彼等は軍人と違って抗命権を持っておらず、雇用主の意向に従うことを第一と考えている。
だからこそ、このような悲劇が起こってしまったのだろう。
「くそったれ……まぁいい、時間は稼げるか。砲の配備状況はどうだ」
「はい、各大路に配置を完了いたしました」
「小道の封鎖は?」
「そちらも順調です。近場の家より片っ端らに家具や荷車を徴発して塞いでおります。しかし、直援の歩兵隊がどうにも少ないかと」
「問題になるか」
「は?」
シガリロを軽く歯で噛んで持ち上げたナブリオは、砲にもたれ掛かって――照準がズレる! と怒られて直ぐに体を離したが――漢ではない連中なんて物の数ではないと宣った。
集まった数を見れば怖ろしいが、大路を進んでいるのは軍隊ではなく市民だ。兵ですらない者達の中に、この砲の前へ立つ度胸を持っている者がどれだけいるだろうか。
いや、皇帝の勅である〝市民に手出ししてはならない〟という命令を律儀に守っていることを信じれば、立つことくらいはできるやもしれん。
「だがな、連中は漢じゃない。ただ何となくで集まって何となくで騒いでいるだけの反徒だ。お前達のように国のため命を捨てる覚悟もなきゃ、自分が何処に身を置いてるかも判然としてない半端者のごった煮だ」
そんなものの前に、本物の漢達ですら木っ端微塵にする砲が負けて堪るかと、ナブリオは〝大量の釘と銃弾〟を詰めた砲兵を砲兵たらしめる、この世に降臨した戦の女神を撫でた。
「だからこれで十分なんだ。一発ブチ込めば簡単に瓦解する」
「そんなものですかね。革命やらかそうって気合いが入った連中なら、命くらい捨てそうなものですが……」
「見解の相違だな。俺は連中にそんな気概はないと賭けるぞ。そうだな、棒給の半分賭けてもいい」
兵卒相手に馬鹿なことを言っていると、馬蹄の音が大路の脇からやって来て、それを遮った。
「止めておきなさいな砲兵大尉。大佐の給料なんて安いものでしょう」
「ラインランテ大佐!」
市中を再び突き抜けてきた軍人令嬢の凱旋に、砲兵大尉は彼女の父親から嫌というほど叩き込まれた綺麗な敬礼で答えた。だらしない答礼をすると腹に一発貰うので、三日もすると様になるようになった敬礼はガンメルゼフィーアの満足がいくものだったようで、颯爽とカイゼリンから降りて答礼をする。
「まぁ、賭けをするならわたくしも大尉と同じ方に賭けますけれどね。場代はお幾ら?」
「大佐です、ラインランテ大佐。それと、貴女が参加したら全員オールインでも足りないんで勘弁してください」
「あら残念」
戦果は? と問われ、彼女は敵の砲全て、火薬集積地数カ所を破壊し、市庁舎の戦闘能力をほぼ完全に奪ったと告げるガンメルゼフィーア。そうすると集まっていた兵卒達は喜んで帽子を投げ、彼女と竜騎兵隊を讃えて叫んだり口笛を吹いたりした。
しかし、これだけの戦功を上げて尚も令嬢の顔付きは暗い。
あの市庁舎の窓でチラついた黒眼鏡が、今も脳裏から離れないのだ。
「大戦果ですな。これが戦なら大陸軍広報の一面です」
「軍隊未満の連中にちょっと騎兵の怖さを教育したくらいで褒められても、却ってナメられているようにしか思えませんわ」
鋭剣に市民の血をたっぷり吸わせたとは思えない気軽さで答えた後、彼女は鋭い目でナブリオを睨んだ。
正確には、彼が咥えていた細巻きを。
あっ、やべ、という顔をしても遅い。この令嬢は煙草が嫌いなのだ。特に軍務の最中にぷかぷかさせる者を軽蔑している。
「ナブリオ、軍務中にやるなと教えたでしょう」
「これは失礼……」
慌てて消そうとしたナブリオだが、ガンメルゼフィーアの手が動く方が速かった。
唇からぱっと細巻きをもぎ取ると、そのまま捨てる……と思わせて、口に運んで一口吸う。
「ちょっ、大佐!?」
そして、心底不味そうに吐き出すと、薄ら口紅が移ったそれを地面に捨てて踏み消した。
「不味い」
「そりゃそうでしょ、慣れてないんですから……」
「こんなもののために金貨何枚もかけて新大陸から運んでくる気がしれませんわ」
口に合わなかったのか、唇をもにょもにょさせながら水を一口呷った彼女は、しかし脳髄が迷った時の喝にはなりますわねと呟いた。
「……市庁舎で何かありましたか?」
「聡い男は好きですけど、時に鬱陶しくもありましてよ」
「それは失礼」
言外に聞くなと言う先任大佐に帽子を僅かに上げて詫びつつ、何かがあったことは確かかと悟るナブリオ。
一瞬、男絡みだろうかと思ったが、この立てば城壁座れば堡塁、歩く姿は竜騎兵な彼女に限ってそんな訳ないかと考える。
そもそも、この心臓さえ鋼から鍛造されたような女を好き好んで組み敷こうと考えているのは、自分くらいのものだろうとも思って雑念を忘れた。
「仕度は?」
「万事整っております。あとは追っかけてくる部隊が合流できれば万全といった具合ですな」
「結構。わたくしの部隊を下馬させますから、あそことあそこの家屋に配備しておきますわ。敵に砲がないから普通の家も簡易な要塞として使えるでしょう」
気位の高い竜騎兵を下馬歩兵として扱うとは豪儀な女だと感心するナブリオであるが、その差配は的確だ。高所を取って窓から射撃できれば、砲兵に対して向かってくる気概がある連中を止めることもできるだろう。
「で、無事に戻られたってことは胸くそ悪い光景もご覧になられましたか」
「ええ、元々売り切れかけていた慈悲が底を突きましたわ」
並んでそんなことを話していると、数件向こうの一般家屋、その屋根で光が瞬いた。
ナブリオが配置した見張りであり、群衆がやって来たら明かりを明滅させろと命じてあったのだ。
「来ますな」
「ええ」
槍に殺した衛兵隊の首や四肢を突き刺し、時に引きずり回して行進していた革命のために立った者達は、大路の向こうに見える火砲の黒々とした口を見て一瞬たじろいだ。
「念のために警告だけいたしますわ! わたくしは大陸軍第51半旅団旅団長! ガンメルゼフィーア・レイテ・エーリカ・ゲルトルート・エルヴィーナ・ドゥ・ライランテ! その職責において解散を命じます!!」
言って聞くようなら、ここまでの事態にはなっているまいと分かっても、一応は〝義務〟だと割切ってガンメルゼフィーアは戦場によく響き渡る声を張り上げて停止するように促した。
ここまでやっているのだから無警告でぶっ放しても文句を言う者は少なかろうが、後から自分のやったことに瑕疵はないと証明する方が幾分かマシだ。
たとえ腸が煮えくり返っていても、そのあたりの冷静さを失わないのが貴種というものである。
「フランコルム古帝国の臣民であると理性が残っている者は速やかに解散いたしなさい! わたくし達は醜の御楯! 市民に向ける武器を持ちませんわ!」
しかし、自分でも褒めてやりたくなるほどの自制心によって吐き出された警告は、何百倍もの罵倒や煽りとなって帰ってきた。
いけ好かない貴族女が喧しいという物なら軽い方で、とても言葉にすることができない下卑な痛罵が幾つも吐きかけられる。初心なご令嬢であれば、一つ耳にしただけで顔を真っ赤に逃げ出しそうな内容揃いだが、そもそもが下品な兵卒と同じ酒保にて平気で野次を返しつつ酒を呑むガンメルゼフィーアが引くはずもなし。
「よろしい! では、この場にいる者は全て陛下の宮を危難に晒す反徒と見做しますわ!」
勢いよく鋭剣を抜き放った彼女は、手近にいる砲兵から道火桿を奪い取って点火口に近づけた。
反徒達の前に出た男が何か叫んでいる。旗を手に行進を先導している彼は、演説を打って萎えかけた士気を立て直そうとしているのだろう。
ガンメルゼフィーアは、その顔が気に食わなかった。参加者達の顔もだ。
自分達が正義だと信じ切っている。そして、その行動に責任を負えると勘違いしている者達の顔だ。
帝室の権威に傷が付いたらどうなるかなど、少し考えたら分かるであろうに。この腐敗と汚職の中でフランコルム古帝国という国が辛うじて成立しているのは、皇帝という旗頭があるからだ。
一瞬でもなくなればガタガタに離散し、地方の諸侯が立ち上がるか手ぐすね引いて待っていた外国が襲いかかってくるのは火を見るより明らかだというのに。
何を勘違いすれば、ここまで強気になることができるのやら。
正義とは脆くて儚いものだ。自分の中で信じている時でさえそうなのに、国一個を乗っ取ろうと考えてやるのであれば、あまりに脆い。
そんな部の悪い博打に全てを投じようとしている馬鹿を止めるのも貴種の仕事だ。
「わたくしの名前は、きっと歴史書で悪辣に残るのでしょうね」
「……大佐?」
先導されて進み始める市民達。多くは撃つはずがないと軽くみているのであろう。
だが、そうではない。ガンメルゼフィーアは冷徹にして酷薄な、美しい笑みを浮かべて道火桿を砲に寄せる。
先頭に立っていた男だけが、篝火の下で氷のように麗しい令嬢の笑みをきちんと見ることができたのだろう。
彼が慌てて地面に伏せるのと、砲が爆ぜるのは全く同時であった…………。
やっと悪役令嬢らしいことができましたわ。共和制を求める市民に12ポンド砲の斉射。これぞ悪役ですわ。




